運が悪い二人
外からは、見張り以外の兵士も出て来たのか、話し声が大きくなった。
十人程がテントから出て来たのに、真咲は焦る。
確認の為に、このテントを覗かれてしまっては事だ。
「……急いで、出た方が良いかな」
「駄目だ。【執行者】の【しらせ】となるとここはもう囲まれているはずだ」
「え?」
プラトムの言葉を肯定するように、テントの外からは子供の笑い声が聞こえて来た。
それも複数。
「なっ!?」
真咲が、不気味な笑い声に慄いていると、プラトムが声をかける。
「マサキ、そこの木箱を動かせるか?気休めだが身を隠しておこう」
「う、うん」
真咲が木箱を動かし、入り口から見えないようにする。
プラトムを、テントとバリケード代わりの木箱との間で休ませる。
傷が痛むのか時折、顔を歪めている。
木箱一つの大きさは真咲が丁度抱えあげられるほどの物が多いが、大きい物もあり、その中に入っていた荷物は支柱と大きな布、テントの余りだった。
その大きな箱の中に、縛められた兵も入れる。
「閉じ込めるのか?」
「うん、意識が戻って暴れられても嫌だし。
【しらせ】達にも見つからない方が良い」
「そうだな。そいつが見つかれば此方まで見つかるか」
真咲は、兵が入っている箱の蓋を閉めて、テントの入り口の隙間から外を伺う。
ここから確認出来る【しらせ】は五人。
蛇に姿を変える事なく、兵士を襲っていた。
小さな子供に不似合いな大きな牙。
強い腕力で、大人の男を抑えつける。
小さな彼等は、兵士を投げ飛ばし、一か所に生きたまま重ねていく。
大人の悲鳴と、子供の笑い声が響き渡る。
「その言、嘘か真か教えよ」
本来ならば、可愛らしいと言えるだろうその声は、こんな場所で聞けば恐怖でしかない。
鱗の力を使った真咲でも【しらせ】の前では何も出来ずに、真咲もまた投げ飛ばされるだろう。
腰に佩く細身の刀も無力だろう。
彼等に思い入れはないが、人間を物のように扱う理不尽さに、怒りと恐怖が湧きおこる。
拳を握り、その感情を抑えつけようとする。
「……マサキ」
小さな声が聞こえ、呼ばれた真咲は木箱を乗り越えて赴く。
プラトムは、木箱に囲まれて床に座っているが、先程よりも息が上がっている。
「プラトム、熱が……」
「外は、見ない方が良い」
真咲の言葉を遮り、プラトムは彼女の腕を急に引っ張った。
「……わ」
そのまま真咲は、プラトムの胸板に顔を埋める形になる。
プラトムとヘルバに同じ事をされて、真咲は複雑だった。
触れるプラトムの体温は高い。
プラトムの太股の上に横座りで座ってしまっている状態なので、真咲は落ち着かない。
離れようと、真咲が身じろぐと、思いがけず強い力で掴まれた。
真咲が顔を覗き込むと、唇を噛み締め、目もきつく瞑っていた。
「プラトム?」
「駄目だ、隠れておくんだ。あいつらに見つかってしまったら……」
「でも」
「……怖いんだ。酷い目に遭うのは、もう、俺だけで十分だ」
「……」
心情の吐露に、真咲は反論も出来なかった。
身体の力を少し抜き、おもむろにプラトムの額に掌を当てる。
真咲の冷たい手が気持ちいいのか、眉間のしわが浅くなる。
(プラトムは、ちゃんとヘルバに会わせてあげなきゃ駄目だ!
こんな、優しい人をこんな場所で亡くしたくない。
すぐに連れていきたいのに、なんで【しらせ】なんかが来てしまうの!?)
真咲は、泣きたくなる。
余りにも、自分とプラトムは運が悪い。
ふいに、【しらせ】の声が止んだ。
すると凍えるような風が一陣吹き、それはテントの中にも入り込んで来た。
その冷気に、蝋燭が消える。
「さぁ、イイサンの兵士どもよ。お前達の中で嘘吐きは誰だ?」
低い、抑揚はないが、通り易い声。
青年の声が真咲の耳に届く。
良い声の部類に入るのだろうが、怖ろしい。
この声の主の存在は、先程までは全く感じなかった。
突然現われた事は、さらに真咲の恐怖を掻き立てた。
イイサンの兵士達は、その男に恐れをなしたのか、何も答えない。
「ふむ、黙ってしまわれると何も解らんな。
じゃあ、こうしよう。
自分が隣の者よりも優れている事を述べた者だけを助けてやろう」
その言葉に、兵士達が色めき立つ。
「さぁ、お前からいこうか?」
「お、俺は、こいつより剣の腕が強い!」
「な、お前!そんな事はないだろう!?」
「ふっ、早速、反対意見が出たな」
その言葉に、兵士二人は言葉を詰まらせた。
「【しらせ】を使う必要もない。
お前達二人がただ、戦えば良いだけの話だ。どちらかが死ぬまでな」
旧19話を引き延ばしたものです。