不審者一行の目的 2
我ながら、間の抜けた声が出たと思う。
「——卵?」
一体、何の?
ヴォルケは、猫って卵を産んだっけ、と馬鹿なことを考えた。
そして、娘から滲みだしたどす黒い気配に、ヴォルケはどきりとした。
自分へ対するものでないと分かっていても、心臓に悪い。
「どこの馬鹿だ」
「犯人は、分からん。 だが、卵を盾に、囚われた同朋がいるし、——殺された同朋もいる」
唸る様な娘の言葉に、黒猫は淡々と返す。
よく見ると、黒猫の双眸は、黒曜石の様に硬質な輝きを放っていた。
娘が、苛立たし気に短い髪を掻き毟る。
その黒瞳の中に燃え盛る焔は、更に勢いを増していくようであった。
「……どうして、分かった?」
「同朋に関しては、『声』が聞こえたからな。 世界を震わせる程の『声』なら、流石に届く。 卵に関しては、気配が残っていたから、分かった。 だが、どこにあるのかだけが、分からない」
「——そうなのです。 皆で頑張って探しているのに、見つからないのですよ」
唐突に、娘と黒猫の会話に割り込んできた声の発生源は、——ウサギの縫いぐるみだった。
シュビッと片腕を上げるウサギの縫いぐるみは、かなり大きなもので、小さな子供程の大きさだ。
「「……」」
硬直したヴォルケに対し、娘は無言でウサギの耳を引っ張った。
呆気なく、ウサギの頭と胴体が分離する。
「いきなり、何なのですか?」
ウサギの頭の下から出てきたのは、愛らしい幼女の顔だ。
大理石のように白い、髪と肌。
きょとんと瞬く瞳は、月長石に似た硬質な輝きを有している。
明らかに人族から外れた容貌は、人目の多い場所で晒されていたなら、騒ぎになっていただろう。
「……何をしている」
「変装に決まっているじゃないですか! 何もしないままだと、ここは歩けないって分かっていますから!」
白けた目を向ける娘に、幼女はきりっとした顔で返した。
「「……」」
娘は、白けた目のまま、今度は、ウサギよりも二回りほど小さい竜の縫いぐるみの頭を鷲掴みにした。
竜の頭も、あっさりと胴体から離れた。
「いやん」
恥ずかしそうに、前脚で隠された顔は、白と最上級の紅玉の様な鮮やかな赤の斑の被毛で覆われている。
見た目は、可愛いもの好きなヴォルケの部下が飼育している、ハムスターそっくりだが、色ばかりでなく大きさもおかしい。
ハムスターと言うものは、掌に乗る様な愛らしい生き物であって、一抱えはある様な肥満体ではないのだ。
「俺、頑張って作ったんだ」
不審者が、どや顔で右手を上げた。
ウサギと竜のへんな縫いぐるみは、まさかの手作りだったらしい。
本職にしては素人臭い意匠の縫いぐるみだと思ったら、本当に素人が作成したものであったようだ。
……人外が、着ぐるみ姿でそこら辺をうろつくなど、世も末だ。
しかしながら、ありのままの姿でうろつかれても、騒ぎになるだけなので、非常に悩ましいことではあるかもしれない。
——変装をしようという、考えは正しい。正しいが、着ぐるみは間違っている。
見た目は誤魔化せても、目立たないと言う、変装のもう一つの主要な目的を、全く果たせていない。
「……黒主ばかりではなく、白姫と炎君も来ているのか……」
据わった目で呟く女の声は、妙に平坦だ。
「……今の王鞘ちゃんが、怖いです」
「手が足りないのだ。 仕方があるまい」
腰が引けている白い幼女に対し、黒猫は平然と答えた。
「碧君の風でも探知しきれないと?」
娘の問いかけに、黒猫は考え込むように、瞼を閉じた。
「我が妹背の風が、届かぬ場所がある。 澱が凝って、精霊の声が聞こえんのだ。 あれと精霊は、相性が悪い」
「澱だと?」
「……悪い、澱って、何だ?」
鋭い声を上げた娘に、ヴォルケは恐る恐る聞いてみた。
ヴォルケだけ話に置いて行かれている感が半端ないのだが、理解できないと不味い気がする。
娘はヴォルケをじろりと見ると、小さく溜息を吐いた。
「——この辺りだと、瘴気の方が分かりやすいか?」
「——何だとっ?!」
「静かにしろ」
「いやだって、——瘴気が凝っていたら不味いだろうっ?! 不死者がでるぞっ!」
澱、或いは瘴気と呼ばれるものは、世界に満ちる魔素の変質によって発生する。
死に際の断末魔、死に近しい感情が、それらを産み出す。
類は友を呼ぶと言うが、澱は凝ると厄を振りまき、死を招く。
不死者も、澱が振りまく厄の一つだ。
死した人間の成れの果てにして、生者と相容れることのない残骸。
不死者にも多くの種類があるが、基本的に、彼等は本能や狂気のままに、生者を襲うのだ。
不死者をどうにかするには、肉体を完全に破壊するか、聖職者やそれに類する力を持つ道具による浄化しか、方法はない。
因みに、宗教関係の組織が国家の中でもそれなりの力を持つのは、澱や不死者の浄化を得手としているからである。
「なあ、黒主だったか? 悪いが、何処に瘴気が凝っているか、教えてくれないか? 不死者が湧く前に、どうにかしちまいたいんだ」
さっさと『教会』の坊主共に瘴気を浄化してもらうべく、勢い込んで場所を尋ねたヴォルケに、黒猫はぺたりと両耳を伏せた。
「……この都、全て——」