干上がった道
歩き続けて、三時間は経っただろうか。
陽は沈み切り、空には星が瞬く。
この辺りは沙漠に変貌したが、破壊神が破壊していった関係か、夜でもさほど気温が下がらない。
といっても外套なしでは風邪をひいてしまうだろう。
真咲は、手近にある多肉植物の分厚い葉をナイフで切り落とし、針のある外側をそぎ落として中身の透明な部分を口に入れる。
苦いが、我慢出来ないわけではないし、水分の塊なので、そのまま嚥下する。
真咲が歩き続けていた道は元、川の道。
川底だった証拠に、砂が堆積している。
三角州はこの川の上流にある。
二年以上前は、こんな沙漠ではなかったのだ。
果樹園や森林が、豊かな水の流れに沿って広がっていた。
その水の利権を求めて隣同士のリ―パ国とフルム国が戦争を起こした。
きっかけは、フルム国が三角州に貴族の保養地を作った事。
三角州は、中立地帯で互いに何も干渉しないようにと決めていた土地だった。
その戦いに、傭兵として真咲もジョン達と共に参加していた。
だが、戦いはすぐに終わってしまった。
戦争が始まって、暫らくも経たないうちに破壊神が顕現したからだ。
真咲は、神というのは両親からどういうものか教えて貰った事がある。
全ての人間は罪を持って産まれてくるから、神が救ってくれるのだと。
神は万能で、この世にたった一柱だと。
しかし、真咲の産まれた国は多神教の教えの方が強い。
そして父方である祖父は、神社の宮司だった。
ある日、祖父に初めて会った際に、父の実家に連れて行かれた。
その後、父が真咲を奪い返すように連れて帰った。
大声で喧嘩をする父と祖父が怖かった。
けれど、その出来事が原因で、神というモノに疑問が生まれてしまった。
(神さまってなんなの?父さんとおじいさんをけんかさせちゃう人たちなの?)
そんな考えを神に対して抱いていたから、神が真咲に罰を与えたのではないかと真咲は未だに思っている。
罰として、両親を奪ったのだと。
悪いのは疑問を抱いた自分自身だと。
その後、無理やりこの世界に連れて来られて、まざまざと神と呼ばれる存在の力を見せつけられた。
大きな大きな金色の蛇。
金の鱗の体躯に膜のある蝙蝠のような翼。
空を覆い尽くすほどの大蛇が、暗雲の中に身をくねらせていた。
雷を伴い、金の大蛇が吼えると、金の火球が出現し、町を焼いた。
火球は、大地にも影響を及ぼし、豊かな地を不毛の地に変化させた。
破壊神は、人や国もろとも大地をも破壊した。
人間が従うのも当たり前だと思った。
むしろ、隷属しなければ人間は生きていけないと、真咲は思い知った。
人々は空を見上げ、恐れ慄き、赦しを乞うた。
二国の生き残った人々は、作物が出来なくなったこの地方を捨てた。
そして新たな逃亡者達が作った国がイイサン国だ。
国といっても、長くても十年足らずでほとんどの国が破壊される。
その為に文明が栄えず、逃亡の世界は古代のような様相を呈している。
元より、色んな異世界の者が入り混じっているので、文化に纏まりは余りない。
イイサンもそのうち滅ぼされるのだろうと、真咲は思う。
三角州に近付いてきた。
そこは、まだ枯れた木々が残り、石造りの建築物跡も申し訳ない程度に残っていた。
枯れた木々は、葉が落ち切り白い幹と枝が月灯りに照らされている。
まるで、骸骨の手が月を掴もうとしているよう。
そこが、フルムとリ―パの戦争の発端となった三角州だ。
生き物の気配が無い死んだ場所に、真咲は気味の悪さを覚える。
しかし、今は林の中から、朱色の灯が空へと昇るのが見える。
イイサンの軍の篝火だ。
見渡しの良い、丘の邸宅跡に駐屯地を構えているようだった。
真咲は、見つからないようにと三角州からある程度距離をとったまま、篝火とは反対側に回り込む。
時間をかけてしまうが、見つかるよりかはマシだ。
イイサンは、二国が亡くなってから半年余りで出来た国だ。
新しく世界を逃げて来た移住者達と、この世界に逃げてきたが寄る辺の無かった者達が作り上げた国。
人間以外を食べるという奇行が取り立たされる、気味の悪い噂に事欠かない国だった。
王は外に出ず、国民達はリ―パとフルムの遺した建物や食品を利用して生活を行っているというのはジョンから聞いた事があった。
しかし真咲は、ジョンと長い間一緒に居ても、会話を余り聞いていなかった。その事を、反省する。
(ちゃんと聞いていればもっとマシな手立ても思いついたかもしれないのに……!)
篝火を目的地として、真咲は丘を注意深く登る。
重なる落ち葉は、虫に食害される事無く大量に斜面を埋めていた。
獣も居ないので、獣道すら落ち葉の下に埋まったままだ。
落ち葉の少ない所を足場として選び、落ち葉を退けてから足を置く。
大変効率が悪いが、こうでもしないと音が響くのだ。