赤毛の少年
放課後、一駅先の図書館に向かう。夏の放課後は、まだまだ明るい。
図書館は市立のもので、県立のものよりも小さかったが、こちらの方が一昨年に改装されていて綺麗だった。
敷地内には、大きな噴水のある水場があり、昼間などは小さな子供が中に入って遊んでいる。
流石に、この時間には誰も水場の中には入ってはいないが、何人かは水場の縁に腰を下ろしていた。
その何人かの中に、非常に人目を引く者が居る。
(あー、なるほど。これはイケメンだわ。
俳優とかモデルっていうよりは、アイドルみたい)
前髪重めのマッシュの赤毛に日本人よりも白い肌、ぺリドットのような明るい翠の瞳。
鼻筋はすっと通るが高すぎない。
彫は深いが深すぎないし、目も大きいが猫の目のような吊り具合の奥二重。
日本人と、どこかの国の混血なのだろうという事が伺い知れる。
外国に憧れるが、どこか離れ過ぎると違和感を感じてしまう日本人の好む顔といえる。
身長は男性の平均身長くらいで、ほっそりとしており、大きな猫目と相まって、猫のようだ。
それも赤毛のアビシニアンに似ている。
紅子よりも少し年上の中世的な美青年。
その華のある雰囲気に、紅子は気圧される。
周りには、彼を遠巻きに見詰める女性が何人かいるのが解ったが、誰も彼に話しかけない。
それは彼が、電話をしているというのもあるだろう。
観察している間に、電話での用事が終わったらしい。
スマホを握る指も、男性にしては細く、白魚の様な手をしている。
すると、見過ぎたのか、目が合ってしまった。
「ん、何?オレになんか用?」
「え、あぁ。えっと……」
「はいはい!イケメンさんに質問!お名前は?ワタシは、相田満帆南です!!こっちは稲生紅子です!」
「ちょっ!?」
紅子は、彼に用がなかったので困るが、すぐさま満帆南が話掛ける。
まさか、名前を勝手に教えられるとは思っていなかったので、紅子は焦る。
「ぷっ!ははっ!オレは、祭原歩人だよ。君ら福内高校の子達だよな?」
「はい、歩人さんは、大学生?」
「うん、二回生。すぐそこの」
歩人が指さしたのは、近くの大学キャンパス。
彼の横には、読みかけの古い日本美術の解説書があった。
「日本文化を学んでんだよ。こんな見た目だから、せめて知識だけは日本人らしくと思ってさ」
自分の髪を一房掴み、歩人は答える。
満帆南は前のめりで質問を投げかけた。
「ハーフなんですか!?」
「あぁ、父親がこっちの人間。母親がオレと同じ見た目で小さな国の出身だよ。聞いてもわからないと思う」
「へぇ!」
「てか、満帆南と紅子はここに勉強しに来たんじゃないのか?良いのかしなくて?」
苦笑いで、歩人が疑問を口にする。
「あ、します!でも、歩人さんと喋りたい!!」
「……流石に迷惑なんで回収します。すみませんでした」
まだ粘ろうとする満帆南の襟首を紅子は引っ張る。
流石に、彼が迷惑しているのは解る。
「えー、こっこー!?」
「あんたは、ほんと空気を少しは読みなさい!!」
「いやーん、かなしみー!」
「うっさい!!」
ずるずると、文句を言う満帆南を連行する紅子。
その後ろ姿を、歩人は眺めて、こう呟いた。
「……あれが、【選定者】が目をつけてる女か。ただの逃亡者っていう感じじゃないな。
【助言者】か【真実の巫女】か、どちらかに使うつもりか。……監視しといた方が良さそうだな」
紅子は、次の日は『レインボウ』のバイトに出た。
昨日で懲りたので、暫く満帆南の勉強の誘いには乗らない事にしたのだ。
昨日の事を、紫延の件は隠して初意に愚痴っている途中だ。
今は、客は居らず、店内には二人だけだ。
「ふーん、満帆南ちゃんってすげえな。俺にもすごい前のめりで質問責めだったし、巳春さんもちょっと引いてた。紫延さんは、いつも通りだったけど」
「満帆南は誰に対しても、ほんとにいっつもそうなのよ!」
「……仲良いんだな」
暗い表情でバツが悪そうに口に出した初意には気付かず、紅子は答える。
「ぜんっぜん!私はクラスメイトと仲良くする気がないし、それは満帆南も同じ。
利害関係の一致で、単に一緒に居るのが楽なだけよ!」
「……そうなのか。友達に見えるんだけど」
「違うわよ、あんな迷惑な友達困るもん」
「そうか」
苦笑している初意に、ちょっと不服そうに紅子は唇を尖らせる。
「そういや、そのイケメンってのはどんなのだった?芸能人のお忍びとか?」
「ううん、芸能人じゃなくて大学生だって。ハーフで日本文化学んでるって言ってた」
「へぇ、ハーフなんだ」
「うん、あんたみたいな赤毛。でも目の色は黄緑っぽい緑だった」
「っ!?」
紅子が洗った皿を、受け取ろうとした初意が手を滑らせてカップを割った。
「ちょっと、初意!?」
「あ、ごめん。ごめん……」
顔を下げたまま、初意は割れたカップを拾い集める。
紅子は、ロッカーから箒と塵取りを持ってきた。
「もう、気をつけてよね!てか、前から思ってたのよね。
最初に初意に会った時も茶色っぽい髪だったじゃない。
でも最近、さらに赤くなってない?でも、目の色も元々薄いもんね?生まれつき?
だから城西でも校則に引っかからないの?」
そう、初意の髪は赤い。
真っ赤な如何にも染めたというよりも、自然な感じのする弁柄色だ。
瞳の色は、榛色。流石に、紫色は驚くが、まだこのくらいの色ならば日本人でも居そうと紅子は思う。
「お前も、人の事言えないくらいの質問責めだぞ。俺のこの色は生まれつきだ。以上」
「どこかの血が混ざってるとか?」
「単に遺伝子の異常だ」
「……うん、ごめん」
珍しくとげとげした初意の聴かれたくない態度に、紅子は謝る。
厨房に居づらくなった紅子は、テーブル席を拭きに行く。
初意は、そんな紅子を複雑な面持ちで、見詰めていた。




