むらさき
昼休みになっても、まだ昨日の事が頭から抜けなかった。
因みに昨日は、そのせいで眠れていない。
紫延は、あの後にはいつも通りのぼんやりとした存在感だった。
(私の白昼夢か妄想!?でも、唇に感触が残ってたし……)
そこまで、考えて紅子は机に突っ伏した。
「どしたの、こっこー?」
「やめてくれる?その呼び方、鶏じゃないんだから」
机から顔だけを満帆南に向けて、不平を言う。
満帆南は、さっそくチョコ板が入ったクロワッサンを頬張っている。
教室の中は、余り人が居ない。
皆、一番冷房の効く食堂の方に行ってしまうのだ。
私立の学校だが、一部の教室にはエアコンがない。
紅子達の教室もその一つだ。
「だぁって、きいてくれないんだもん」
「はいはい、で、何?」
「悩み事?恋愛?ねぇ恋愛??」
興味心丸出しで一切、紅子の心配をしていない。
満帆南は、こんな風に自分の気持ちを優先して、他人の事は余り考えない。
なので、空気を読まない。
そこが、他人から避けられたりする事もあるが、素直だ。
嘘なんて吐かないで、自分の気持ちだけをはっきりと口にする。
耳過ぎの黒髪ボブカットで両耳の横で小さな花の髪飾りをつけている。
幼い子がしそうな髪型だが、中学生に見える幼い顔立ちの彼女にはこれまた似合い過ぎていた。
くるくるとよく動く大きな瞳に、小さな鼻、はっきりと物を伝える大きな口。
身長は、紅子よりも頭一つ小さい。
身長は小さいが、甘ったるい声でずけずけと大音量で持論を展開させるので、
喉の中にスピーカーでも入っているんじゃないかと紅子は思う。
美人系で性格も口もきつい紅子と、ちびっこでうるさい満帆南はクラスで浮いていた。
それでも、そもそも他人が嫌いな紅子と他人を興味を満たす為の存在としか認識していない満帆南は、
気にしていない。
気にしていない者同士、一緒に居るのは楽だった。
「……あんたほんとにウザい」
「知ってるぅ!でもこっこーがそんなのになってるの珍しいもん」
「そう?」
「そーだよぉ、で、何があったの!?」
目を輝かせながら、ずいずいと満帆南が迫ってくる。
小さくても、近寄って来られると、うっとおしくて敵わない。
答えないと、いつまでもこんな状態が続くので、仕方なく話す事にする。
「紫延さんが、いつもよりもかっこ良かったの」
「あー、あの人畜無害そうなぼんやり店長さん?」
「あんたほんとに失礼よね。その、ぼんやりしてる感じじゃなくて……肉食系みたいな……」
思い出すと、顔が熱くなってきた。
それを、満帆南に見られたくなくて、目を反らす。
「いやーん!こっこーが乙女モード発動しちゃってる!!」
「うっさい!」
「んー、でもさぁ、それってこっこーの恋は盲目ってやつじゃない??
……それに、店長って奥さん持ちでしょ?こっこー道ならぬ恋しちゃってるの?」
「……そう、そうだよね。道ならぬか」
紫延は、水仕事が多いので結婚指輪はつけていないが、仲良く巳春と話をしているのは何度もみている。
しかし、ならばあれは一体なんだったのか。
いつもの凡庸さを脱ぎ去っての、大人の妖しいまでの色香。
紅子の事を、確実に捕らえて墜とそうとしていた。
酷薄なまでに、紅子を自分の支配に置こうと、その手段に自分の美しさと色気を使った気がした。
その変化に驚き、魅了された紅子が、紫色の宝石に映り込んでいたのだ。
そう、紫延の瞳の色は、紫色だった。
(単に、手品か何かでからかわれただけなのかもしれない……。
日本人があんな紫色の目とか、あるわけない)
信じられない想いと同時に、あれが真実だとしっくりきている自分がいるのだ。
そして、あの魅力に流されるのも、自然な事だと、どこか思っている。
「ふむ、そんなこっこーに、良い話があるの!最近、図書館にイケメンがいるの!!」
「は?」
唐突に、話を振られて紅子は冷たい目を満帆南に向ける。
そんな目にめげる満帆南ではない。
「は?じゃない!店長さんの事なんて、考えないくらい良い男にハマるの!
それなら、道ある恋!!OK!?」
「……あんた、私に図書館で試験勉強しようって言ったの、それが目的ね!」
「イエス!イケメン、ちょー見たい!!」
今日は、『レインボウ』の営業日だが期末試験の勉強の為に休みを貰ったのだ。
それも、いつも勉強をしたがらない満帆南が珍しく誘ってきたので、わざわざ休んだのに。
「……珍しく、人の心配してるかと思ったら……!」
「いーじゃん!目の保養!行こう、ね?ね??」
「はぁ、勉強もするからね」
「ぃやったね!こっこー美人だから男も引っかかり易いんだよねー」
「……」
無言で、紅子は満帆南の頭をはたいた。
満帆南が思いの外、濃いキャラになりました。




