男装の剣士と翼有種
はじめまして、日花もとい、名前を変えまして谷藤飛鳥と申します。
真咲や紅子達の話をお楽しみいただけたら幸いです。
広がるのは、荒れ地。
地面は固い黄土色の地盤と石英の多い小石。
ぽつり、ぽつりと立つ、人の背丈ほどの多肉植物はこの暑さ故、苦しげに空を恨んでいるように見えた。
真咲は、乾いた空気の中、サボテンに紛れて快晴の空を見上げてみた。
真咲の瞳には、感慨も、哀愁もなく、ただ空虚だと思うだけだった。
「よぉマサキ、相変わらずしけた顔してんなぁ!」
背中を強く叩かれ、真咲はよろける。
甚だ迷惑だと隠す気もなく、男を睨みつけた。
「当たり前だ、楽しくもないのに笑えるか、気持ち悪い」
「はははっ!小僧は世の中の楽しみ方ってもんがわかっちゃいねぇな!
そうだ!割の良い話があるんだよ、ついでにお楽しみもあるって話だ、乗らねえか?」
真咲は、酒臭い息を我慢しながら、仕事の話ならばと大人しくした。
この男は、真咲の事を少年と思い込み、気楽に話しているが、真咲は二十一歳の女性だ。
あえて、低い声で話し、体の線も隠す。
元々、女性にしては少し高めの身長である。
肩過ぎのざんばらな黒髪に、体全体を覆う色褪せ黒から灰色に変わってしまった外套に、腰に佩いた剣。顔も長めの前髪で隠している。
一見、十六歳ほどの少年のようだ。
そうしないと身の安全など、守れない。
男が、ただの少年と思っている真咲に仕事の話を振って来るのは、
真咲に、特殊な力があるからだ。
「ほら、隣の変人だらけの国があるって知ってんだろ?
そこの王が、翼有種の肉をお求めってんだよ。だから、兵士をこの地方にも差し向けてたんだが、
その情報を聞きつけた、俺の仲間が先にその翼有種を捕まえたってんだよ!
大金が手に入るぞぉ!!」
がははっ、と品の欠片もなく男は笑う。
男が酔っぱらっているのも、その大金を目当てにした前祝いなのだろうと真咲は察した。
しかし、真咲は訝しげに問う。
「そんな事をして大丈夫なの?
王国を敵にしたって事だろう?それに、その翼有種も黙っていないはずじゃ……」
真咲の心配を、酔っ払いは笑い飛ばした。
「はっはー、大丈夫だって!
一度、王国兵共はあいつらを逃がしてたんだ。そこを俺ら傭兵達が捕まえてやったんだ!
感謝される謂われはあるが、非難される謂われはねえ!!
それにだ、翼有種は回復能力には優れるが、戦闘術には長けちゃいねぇ。
血自体が苦手って話だ。
血に触れると、魔力が弱まるらしい」
「ふうん……」
真咲は、翼有種について詳しくはない。
この世界に来て、変な生物は何度も見た事はあるが、翼の生えた人はまだ見た事がなかった。
元居た世界から連れて来られた時も、それよりも前の事も思い出したくはないが、翼有種は、一度は見てみたいと思う。
背に羽の生えた人物だなんて、まるで天使のようだ。
その存在を信じていた両親の為に、見たいと思う。
傭兵に連れて来られたのは、枯渇した湖の畔にある一軒の家屋だった。
相当傷んでいるが、建てられて十年前後だろう。
人が住んでいないので、朽ちるのは速い。
「いやぁ!!」
少女の尋常ではない金切り声が中から響いた。
「!?」
驚いた真咲が男を見上げると、下卑た笑みを浮かべていた。
「言ったろ、お楽しみだって。
翼有の女を王国に差し出す前に俺達で味わうのさ」
真咲が足を踏み込むと、外からの光と照明の無い部屋の濃い影のコントラストの中に白い羽が舞い上がっていた。
翼を二人がかりで押さえつけられ、うつ伏せになった翼有種の少女が必死に抵抗していた。
真咲は、鴉が鳩を襲った後に、こんな風に羽が舞っていた事を思い出した。
そして、思い出したくない記憶も一緒に引き出される。
引き裂かれた制服のシャツを引き寄せながら、非常階段を必死に駆け登った。
階下から聞こえるのは、怒った男達と囃し立て馬鹿笑いをする女達の声。
その記憶が真咲の呼吸を乱す。
「へぇ、翼有の女も男も美しさじゃなかなかのもんだと聞いたが、翼が邪魔だな」
「あぁ、ホントに生えて動いてんだからよ、すげぇよな」
「こいつら、空の上から俺らの事見下げて生活してんだぜ、なのにこんな風に嬲られるなんてな」
「いやぁ!!」
金髪を荒々しく掴まれ、少女の顔が上がる。
美しく金の睫毛に縁取られた若葉色の瞳は涙に濡れ、小ぶりな珊瑚色の唇は悲鳴を紡ぐ。
まだ人間でいうと、十四ほどの外見をしていた。
「……っ」
真咲が怒りに染まりそうになった所に、男性の怒声が響いた。
「やめろ!!人間風情が我らに触れるな!」
目を向けると、そこには腕も足も縛られて、転がされた翼有の男性。
白銀の胸あたりまである長い髪に空色の瞳、細身で白磁のような肌ははっとするほど目を引く。切れ長の目は怒りに見開かれ、薄い唇の間から覗く歯は強く食い縛られている。それでも、その男性は美しさが薄れなかった。
その姿は、さらに真咲の記憶を掻き乱す。
その隣には、頭を殴られたのか亜麻色の髪に血が付着して気絶している翼有種の女性も見える。
(あの姿……天使様……)
思い出さないようにしていた事が、堰を切ったように溢れてくる。
編集して旧1話目と旧2話目を繋げました。
原稿用紙5枚程度を1話毎に纏めようかと思っています。
長くなるのが確定していますので……。