自分とは、違う
ふわり、と、虚空に光が舞う。
淡い光は、複雑な紋様を描き、一つの陣を形作った。
それは、世界の理を歪めた際の軋みの発露だ。
世界の理の歪みが、耐えうる限界を越える前に、ヴォルケの剣が光で描かれた紋様を切り裂いた。
——歪みが一線を越える前なら、そして、特定の武器であるなら、魔力が欠片も無いヴォルケであっても、魔法の発現を阻止できる。
反魔と呼ばれる技術の一つだが、ヴォルケの様に当たり前に行使できる人間は、極稀だ。
気がつけば、氷漬けになった竜の傍らに、見慣れない服装の人間が立っていた。
金髪碧眼の、男性的な美貌の男。
「新手か」
魔法によって攻撃されかけたのにも拘らず、リアは冷めた口調で呟く。
けれど、彼女の双眸は声音とは裏腹な、激烈な輝きを宿していた。
『——リッちゃんに何しようとしやがるのですっ?! 怒りますよっ!! 激おこぷんぷんなのですよっ!!!』
ウサギの着ぐるみが、新たな襲撃者へ『魔法の☆スティック♪』を振り回していたのだが、……ふざけている様にしか見えない。
ローディオでは使われない異界言葉のせいで、ナカのヒトの怒りがあまり伝わってこなかった。
普通なら引きそうなウサギの着ぐるみに、だが、相手は恭しく頭を下げる。
「——お初にお目にかかります、いと高き方々」
そう言って一礼する仕草は、やけに芝居がかっていた。
山賊顔とリアに評されたヴォルケとは違い、酷く作り物めいた、何故だか無性にイラッとくる様な美形である。
そこらの娘達の黄色い嬌声を独り占めしそうな男は、残念なことに人外しか見えていない。
「汚らわしい交じり物や、地を這う獣にさえ慈悲をかけられるとは、いと高き方々はなんとお優しいことでしょうか。 ——ですが、我らが宝に手を出す害虫を侍らすのは、如何なものかと存じます」
次の瞬間、ずん、と、周囲の空気の重みが激増した、気がした。
「——あ、駄目だこいつ」
『ギルティやねん』
『ギルティですね』
「……」
吹けば飛びそうに軽い調子の台詞な癖に、人外組の周辺の空気はもう重量級である。
リアが、ふっと、笑みを浮かべる。
一見すると地味な部類の顔に在るのは、若い竜を前にした時よりも、遥かに輝かしく、凶暴性を秘めた笑顔であった。
——ああ、こいつはキレると凄くイイ顔で笑うんだな……。
ヴォルケは、気になる娘の新たな一面を発見した。
その発見が嬉しいとは、全く思えなかったけれど。
「……幼竜よりは、ましな箔ではあるな」
『も~、何でお山から出てきちゃったんですかねぇ、このおバカちゃんは』
微笑を湛えたままのリアに対し、前脚を頬にあてたウサギの着ぐるみは、特に止めようともしない。
幼いものとは違い、ある程度成長したものには、ナカのヒトは冷淡であるようだった。
そんな彼らの反応に、男の姿をしたモノは、不思議そうな——本当に、不思議そうな表情を浮かべる。
ある日突然、当たり前の常識を、違うと指摘されたような顔。
黒猫が目を細め、しわがれた声を発した。
「……雛に、人を喰らうことを教えたのは、貴様か」
「ええ、それが何か? この辺りで一番多い肉は、それでしょう?」
それ、の部分で男がリアを指差し、ヴォルケは酷く嫌な気分になった。
男がリアに向ける視線は、例えるなら、蟻の群れを構成する一個体に対するものだ。
沢山の同じものの中の、一つ。
群れの中に紛れれば、見分けがつかない。
己とは全く違う、決して相容れることが無いと思い込んでいるものに対する、視線だった。
ヴォルケが男に怒りを表したところで、変わるものは、何もないだろう。
男にとって、ヴォルケもまた蟻の一個体に過ぎない。
——蟻の感情を、ヴォルケが分からないのと、同じことだ。
風すら吹かない静寂が、耳に痛い。
基本的に残念生物達は騒がしいので、尚更だ。
ヴォルケの背に、知らず汗が滲む。
こちとら将軍職を拝命しているだけの徒人なのだ。
目の前で怪獣大決戦勃発なんて自体は、勘弁してほしい。
と、頭上に異様な気配を感じ、ヴォルケは顔を引き攣らせた。




