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逃亡の世界  作者: 谷藤にちか
第1章 迷い子と天使
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血の味

耳鳴りが、病んだ。

ふらふらと真咲は手にしていた物を地面に刺し、それを支えに膝を着く。


「はぁ、はぁ……」


荒い呼吸に、肩が揺れる。

口の中が妙に乾いて、咳が出た。

血を飲み込んだような感覚。

口の中を切ったのだろうかと思い、口を右掌で拭う。

何故か、感触がおかしい。


「なに……?」


我が目を真咲は疑った。

ぬるりと、唇を覆っていたのは赤い液体。

赤い液体に塗れた手には、何か張り付いている。

冴え冴えとした月光に照らし出すと、それは蒼い鱗だった。

そして、固く尖った爪。

地面に刺した剣は、血でてらてらと鈍く月光を反射している。


(あの悪魔と同じ姿!?)


「あ、あ、いやぁぁー!!」


頭を抱えて、真咲は絶叫した。

その場には、ソコハテの内臓が全て失くなった遺体と、大量の血痕。

男の姿は、なかった。



「う……」


ゆっくり目を開けると、窓から入り込む橙の光が眩しくて、咄嗟に目を片手で押さえた。

真咲が目を覚ますと、血塗れの木の葉の上ではなく、あの時から五年経った翼有種達と会った家屋の中だった。

だが、彼等の姿はそこにはなかった。

真咲だけが、首を窓に向け、うつ伏せで寝かされていた。

頭の下には、枕代わりに布の塊が置かれていたが、床が固いのは変わらない。

上半身を起こすと身体は痛んだが、野宿に慣れているので大した事ではなかった。

体は、そんなに辛くない。

身体的よりも精神的に辛かった。


ソコハテの爪の感覚を思い出して、真咲は寒気を感じ震えた。

自分の体を抱き締めるように、掴まれていた箇所に手を当てる。

丁度、蒼い魔法陣が浮き出る箇所だ。


「あたしは、一体何になってしまったんだ……?」


ソコハテが何かしたのか、自分が何かをしたのか、今となっては解らないのだ。

だが、ソコハテと同じ姿になってしまったのは、事実だった。

「化け物」と呼ばれて動揺しなかったのは、うわべだけだ。

ただ、学生の時分に蔑む言葉や、悪口を言われ慣れてしまったから、何でもない事のように振舞えただけだ。


「……あたしは、イイサン王国の民のように、ソコハテを食らった?あの男みたいに?」


そこまで口に出して真咲は、首を勢いよく横に振った。

イイサン王国の人間は、人間以外の種族を魔力補給や特殊能力獲得の為に食べる。

その影響で、人間であっても耳が異様に長かったり、肌が緑色をしていたりと、後天的に人間の姿から離れていってしまっているのだ。

その習慣と姿から、変人だらけの国だといわれるのはその為だ。

スブリマ、ヘルバ、サリーレは食われる為に売られるはずだった。

そして真咲は、人間がそういう者を捕食している場面に遭遇した。


ソコハテが喰われていた。

ソコハテは、あの姿を見る限り、人魚だった。

日本でも、人魚の肉を食べると不老不死になるとの逸話は各地に残っている。

それと同じ感覚なのだろうと真咲は寒気を覚えながら、思う。

あの男は、真咲の事も狙っていた。

ならば、あの時、既に真咲は人間ではなく「化け物」になっていたという事だ。

男に襲われて、気がついた時には、剣は血に塗れ、身体は蒼い鱗に覆われていた。


(でも、あの時の、口の中の血の味……まさか、あたしは……)


「そんなわけない、人を食べるなんて、あたしは違う!」


叫んだ真咲は、沈痛な面持ちで窓の外を見た。

心を閉ざし何も考えないように、過去を思い出さないようにしていた努力は『天使様』が鍵となって、容易く決壊してしまった。

さながら、雪解け時の雪崩のように。

もう、外面を繕える気がしない。

こんなに、自分は弱かっただろうかと真咲は、自問する。


ガラスの入っていない窓の向こうに見えるのは、乾いた大地と西に傾く太陽。

もうじき夕方になるのだろう。

元居た世界と同じような夕暮れは、ほんの少しだけ真咲に落ち着きを与えた。


真咲は、治療された左足を動かしてみる。

指を開いたり閉じたりすると、剣が貫通したはずの場所からぽろぽろと、かさぶたに成りきれていない乾いた血が剥がれ落ちていった。

その下からは、怪我の無いつるりとした足の甲が見えている。

少々皮が引き攣れた感じはあるが、痛みはない。

触ってみても傷は完全に塞がっており違和感は、皮サンダルの靴底に開いた穴くらいだ。


「……凄いな」


真咲は素直に感嘆する。

つい、温かい熱に気持ちが良くなって寝てしまったのだ。

そこは、正直に恥ずかしい。


「寝顔を他人に見られるとか、嫌なのに、しかも『天使様』に……」


膝に額を押し付けると、脚の間から床の上に何かが転がっているのを発見した。

きちんと結ばれて、丸い布の塊が見覚えのある模様である事に気付く。

ヘルバが、枕代わりに自分の着ていた服を紐で纏め、真咲の頭の下に置いて行ったものだった。

そこから、紙が覗いている。


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