助ける理由
覗くと、すぐに目的の人は居た。
テントの入り口に背を向けて、横向きに倒れている。
ゆらゆらと揺れる蝋の灯火に浮かぶ髪は薄い色。
柔らかそうな癖っ毛だ。
ヘルバに似た顔立ちの人は、苦しそうに目を瞑っている。
(この人がヘルバの……!)
背中が見えないので、翼の様子は解らなかったが、生きている事に真咲は安堵する。
同じテントの中に居る見張りの兵士は、他に誰の目もない事を良い事に、木箱の上に座り、眠いのだろう船を漕いでいる。
(イイサンの兵士は皆、士気が低いな。おかげでこっちはやりやすいけど……)
真咲は、するりとテントの中に入り込む。
そして、静かに兵士に近付くと、両手で握ったナイフの柄で思い切り頭を殴った。
兵が倒れる前に、身体を受け止めてゆっくりと地面に横たえる。
思いの外、上手く気絶してくれたみたいだった。
息もあるし、脈もある、血は出ているので後遺症が残るかもしれないが、心配など出来ない。
真咲は、ヘルバの兄を縛めている縄を解こうと近付く。
「っ!?」
片翼は、ごっそりなくなっていた。
背中からもう片方の翼にかけて、この仄暗い灯の元で黒く汚れている。
けれど、本当の色は、翼も服も赤色に違いない。
濃い血の匂いが鼻につく。
「……酷い。すぐにヘルバ達の所に連れて行かないと!」
血は止まってはいるようだが、体力は持たない。
すぐに、治療をしないと危ないだろう。
だが、その為に後顧の憂いを断つ必要がある。
真咲は、縄を解き、その縄を今度は、倒れている兵士に掛ける。
後ろ手に縛り上げ、足も縛る。
後は兵士の服を少し切って、その布を猿ぐつわにして噛ませた。
「こんなものか……」
屈んで作業を行っていた真咲は、近付いて来ている気配に気付かなかった。
突然、肩を掴まれ、視界が引っ繰り返る。
背中に強い衝撃を受け、咳が出そうになるが、首を抑えられているので、苦しさが増した。
真咲に馬乗りになっている男は、柔らかそうな髪質に片翼。
ヘルバの兄だった。
「……お前、何者だ?なぜ、あいつの名前を知っている?」
人間に襲われた翼有種の当然の反応だと、真咲は思ってしまった。
しかし、ここで真咲も倒れてしまえば、ヘルバの兄も危険だ。
「あた、しは、ヘルバに頼まれた」
「頼まれた?人間に対して、あいつが頼み事など……!」
真咲は、証拠として手紙を出そうとするが、両手を頭の上で掴まれてしまった。
抵抗する気はないが、振り解こうとするならば鱗の強化が必要だろう。
「何をする気だ?武器でも取ろうとしたか?」
「違う……!ポケットに手紙が」
「手紙?」
首を押さえていた手が外れて、苦しくはなくなったが、男にパンツのポケットをまさぐられるのは良い気はしなかった。
「これか……」
目を通している様を観察していると、驚いているのが表情からありありと読み取れた。
「……ヘルバはどこに居る?」
「わからない。あたしが起きた時には誰もいなかったから」
真咲は、首を横に振る。
そんな真咲に、男は奇妙に思ったのだろう、こんな質問を投げ掛けた。
「直接は頼まれていないのにか?……こんな手紙一つで、お前はこんな所まで来たのか?
ただのお人好しか、他に目的があるのか?お前がヘルバを脅して書かせたんじゃないのか!?」
「脅してなんかいない!けど……」
真咲は、すぐには答えられなかった。
確かに、直接は頼まれていない。
けれど、真咲は、ヘルバの想いを直接受け取ったのだ、それを無下には出来なかった。
それがどうしてか、というと。
「……あたしは、ヘルバの願いを聞いてあげたかった。
彼女があの場で頼れたのはあたしだけ。たとえ、信用していなくて利用されているとしても、あたしは」
緊張の為か、喉が渇く。
真咲は、男の視線を避け、喉から押し出すように苦しげに呟いた。
「あたしには、助けてくれる人なんていなかったから……」
「……」
ここまで口にして、真咲は漸く自分の行動理由を知る。
誰も助けてくれなかったから、助けを求めていた自分の代わりに、ヘルバを助けようとしたのだ。
旧18話が驚きの長さでした。なので、2話に分割してます。