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忠臣の本性

*価値観が道徳に反しがちの為、ヒロインが色々と酷いです。人によっては不快と感じるかもしれない、男女に関わる描写があります。

「ウェイン殿は、お強いですね」

「いえ、レーゲン将軍には及びませんわ」

 男の心からの言葉に、娘は謙遜を返す。

 娘が恥じらう様子は男心をくすぐる物があるが、その言葉は嘘だと、男は気付いていた。

 手合わせの間、娘はずっと余力を残していたことを、男は知っている。

 男が娘と相対したときの、娘の奇妙な静けさ。

 男が娘の獲物を弾き飛ばした直前に見せた隙の、不自然さ。

 見物人達がそれに気付かない事が、娘の腕を物語っていた。

 そして、男の感覚が、それ等を男が見抜いたことを、娘も理解していると、囁いている。

 周囲にはたかが勘だと言われるが、されど勘だと男は思う。

 ——男の良く当たる勘は、彼を出生に不釣り合いな将軍職に押し上げたものの一つだった。

 その勘が、男に告げる。

 もう少し、目の前の娘に踏み込むべきだと。

「将軍ではなく、ヴォルケで結構ですよ。私は元々平民ですから、王の忠臣の家系の貴女に畏まられるのは気恥ずかしい」

「ヴォルケ様、私のことはアレグザンドラとお呼びください。己より力量が上の方を、蔑ろになどできません。——剣をとるなら、出自など無関係の筈ですよ」

 周囲から、何か真っ黒な念を感じたが、男は気のせいだと思い込むことにした。


 ***


 アレグザンドラの表情が、ガラリと変わる。

 にやりと浮かべた笑みは、年ごろの娘に似合わぬ不敵なものだ。


「ヴォルケ・レーゲン将軍」


 名を呼ぶ声の調子は、先程よりも低く、以前盗み聞いたそれと全く同じだった。


「合格だ」


 娘が傲慢に言い放つ様子は、何やら自然すぎて腹も立たない。

 寧ろ、豪快に猫を被っていたと思われる淑やかな態度との、あまりの落差に脱力するしかなかった。


 これだけは言わせろ。

 ——絶対、詐欺だろう……。


 ヴォルケの頭には、これしかなかった。




 ***




 目を見開き、夢を見ていたことを理解した。

 夢の内容は、ごく最近のもの。

 その出来事を思い出す度、ヴォルケは自分の見る目の無さにげんなりする。

 ヴォルケの人生の中でも、指折りの衝撃を彼に与えた娘は、ちょうどヴォルケの腕の中だ。

 夜闇に通じる黒の髪が、真っ新なシーツによく映えた。

 肌に浮かぶ、いっそこちらまで呪われると錯覚しそうな禍々しい紋様は、下地の白に倒錯的な艶めかしさを与えている。

 一見華奢な印象の肢体を構成する、獣の様な筋肉と、ひじ辺りで断ち切られた右腕の空白が、彼女の生の苛烈さを想像させた。


 ——一体、どうしてこうなった。


 寝台の上で、生のままの娘を抱えながら、ヴォルケは顔を覆った。

 今こんな状態に陥っているのは、勢いに寄ることが大きいが、それでも部下達には知られたくないと切実に思う。

 なんたって、三十代半ばである自分に対し、娘は一回り以上下なのだ。

 ——以前、そのくらいの年の差で婚姻を結んだ貴族を犯罪者扱いした、己の言葉が、巡り巡って自分に返ってくるとは、思っていなかったのだ……。

 兎に角、悪いのは自分だけではないのだと、ヴォルケは声を大にして言いたい。

 彼女にだって、問題はある。

 それも、大幅に。

 誰彼構わず枕を共にする割には、抱かれている時の目が酷過ぎる(無論、見たくて見た訳ではない)。……何と言うか、大概の男は、そんな目をされていると認識した時点で、自信を喪失し、下手すれば再起不能になりかねない程の傷を負いそうな瞳なのだ。

 嫌なら止めればいいのにと、ヴォルケは思うし、実際に口に出したが、娘は取り合おうともしない。

 子供が欲しいが、伴侶は要らない、と言うのが彼女の主張だ。

 代々王家の第一の忠臣と謳われてきた家系の当代は、己を取り巻く諸々目当ての男が鬱陶(うっとう)しいらしい。

 何でも、自分の後を継ぐ人間以外にくれてやる権限も、財産も無いそうだ。

 愛情はどうしたとヴォルケは思ったが、彼女に馬鹿にされてしまった。

 曰く、己の子に与えれば、十分だろう、と。

 別に聞きたくも無かったが、彼女は不感症であるらしく、彼女にとっての性交は、男から子種を絞り取る以上の意味は無いようだった。

 ついでに言うと、不特定多数の男と寝るのは、子を身籠った時の保険だと言う。

 確実に自分の子かどうか分かるから、女は便利だと、真顔で言われても困る。

 ……子供の父親が不確定なら、言い寄ってくる男共を全員振っても問題ないって、何だ。


 ——酷い。

 色々と酷過ぎる。


 なんでそうなった、と問い詰めたくなったが、ヴォルケと娘は軽々しく互いの領域に踏み込めるほど、親しくも無い。

 それに、他人を道具と見なすような人間には、近付かない方が賢明だと、ヴォルケは今までの経験から学んでいた。

 けれど、自分でも不思議なくらい、ヴォルケはムキになったのだ。


 彼女が、自分の事すら道具としてしか見ていないことが、妙に癇に障った。



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