失踪者
無視すれば良かったのだろうが、女性を倒しておきながら舌打ちしたサラリーマンにも、
ぐずぐずと文句を言わずにチラシを拾っている年配の女性にも腹が立った。
(もう!要領悪いなぁ!)
「……めんどくさ!」
紅子は、乱暴に落ちたチラシを集め女性に渡した。
「まぁ、ありがとう」
素朴なおばあちゃん。といった感じの女性だった。
憮然とした紅子にも笑顔で礼を言う。
素直に礼を言われて、バツが悪くなった紅子は下を向く。
そこには、行方不明者の捜索願い、という内容のチラシがあった。
桂 真咲 失踪当時16歳 現年齢21歳
と、記載され、そこには無表情な少女の写真も。
最後に、目撃があったのは、城西高校校内。
それは、紅子が辞退させられた学校だった。
「え?城西で……」
「あら、お嬢さんここの高校じゃないでしょう?」
「うん、福内だけど……、城西は……友達が行ってる」
「そう、なら、このチラシをお友達に渡してくれないかしら?」
年配の女性はそう言い、紅子にチラシを渡した。
まっすぐに見つめられて、断る事も忘れて頷いてしまう。
「え、う、うん……」
「この子はね、親御さんが亡くなってしばらくしてから私たちの施設に来たの。
とても、思いやりのある子で、私たち職員の手伝いもよくしてくれた優しい子なのよ。
だから、施設の私たちに無断でどこかへ行く子じゃないの……」
(施設……、あぁ、山の方にある養護施設!確かに最寄り駅はここの駅になるんだよね。
だから、こんなとこでチラシ配ってるんだ)
「当時の城西の生徒さんたちに訊いたら、いじめられてたからそれを苦にして違う場所に行ったのだろうって、
けど、城西の先生たちはいじめがあった事自体認めてくれない……。
だから、真咲ちゃんの捜査にも手を貸してくれないの。
お嬢さん、何か、当時の事を知っている人が居ないか、城西の子に訊いて貰ってもいいかしら!?」
チラシを持った手を掴まれて、紅子は逃げられない状態になった。
「でも、五年前だし……」
「お願い!ほんの些細な情報でも良いの!」
その剣幕に圧され、紅子は返事をしてしまう。
「……わかった。とりあえず訊くから……」
「あぁ、ありがとう!!」
漸く手を離されて紅子は、ほっとする。
とりあえず、チラシは折り畳んで通学鞄の中にしまった。
「お願いするわね、
真咲ちゃんはかなり無理をしてしまう子だから、なるべく早く見つけてあげたいの」
「……へぇ、そう」
(凄いな、他人の子供なのに。こんなに心配するんだ。
うちの母親は、私の事、他人の気を引く道具として思っていないのに)
そう思うと、気分が悪くなった。
「んじゃ、ガンバッテネ。おばさん」
紅子は、くるりと背を向け、改札へと歩き出す。
そんな紅子に、年配の女性は頭を深々と下げていた。
放課後、紅子は喫茶『レインボウ』に居た。
「うちの高校で、行方不明者か。そういえば聞いた事があるな。
怪談の一つで、『屋上の幽霊』ってやつがあるんだ」
「は?怪談??」
カウンター越しの松元初意の言葉に、紅子は耳を疑う。
「放課後に校舎の屋上にいると屋上の幽霊に連れ去られるってやつ。
まぁ、実際に何人か在校生が居なくなっているみたいってのは噂で聞いてた」
「え、城西って大丈夫なの?」
「さぁ?学校じゃなくて家庭に方に問題があった生徒の方が多いらしいからなんとも……」
「ふーん……」
紅子が通う福内高校から、二駅先に城西高校がある。
その近くに、この喫茶レインボウがあるのだ。
合否発表の日に、紅子を連れてきた初意は、城西高校の一年である。
紅子も初意も揃いの黄色いエプロンを身に着けて、白色のポロシャツに黒いスラックス。
二人とも、この喫茶店のアルバイトだ。
給料は、この町の最低賃金だがオーナーに惚れ込んでいる為、金額の問題ではない。
紅子は、ここの喫茶店が休みの場合、違うアルバイト先に入っているので、金額面はそちらで補っている。
「なんだか、懐かしい話をしているね」
「紫延さん」
空のティーカップを二客乗せたお盆を持ち、二階に繋がる階段から顔を出したのはここのオーナーである龍塚紫延だ。
喫茶『レインボウ』は、三階建ての路面店で、二階は、写真画廊『からす庵』。
紫延の妻、巳春がオーナーになっている。
そして、紅子は巳春の事が嫌いだ。




