悪鬼の遺産がよぶものは
*視点の変更有。後半、グロテスクな描写がある為、苦手な方はご注意ください。
存在自体が酔狂の様な、金属の塊。
それが、某伯爵家伝来の剣を目にした時の、ジャネタの感想だった。
――すり鉢状の闘技場の底にて、鈍色の光を弾く、その、威容。
近くにいる黒衣の青年との比較から見ると、分厚い刀身は人の背丈の五倍ほど、刀身に比して極端に細い柄は、それでも長く、青年の背の二倍ほどか。
青年の胴よりも幅広い刀身は、確かに片刃の剣の様な形状ではあったが、あの大きさではまともに刃を研げはしまい。
そもそも、あらゆる利点を打ち消す馬鹿みたいな重さで有名な重金剛で、あの大きさの物体を造り上げた事こそが、ジャネタには驚きだ。
金と資源と人手の無駄遣いとして、あれに匹敵するものは、中々あるまい。
連れの腰の得物を横目で見ながら、ジャネタは渋い顔をする。
そもそも、『暴食鬼』と呼ばれた悪鬼はさておき、いまいち中身が育っていない青年があんなものを扱え切れるのだろうか。
隠居の暇潰しがてら、ご縁があったからと、のこのこ他人の決闘の場に野次馬をしに来た雇い主の隣で、ジャネタは碌な予感がしない光景に口元を引き攣らせていた。
***
言っては悪いが、クロードはちょっと舐めていた。
逸脱したとされても、元は、人の括りの中から出たモノが使っていたんだから、と。
実際被害に遭った、イファやミリーに話を聞いてはいたけれど、『暴食鬼』がどのような存在であったのか、彼には実感が薄かったのだ。
クロードの足元に鎮座していたのは、存在自体が馬鹿馬鹿しい重金剛製の剣(?)である。
ねーちゃんが、しれっとした顔で転移させてきたが、魔法への干渉作用があるこの量の重金剛を転移させるのは、実は結構面倒くさい。
力任せに魔力を使うクロードには分かりづらいが、魔法への阻害効果があるものを転移させようとすると、通常よりも非効率になるらしい。
だが、ねーちゃんが平然と使用した魔法具を見るに、アレクサンドリアにも腕の良い職人がいるようだ。
ねーちゃんがとっくに去っているというのに、彫像の様に固まったままの全身鎧を放置して、クロードはしゃがみ込む。
分厚い刀身に比して極端に細い柄は、しかし、握るには丁度良い太さである。
ただ、金属の量の差からくる頑丈さの違いを考慮してか、柄全体から刀身の半ばにかけて、剣自体の強度を底上げする呪式が直に刻まれていた。
ねーちゃん曰く、重金剛の数少ない呪式への容量を、全て剣の強化に回したらしい。
因みに、ねーちゃんの得物には、使用者限定の軽量化の呪式が刻まれていると言う。
クロードは、軽量化の魔法に頼ることなくこんなものを造り上げた、製作者の根性には、惜しまぬ拍手を送りたいところだ。
半ば地面にのめり込んでいる柄を、クロードはむんずと掴む。
そして、そのまま持ち上げようとして――
――おっっっっもっっっっっっ?!
普通に無理だった。
が、剣についてちょっと舐めていたクロードは、意固地になって、無理矢理持ち上げようとする。
普通に持ち上げられないというのなら、勢いをつければいいのだ。
……己の魔力を、全力で筋力の強化に突っ込むことに思い至らなかったことが、クロード痛恨の失敗であった。
ぐぎっ、と。
クロードの腰から、致命的な音が鳴った。
一拍遅れてからクロードを襲った激痛に、彼は思わず、持ち上げかけていた剣を取り落とす。
無駄に頑丈な真竜の血のお陰で、クロードには痛覚への耐性が付いていなかったのだ。
両手で腰を押さえ、地面に崩れ落ちるクロード。
生まれて初めての、ぎっくり腰体験である。
そして、クロードの支えを失った大刀は、重力の導きに従い、地面に沈み込んだ。
***
突如、闘技場のど真ん中に開いた大穴。
未だ続く崩落音を聞きながら、ジャネタは絶句していた。
――一体何故、剣を落としただけで、地面に大穴が開くのだ――?!
両手を腰に手を当て、実に情けない格好で地面に転がっている青年を見る限り、単に剣が重過ぎる上に、大き過ぎた結果なのだろうが、――どうして作った、あんなもの。
後、決闘の方は、不戦勝でいいのだろうか?
あの青年の様子では、とても決闘が出来るようには見えないのだが。
予想の斜め上を行った事態に、思考が迷走気味のジャネタの横で、連れが身を乗り出した。
見れば、朔の夜闇を思わせる黒瞳が、開いたばかりの穴の底を、見極める様に凝視している。
「セイ、ジャネタ」
ジャネタと雇い主を呼ぶヴィルの声は、いつになく緊迫している。
この男が、そんな声を出すのは珍しい。
童顔だろうが、腹に(推定)ゴリゴリマッチョな異母妹に刺された傷跡が残ろうが、ジャネタが知る限り屈指の実力者であるのは間違いないと言うのに。
「逃げろ。
今すぐ、転移陣でアルトビャーノに戻れ。
――時間は稼ぐが、絶対に振り返るな」
固い声と、有無を言わせない腕の力がジャネタ達を押しやるが、ヴィルの目は、穴の底から逸らされることはない。
――いや、逸らせないのか?
ヴィルに問おうとして、ジャネタは、込み上げる吐き気に口を塞がれた。
口元を押さえて、気付く。
これは。
濃く。
濃い。
時間をかけ、醸成された、凄まじいばかりの腐臭。
雇い主が、顔を顰め、手巾で口と鼻を覆う。
見回せば、周囲の見物人の中には、粘膜まで爛れる様な臭気に耐え切れずに、嘔吐している者もいた。
不意に、濁り切った咆哮が、ジャネタの鼓膜に突き刺さった。
底の見えない黒い穴から響く啼き声は、あたかも、地獄の底から、世界を呪うかの如く。
ヴィルの瞳が、一層鋭さを帯びる。
「行け。
――ここにいたら、死ぬぞ」
口も態度も悪いが、嘘だけは吐かない男が言うならば、本当に危険なのだろう。
腐臭が一層濃密さを増し、ジャネタは顔を歪める。
「――うえぇっふっ?!」
間抜けな青年の悲鳴に、ジャネタが闘技場の底を見やると、鱗に覆われた前脚が、穴の縁に爪を立てていた。
そして、ぬっと、大きな頭が穴の底から姿を現す。
「――腐ってやがる――」
ヴィルが、心底忌々し気に、吐き捨てた。
暗い色の鱗からは輝きが喪われ、虚ろな眼窩からは、体液が涙の様に垂れ落ちる。
よく見れば、鱗の隙間からは、血液とも腐汁ともつかぬ液体が滲み出ていて。
再び、濁った咆哮が、ジャネタの鼓膜を打った。
世界最強種。
天空の覇者。
様々な異名をもって、謳われる筈の存在は、だが、死して尚動き回る、惨めな姿をジャネタ達に晒す。
死んで腐って、それでも還ることを赦されない哀れな腐竜は、喉の奥から、体液と共に生者への呪詛を吐き散らしていた。




