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逃亡の世界  作者: 谷藤にちか
第2章 優しい堕天使
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蛇と魚

柔らかそうな薄い色合いの髪は汗で額に張り付いていて、服に広がった血と泥の色もはっきりと解る。

真咲は、プラトムの側に膝を着く。


「プラトムは、助かるの?」

「えぇ、私は治療は出来ないけれど移す事は出来るから任せて」

「移す?」

「そう、移すの。怪我も、苦痛も」


頷いた女は、右手首を回しながら掌を開いた。

そこには、背中に翼がある人の石像があった。

まるで、手品だ。

女性の掌大だが、翼の造形や顔の造り、服の皺までが非常にリアルである。

まるで、本物のデルイル族の男性のようだった。

少年は、それを一瞥し、すぐに顔を背けた。


「貴女、彼を支えてあげて」

「は、はい!」


女は、その石像でプラトムの体を擦る。

翼、切られた片翼の痕、頭など一通り。


「本当に、それで治るの?」


焦りのまま、真咲が訊けば、女は笑みを浮かべながら頷いた。


「これを壊せば、その人は助かるわ」


女が、石像を強く握ると、簡単にヒビが入った。

そして、男性の断末魔と共に砕け散った。


「な、何?今の……?」


真咲は、困惑しながら女に訊く。

自分の耳を疑ってしまうほど、生々しい悲鳴がその像から聞こえたのだ。

女は微笑みながら、首を横に振った。


「なんでもないわ。あれはああいう物なのよ。ほら、彼はもう大丈夫よ」


プラトムの様子を見て、真咲は安堵した。

顔色も発汗も脈も、正常だと思えるほどに、落ち着いていた。

背中の傷痕は、血がそのままだったが傷が塞がっている。


「良かった……」


プラトムの穏やかな呼吸に真咲は安堵して、涙が瞬きと共に落ちていった。

へたり込んだ真咲に、女が語りかける。


「後の問題は、貴女ね」

「え?」

「そんなに蛇が嫌いかしら?」


真咲が何を言われたのか解らず、顔を上げると、暗緑色の瞳と目があった。

まじまじと、真咲は彼女を観察してしまう。

目はそれほど大きくないが、柔和な印象を抱かせ、厚く小さな唇には、花が綻ぶような笑みが似合う。

地味だが整った顔の和風美女といった印象を与えた。

しかし、その瞳だけが、日本人とは違うと主張する。


服は、ドレスといっていいだろう。

黒い柔らかな布を重ねた身体の線に沿ったもので胸元が開いており、見えすぎないように中から異素材の黒いインナーが覗き、肩紐は蝶が止まったように結ばれている。

足元は、サンダルだが、黒い皮を使用したヒールのあるもの。

身長は真咲よりも低く、胸が大きく、腰は細い、とても女性らしい体型をしていた。


(そういえば、何も考えないまま、この女性に助けを求めたけれど、この人はいったいなんなんだろう?

魔術士といわれればそう見えるし、巫女にも見えるし……。それに、どうして、蛇が嫌いなんて訊くの?)


「蛇……は、怖い」

「嫌いではなく、怖いと言うのね。どうしてそう思うのかしら?」

「幼い頃、あたしは蛇は悪行を唆すものとして、教わったから。

でも、お祖父さんの神社では、神様のお使いだって、言われて……でも、ソコハテは蛇みたいで、あたしも……!?」


自分で答えている途中で、真咲は自分の姿に気付いた。

外套をプラトムの体の下に敷いている為に、真咲は上半身を隠す物は胸に巻いたサラシのみだった。

出している肌の大部分は鱗に覆われている。


「今、気が付いたんですか、御自分の姿に?けれど、珍しい鱗ですね、爬虫類の鱗と魚類の鱗が混じっているなんて」

「え?」


いつ自分がこの姿になったのか、気付いていなかった真咲はうろたえる。

そんな真咲の心情などお構いなく、少年は珍しげに鱗を観察していた。


(なんで!?いつのまに!?あたしは鱗を出そうなんて思っていなかったのに!

しかも、この男の子、爬虫類の鱗と魚類の鱗が混じってるって……?)


「どうしてそうなったのか、説明するのは混乱していて無理そうねぇ……。

悪夢を見ても良いかしら?そっちの方が私達も理解し易いし」

「え、でも、悪夢なんて、どうやって……?」

「貴女が見る悪夢、それが貴女の記憶に繋がっているの。カイ君、手を貸して」

「はい。衝撃が強いから、構えていて下さいね」


少年は、真咲に注意を促すが、真咲は理解が出来ない。

三人で輪になる様に手を繋がされる。


「いきますよ。『悪夢よ、再び満ちて、この者の恐怖を我らに伝えよ』」


流されるままの真咲は、後悔する間もなく、強制的に悪夢を吸い出される。

物の十数秒の事だった。

だが、その間、真咲は猛烈な睡魔と寒気に襲われてしまう。

身一つで雪山に投げ込まれた気分だった。

頭は揺れて、歯は噛み合わない。

そっと、カイの手が離れ、代わりに女から背中を撫ぜられる。

女の手は優しく、温かかった。

旧22話と旧23話です。

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