真竜
*時系列が現在に戻ります。
*竜に適度な夢を持ちたい方は、お気をつけてください。
「……王鞘ちゃんが無理ゲー中なんは分かったんやけど、質問があるねん」
ハムスターもどきが、ぴっと片脚を上げた。
「王鞘ちゃんは、澱をどうにかできるん?」
「阿呆、私を何だと思っている」
糸目のハムスターもどきに、娘はにやりと笑う。
「アレクサンドリアが擁するのは、疵物の神域で、澱が凝る不吉の地だ。 先祖代々大森林で血を繋いできたウェインが、澱への対処法を持たないわけがないだろう」
「今回は、呪術を扱う奴がいるやんけ」
不安そうに眉間に皺を寄せるハムスターもどきを、娘は鼻で嗤った。
「澱を根源とするなら、どうにでもなる。 そもそも、私達は『アレクサンドリアの悪鬼』だぞ。 恨みなら、今まで山ほど買っている。 ——たかが呪詛の一つや二つに中てられるようなら、この血はとうの昔に途絶えていたさ」
「そ、そんなの、自慢げに話すことじゃないと思いますっ!」
全くだ。
白い幼女の主張に、娘以外の全員が頷いた。
「……話には聞いてきたけど、ウェインさんち、マジ怖い……」
「やかましい」
慄く青年を、娘は冷たく切って捨てた。
ぺたりと両耳を伏せていた黒猫は、やれやれとでもいう様に、首を振る。
「――して、澱はすぐに祓えるものなのか?」
「莫迦言え。 呪式の解析が先だ。 今の状態で澱を祓おうとすれは、最悪国が滅んで不吉の地の出来上がりだ。 ——卵も、無事ではあるまい」
黒猫の疑問に、娘は淡々と答えた。
「なあ、解析ってすぐ出来るもんなの?」
「ど三流の術師が行使した呪術ぐらい、呪式の核を見れば、すぐに解析できると思うが――恐らく王都全域に及ぶ呪式だ。 核を見つけられない事には、何とも言えん。 ……人手が足りんな」
青年の質問に答えた娘は、苛立たしげに頭を掻き毟る。
「全く、世界最強種も看板倒れだな。 適性が無い分野では、とんだ役立たずとは」
「仕方がないだろう。 儂等は精霊——ひいては世界に近しい故に、雑多な感情が絡む澱とは相性が悪い」
聞き捨てならない言葉が聞こえ、ヴォルケは恐る恐る娘に尋ねた。
「すまん、こいつらは一体、何なんだ」
「真竜」
……。
何ですと……?
ヴォルケは、青年とヘンな生き物達を凝視した。
——真竜。
竜の眷属と呼ばれるものは数多いが、真なる竜の名の通り、種族的な意味での竜とは、彼等の事である。
天の覇者、世界最強種の呼び名のままに、彼等は絶大な力を有する。
しかしながら、他種族と交わることの少ない彼等については、巷に流布する物語以上の情報を知る者は少ないのだ。
故に、一般人が思い浮かべる真竜像は、大きい・強い・賢い・空を飛ぶ・化身は美形、と言うものだった。
物語上の真竜は、決して、ハムスターもどきであったり、着ぐるみ姿でうろつき回ったりしないのだ。
「……こう、もう少し位、見た目をどうにかできなかったのか……?」
うっすらと額に汗を浮かべたヴォルケは、ひたすらに残念なものを見る目になっていた。
真竜とは、地を這う人族にとって、夢に満ち溢れたものなのだ。
——その実態が、悉く夢をぶち壊すものであっても。
「黒主達に関しては、無理だな。 もとより、一つの属性を操ることに特化した属性竜だ。 器用貧乏の魔法竜とは違って、変化なぞ出来ん。 そもそも、黒主達がこうなのは、世界との摩擦を抑える為に被った殻がこうだったからだ。 わざわざ、最適化された殻以外の姿になってどうする?」
娘は、ヴォルケの希望をすっぱり切り捨てた。
ヴォルケは初めて知ったが、真竜にも種類があるらしい。
「……こいつらが捜している卵って、まさか、真竜の……?」
乾いた笑みを浮かべるヴォルケに、娘は憐みの目を向ける。
「今頃気付いたのか? 真竜がわざわざ鶏の卵なんぞ、探すわけがないだろう」
「先程から、儂等の同朋の卵が奪われたと話していただろうに」
黒猫が、尾でぺちぺちと床を叩いていた。
「——そんな話、聞いたことがないぞっ!」
「当たり前だ。 卵は、真竜にとって宝そのもの。 自ら手放すことなどあり得ない。——折角手に入れた虎の子を、他人に奪われたくないなら、存在そのものを知られなければいい」
ヴォルケは、戦争云々とは別の意味で現実逃避がしたくなった。
「知らないうちに、ローディオ存亡の危機かよ……」
渡り合える者の希少さ故に、真竜は世界最強種の称号を得ているのである。
実際、たった一頭の真竜の怒りを買い、滅ぼされた国もあるのだ。
「黒主達を排除しようとしないことは、褒めてやる。 黒主も炎君も白姫も、二つ名持ちの古竜だからな、例え、ローディオと教国の精鋭が束になったところで無駄死にするだけだ。 敵対するだけ無意味さ。 アレクサンドリアにしても、私と我が君では無理だ。 ——黒主達を殺せるとしたら、真なる《殺戮の覇王》とその王鞘だろうな」
片手で顔を覆ったヴォルケに、娘が容赦なく追撃をかける。
「——あ、あの人の話は止めるのですっ!! 思い出しちゃうのですぅっっっ!!!!」
「ふ、古傷が疼くねんっっっっ!!!」
何故か、真なる《殺戮の覇王》とその王鞘の件で、白い幼女とハムスターもどきが頭を押さえて叫んだ。
どちらも涙目である。
……そう言えば、娘の先祖は竜鍋未遂事件なんてものを起したのだったか。
「……なんで先祖はできて、お前は無理なんだ……?」
「歴代随一の規格外の突然変異と、歴代最弱の私を一緒にするな。 その前に、神域とアレクサンドリアの崩壊の危機なぞ、起して堪るか」
ヴォルケの素朴な疑問に、娘は唇をへの字に曲げた。
——竜鍋未遂事件とは、名称の間抜けさとは裏腹に、中々壮絶だったようである。




