かくれんぼ
雄叫びとも、悲鳴ともつかない声が上がり、剣戟の音が鳴り響いた。
その音は、テントの中にまで届く。
「……あれが、【執行者】だ。
多忙な破壊神が、仕事を分配したんだ。
破壊神の【しらせ】の能力を借りて、破壊神の代わりに刑を下す」
目を瞑ったまま、プラトムが説明する。
「良いよ、今は話さなくても。辛いでしょう」
「良い、いつ伝えられるかわからないから」
目を開けるが、余り目が開いていない。
目を開けるのもやっとなのだろうが、真咲にプラトムは話す。
暫らくすると、剣戟の音も、男達の声も止んだ。
再び、火の粉の爆ぜる音だけが聞こえてくる。
そこに、冷やかな執行者の声が響く。
「お前達、他に隠れているイイサンの兵を連れて来い」
男は、焚火の側に佇んでいるのだろう。
うっすらと、テントに影が映る。
声以外の体格も容姿も解らないが、男の姿を見てしまえば命がそこで終わってしまう気がする。
そんな考えを、真咲は振り払えない。
布のはためく音が隣のテントから聞こえ、次いで兵士の悲鳴が聞こえた。
悲痛な声に、真咲は身を震わせる。
同じく恐怖を感じているプラトムが、真咲の体を自分に密着させる。
真咲も、子供のようにプラトムの血に染まった服を握り締める。
ばさりと、真咲達のいるテントの入り口が開かれる。
「―っ!?」
軽い足音が徐々に近付いてきた。
木箱のバリケードに囲まれているとはいえ、安心は出来ない。
木箱を開ける音が、何度も聞こえた。
「みーつけた」
かくれんぼの鬼のように、【しらせ】は楽しげな声を上げた。
楽しげな声に真咲は慄く。
だが、【しらせ】が見つけたのは、縛められた兵士だった。
意識のない兵士を、十歳未満の子供が担いで運んで行く。
再び、入り口が閉ざされると、真咲は安堵し脱力した。
プラトムも同じだったようで、真咲の左肩に頭を乗せる。
しかし、真咲は懸念は残る。
縛められていたのを発見されてしまったのだ。
他に誰かが居ると教えているような物だ。
「ほう、縛められた兵士か。誰かに殴られているな。他に兵士は居なかったか?」
抑揚の無い声が、確認を取ると【しらせ】は、再びテントへと戻ってきた。
自分が行った事が、ここまで足を引っ張るとは思っていなかった真咲は、プラトムに申し訳なく感じる。
確実に判断ミスだった。
暗闇に慣れた目でプラトムを見上げると、怒っている風はなく気にするなと首を横に振っていた。
その動作に、真咲は胸が締め付けられる。
きちんと謝りたいが、見つかって殺されてしまう方が早い状態ではどうしようもない。
木箱が除けられるのではなく、纏めて壊された。
咄嗟にプラトムは真咲の頭を抑え、身を丸めた。
飛んでくる木の破片が、ぱらぱらと真咲の外套に当たる。
「汝らは誰ぞ?真実を答えよ」
真咲を抑えていた手が離れ、屈めていた背をプラトムが伸ばす。
子供の可愛らしい外見と声には、不釣り合いな物々しい問い掛け。
「沈黙は、嘘とみなすが?」
「……俺は、デルイル族のプラトム。イイサンの兵士じゃない。こいつもイイサンの兵士じゃない」
【しらせ】を睨みつけながら、プラトムは告げる。
だが、【しらせ】は特に気にした風もなく、真咲に視線を向ける。
「汝は誰ぞ?」
「……あ、あたしは、真咲。プラトムの妹に頼まれてここまで来たの。あたしはイイサンの兵士ではないわ」
ガラス玉のような【しらせ】の目に、必死な真咲が滑稽に映る。
真咲は、我知らずプラトムに縋りついている姿に気付いた。
「その言、真実と知らせたり」
【しらせ】は破顔し、二人に背を向けて行った。
呆然と、真咲とプラトムは顔を見合わせる。
「【執行者】よ。兵士はおらん」
「……くっ、ははっ!そうだな兵士は居ないな」
報告を受け取った【執行者】は、大きな笑い声を上げた。
他の【しらせ】から受け取った物を手に、真咲達の居るテントの前に立つ。
「そうだ、兵士は居ない。それが真実だ」
テントの入り口が開かれ、【執行者】の姿が影として浮かび上がる。
逆光で、顔は判らない。
彼は、手に持った大きな物を真咲達に投げ、入り口は開けたままで背を向けた。
旧20話と旧21話です。