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逃亡の世界  作者: 谷藤にちか
第3章 真実の巫子と管理者達
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チラシ配り

紅子こうこは、朝から不機嫌だった。

栗色に染めた自慢の長い髪にコテを巻いている最中に、九歳上の姉が無遠慮に洗面所に入ってきたのだ。

黒髪、白肌の方がモテるという理由で、元ガングロギャルだったというのに、その当時のアイデンティティーを捨てた姉だ。

腕にいれていたタトゥーも、レーザー治療で消したらしい。

当時でも、そんなに生息していなかったガングロだったのに、それを押し通していた理由もこだわりもあっさり捨てた姉を、紅子は馬鹿にしていた。


(あっさりと捨てるなら、始めからやらなきゃ良かったのに)


「ちょっと、べに!あんた高校生なんだから、化粧なんてしなくて良いでしょう!

長く洗面所占領しないでくれる!」

「イマドキ、小学生もメイクする時代ナンデスケド」


わざと、棒読みで言ってやる。

姉の華緒は、あからさまに嫌そうな顔をして無言で、ヘアアイロンと共に紅子を洗面所から追い出した。


「……うっざい」


ヘアアイロンのコードをぐるぐる回しながら、紅子は自室に戻る。

といっても、姉と共有の部屋だ。

社会人になった姉が、家を出ていくと思っていたのだが、給料が低くて実家を出ていけないと、姉本人が嘆いている始末だ。

当分、姉と共有状態が続くのだろう。


そんな現状が嫌で、紅子はバイトをしながら家を離れる算段を立てている。

自分の子供の高校を勝手に辞退させた母親と、これ以上同じ家に居たくなかった。

とはいえ、友恵が亡くなってから体調を崩した友恵の母親に、紅子の母親はつきっきりでほとんど家に帰って来ない。

顔を合わさないので、ちょうど良かったのだが、依然気持ち悪いとは思っている。


自分のベッドにヘアアイロンを投げ捨て、台所の冷蔵庫から野菜ジュースの紙パックを取り出す。

朝食がわりに、それを飲んで通学するのだ。


紅子は、結局滑り止めで受かった私立の高校へと通う事になった。

母親のなすがままになってしまったが、制服は可愛い。

髪型も割と自由だ。

流石に、金髪までに脱色をすると怒られるが、紅子くらいの栗色なら黙認されている。

中学生の頃は胸下のまっすぐな黒髪、規定通りの制服の着こなしで、あたかも優等生という見た目だったが、

今の紅子は、みぞおちあたりまでの栗色の緩い巻き毛、学校指定の白地に赤と紺の千鳥格子柄のスカートを、下着がみえそうなほど短くなるように上の部分を折って穿き、半袖のシャツの上に、スカートと同じ生地のリボンを緩く結ぶ。

濃くなり過ぎないようなナチュラルメイクに、赤身の強いリップ、アイライナーもきっちりと入れる。

もとより少しきつめの目元なので、大人びたメイクをするとかなり年齢が上に見えてしまう為、実際の年齢とのギャップが出ないように、メイクは紅子本人からしてみれば抑え目だ。

しかし、紅子はどう見てもギャルだった。

おとなしめのギャルとはいえ、姉の事をとやかくいえない事を本人は実感していない。


季節は、七月へと移り、もうそろそろ夏休みに入る頃合いだ。

その前に、期末試験があるが成績の元々良かった紅子には大した事ではない。

そんな事よりも、夏休みの間、どれだけ家に居る時間を短くするかの方が気がかりだった。


この時間帯、紅子の最寄り駅を利用する多くは学生と、会社員だ。

一番多いのは、すぐ近くにある大型商業施設の従業員達だろう。

紅子の家は、都会から離れたベッドタウンにあるマンションの一室だ。

大型商業施設以外は、寂れた商店街と夏祭りで有名な大きな神社しかない。

ようするに、田舎だった。


そんな駅でチラシを配っている年配の女性と中年の女性が居た。


(マジでジャマなんだけど……)


彼女達は、チラシを大人だけでなく子供にも配っていた。

紅子は、渡されるのが面倒なので顔を背けて避けた。

すると、年配の女性は後ろのサラリーマンに突き飛ばされてこけた。

サラリーマンは舌打ちし、足早に去って行く。

もう一人のチラシを配っている女性は、年配の女性が倒れた事に気付いていない。

倒れた女性は、落としたチラシを慌てて拾い集めようとしているが、誰も手伝おうという気配はなかった。

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