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箔付けと対価

*時間軸が、将軍とヒロイン素の状態の初遭遇時になります。

*ヒロインの価値観は作中でも独特なものです。



 戦争になったら、人が死ぬ。

 敵もそうだし、——味方もそうだ。

 誰かの子であり、親であり、夫婦であり、友である一人が、永遠にいなくなる。

 周囲にとって、その損失は、紙切れ一枚で済まされるものでは無い。

 だが、そんな簡単なことが、上の人間には分からないらしい。


 二人きりになった時、控えめで淑やかな友好の使者は、その態度を激変させた。


「——開戦に、真っ向から反対したらしいな」

 淑やかさとはかけ離れた、凄みのある笑みを浮かべながら、娘はヴォルケに言った。

 当たり前だ。

 勝っても負けても人が死ぬなら、なるべく戦争なんてものは起こさない方がいい。

 ましてや、相手に戦意が無いなら、尚更だ。

 ……だが、平民出身の将軍の言葉では、貴族達の意向を変えられる筈も無い。

「部下を無駄死にしたくはないのだろう? ならば、私とお前の利害は一致する筈だ」

 ヴォルケの元に集められたのは、軍に持て余されていた問題児ばかりだ。

 久方ぶりの平民将軍直属、と言うのは美しい建前で、自分達の実態は体の良い捨て駒に等しいとヴォルケは理解していた。

 無論、開戦すれば、真っ先に使い潰されていくのは、ヴォルケの部下達である。

「私は、お前を利用する。だから、お前も私を利用すればいい」

 娘からの身も蓋も無い提案は、不思議と、優しく感じた。


 自分の事情の筒抜け具合が悔しく、思わず、貴族の癖にと毒突けば、娘はさも可笑しそうに嗤った。


 ——王侯貴族なんてものは、箔付けの先にあるただの妄想でしかないだろう、と。


 ——大衆が偉いと認識しているから、金属製のただの輪っかを被る人間が偉いことになるのだ、とも。


 ヴォルケだったから良かったものの、口に出す場面を間違えれば、確実に不敬罪で牢屋にぶち込まれるだろう、言葉であった。


 ——それで良いのか、第一の忠臣……


 ヴォルケの国と同じ王政国出身の、それも、女王の側近だとは、とても思えなかった。

 こんなのを傍においている女王は狂っていないのかと、ヴォルケは真剣に案じた。

 ヴォルケの呟きを聞いていたのか、いないのか。

 ただ、一瞬、ほんの一瞬だけ、娘の表情が変わった。

 彼女自身、気付いていたかどうかは、ヴォルケにも分からない。

 だが、途方に暮れた幼子の様な娘の表情は、ヴォルケの心の奥深くにまで刻みついていたのは、確かだった。

 それから、自分も箔の一つだと、(うそぶ)く娘が浮かべた笑みは、無理に作った様にヴォルケは感じられた。


「勘違いしている馬鹿が多いが、箔付きの人間は、然るべき時まで死ぬことは許されない」

 そう言って、娘は隻腕で首を掻き切る仕草をする。

「それが王なら、その首一つで国を一つ(あがな)えると錯覚させるための箔付けだ。

 ——箔に使われた労力の分、命の分に釣り合わせるためには、そうそう安売りなぞできんよ」


 尊いから大切にされるのではなく、大切にした方が、都合が良いから、尊いとされるのだと、娘は嗤った。

 お前のところの女王も大変だな、とヴォルケが言ったのは、皮肉と感心が半々だった。

 どんなに華やかな生活であっても、それが義務として付与されたものだと突き付けられ続けるのなら、きっと息苦しいに違いない。

 嗤っていた娘の表情が、また細やかに揺らぐ。

 娘の脳裏に浮かんだであろう人物の顔は、ヴォルケには分からない。


 ——安売りなど、させて堪るものか——


 無意識に零れ落ちただろう娘の言葉は、ヴォルケではない唯一に捧げられたものだった。

 義務なのか、忠誠なのか。

 ヴォルケには判別出来ない程の強さが込められた思いに、形容できない何かが湧き上がった。


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