表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/88

不審者一行の目的 2

 我ながら、間の抜けた声が出たと思う。


「——卵?」


 一体、何の?


 ヴォルケは、猫って卵を産んだっけ、と馬鹿なことを考えた。

 そして、娘から(にじ)みだしたどす黒い気配に、ヴォルケはどきりとした。

 自分へ対するものでないと分かっていても、心臓に悪い。

「どこの馬鹿だ」

「犯人は、分からん。 だが、卵を盾に、囚われた同朋がいるし、——殺された同朋もいる」

 唸る様な娘の言葉に、黒猫は淡々と返す。

 よく見ると、黒猫の双眸は、黒曜石の様に硬質な輝きを放っていた。

 娘が、苛立たし気に短い髪を()(むし)る。

 その黒瞳の中に燃え盛る焔は、更に勢いを増していくようであった。

「……どうして、分かった?」

「同朋に関しては、『声』が聞こえたからな。 世界を震わせる程の『声』なら、流石に届く。 卵に関しては、気配が残っていたから、分かった。 だが、どこにあるのかだけが、分からない」

「——そうなのです。 皆で頑張って探しているのに、見つからないのですよ」

 唐突に、娘と黒猫の会話に割り込んできた声の発生源は、——ウサギの縫いぐるみだった。

 シュビッと片腕を上げるウサギの縫いぐるみは、かなり大きなもので、小さな子供程の大きさだ。

「「……」」

 硬直したヴォルケに対し、娘は無言でウサギの耳を引っ張った。

 呆気なく、ウサギの頭と胴体が分離する。

「いきなり、何なのですか?」

 ウサギの頭の下から出てきたのは、愛らしい幼女の顔だ。

 大理石のように白い、髪と肌。

 きょとんと瞬く瞳は、月長石(ムーンストーン)に似た硬質な輝きを有している。

 明らかに人族から外れた容貌は、人目の多い場所で(さら)されていたなら、騒ぎになっていただろう。

「……何をしている」

「変装に決まっているじゃないですか! 何もしないままだと、ここは歩けないって分かっていますから!」

 白けた目を向ける娘に、幼女はきりっとした顔で返した。

「「……」」

 娘は、白けた目のまま、今度は、ウサギよりも二回りほど小さい竜の縫いぐるみの頭を鷲掴(わしづか)みにした。

 竜の頭も、あっさりと胴体から離れた。

「いやん」

 恥ずかしそうに、前脚で隠された顔は、白と最上級の紅玉の様な鮮やかな赤の斑の被毛で覆われている。

 見た目は、可愛いもの好きなヴォルケの部下が飼育している、ハムスターそっくりだが、色ばかりでなく大きさもおかしい。

 ハムスターと言うものは、掌に乗る様な愛らしい生き物であって、一抱えはある様な肥満体ではないのだ。

「俺、頑張って作ったんだ」

 不審者が、どや顔で右手を上げた。

 ウサギと竜のへんな縫いぐるみは、まさかの手作りだったらしい。

 本職にしては素人臭い意匠の縫いぐるみだと思ったら、本当に素人が作成したものであったようだ。

 ……人外が、着ぐるみ姿でそこら辺をうろつくなど、世も末だ。

 しかしながら、ありのままの姿でうろつかれても、騒ぎになるだけなので、非常に悩ましいことではあるかもしれない。

 ——変装をしようという、考えは正しい。正しいが、着ぐるみは間違っている。

 見た目は誤魔化せても、目立たないと言う、変装のもう一つの主要な目的を、全く果たせていない。

「……黒主ばかりではなく、白姫と炎君も来ているのか……」

 据わった目で呟く女の声は、妙に平坦だ。

「……今の王鞘ちゃんが、怖いです」

「手が足りないのだ。 仕方があるまい」

 腰が引けている白い幼女に対し、黒猫は平然と答えた。

「碧君の風でも探知しきれないと?」

 娘の問いかけに、黒猫は考え込むように、(まぶた)を閉じた。

「我が妹背の風が、届かぬ場所がある。 (よど)(こご)って、精霊の声が聞こえんのだ。 あれと精霊は、相性が悪い」

「澱だと?」

「……悪い、澱って、何だ?」

 鋭い声を上げた娘に、ヴォルケは恐る恐る聞いてみた。

 ヴォルケだけ話に置いて行かれている感が半端ないのだが、理解できないと不味い気がする。

 娘はヴォルケをじろりと見ると、小さく溜息を吐いた。

「——この辺りだと、瘴気の方が分かりやすいか?」

「——何だとっ?!」

「静かにしろ」

「いやだって、——瘴気が(こご)っていたら不味いだろうっ?! 不死者がでるぞっ!」

 澱、或いは瘴気と呼ばれるものは、世界に満ちる魔素(まそ)の変質によって発生する。

 死に際の断末魔、死に近しい感情が、それらを産み出す。

 類は友を呼ぶと言うが、澱は凝ると厄を振りまき、死を招く。

 不死者も、澱が振りまく厄の一つだ。

 死した人間の成れの果てにして、生者と相容れることのない残骸。

 不死者にも多くの種類があるが、基本的に、彼等は本能や狂気のままに、生者を襲うのだ。

 不死者をどうにかするには、肉体を完全に破壊するか、聖職者やそれに類する力を持つ道具による浄化しか、方法はない。

 因みに、宗教関係の組織が国家の中でもそれなりの力を持つのは、澱や不死者の浄化を得手としているからである。

「なあ、黒主だったか? 悪いが、何処に瘴気が凝っているか、教えてくれないか? 不死者が湧く前に、どうにかしちまいたいんだ」

 さっさと『教会』の坊主共に瘴気を浄化してもらうべく、勢い込んで場所を尋ねたヴォルケに、黒猫はぺたりと両耳を伏せた。

「……この都、全て——」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ