携帯電話
中学の入学祝いにお爺ちゃんから携帯電話を貰った。
「ミズキ、これな。 お爺ちゃんからのプレゼントや」
普段無口で頑固者のお爺ちゃんがお婆ちゃんと一緒に携帯ショップに行き買て来た物だそうだ。
「お爺ちゃんなぁ、機械もんは好かん言うてるのに、ミズキの為や言うて、一緒に買うて来たんやで、大切に使こうてな? 開けて見ぃ」
お婆ちゃんが何時も3人で食べる夕食で紙袋を渡してくれた。
袋から箱を取り出し、中を見ると最新型のスマートホンが入っている。
でも色がシルバーで年寄り臭いなと思ったが「有難う……」と言って造り笑いをした。
4年前、両親は離婚して母の実家の大阪に来てから朝夕のご飯は3人で食べていた。
母は夜の仕事に付いているので、仕事が終わり家に帰って来ても寝ている事が多く、起きている時はお爺ちゃんと喧嘩ばかりしている。
私はそんな母とお爺ちゃんが嫌いだった。
「行って来ます」
朝、学校に行こうと玄関へ行くと母とお爺ちゃんは何時も喧嘩していた。
「おまえ、離婚して帰って来たは良いが、朝帰りばかりしやがって。 世間様に後ろ指指されるような仕事は止めッちまえって行ってるやろ! 何やそのチャラけた髪の色! ミズキも分別付く歳になった言うんに。 どない思うとるんじゃ!」
背中で喧嘩を聞きながら靴を履いていると「ほな、気を付けてな。 今日の分。 弁当作れんで済まんねぇ」お婆ちゃんが優しく声を掛けてくれた。
中学2年の昼休みに、仲の良い友人達と昼食を取っていた時だ。
勢い良く担任の早川先生が教室に飛び込んで来た。
「北里、大至急難波大学病院に行け! お爺さんが倒れて意識不明だそうだ!今タクシー呼んだから直ぐ帰る準備をして職員室に来い!」
「え?」
突然そう言われ、鞄に教科書を詰め込み職員室へ走った。
「もう、待たせて有るから。 これタクシー代。 後で返してくれな」
早川先生が職員玄関の前に止まったタクシーに私を乗せながら1万円を渡してくれた。
大学病院の暗い廊下に付くと、お婆ちゃんが一人ポツンと長椅子に掻けていた。
「お婆ちゃん」
駆け寄って声を掛けたが、ただ鳴きながら下を向いていた。
隣に座り、暫くお婆ちゃんを抱きしめていた。
ショウノウの香りと白くなった頭を小刻みに震わせていたが、落ち着いたのか顔を上げて私の手を取り、震える声で言った。
「ミズキ、お爺ちゃん先に行っちまったよォ」
私はどう言葉を掛けて良いのか全く思い付かなかった。
「お母さんは?」
親戚等居なく、身内は私と母とお婆ちゃんだけだと言うのにそこに母の姿は無かった。
葬儀は近所の人が10人くらいで寂しく終わり、又普段の生活に戻ったが、お婆ちゃんはそれから元気が無く夜は二人で夕食を食べる事になった。
お婆ちゃんと違い、私はお爺ちゃんが亡くなっても涙一つ出なかった。
悲しいと言う感情はこう言う時に湧くのだろうなと思うが、自分の事では無いように思えたし、そう言えば、父と別れた時も涙は出なかった。
「お爺ちゃんてどんな人だったの?」
何気なく二人でTVのお笑い番組を流しながら夕食を取り、お婆ちゃんに聞いた。
「ああ、お爺ちゃんはなあ、そりゃぁカッコ良かったんやで……」
最近元気の無いお婆ちゃんは、ふいに何時に無く楽しそうに語りだした。
TVを止め、一生件名昔の事や結婚式の事、デートした時の話を聞く内に、何と無くもっとお爺ちゃんと話していれば良かったと思った。
その時、不意に普段あまり鳴らない携帯の呼び出し音が鳴った。
「非通知だ……。 お婆ちゃん待って」
今はお爺ちゃんの形見になった携帯の着信を押した。
「よお。 ミズキか。 ワシじゃぁ。 元気にしちょるか? 婆さんは寂しがっちょるやろ? チョット変われや」
「え? どなた様ですか?」
聞き覚えが有る声だが、自分を呼び捨てにする相手に警戒した。
「ワシや、ワシやがな。 お爺ちゃんやで。 死んでもうたジジや」
「お爺ちゃん? 今何処にいるの?」
確かにお爺ちゃんの声だが、生きているのかと思うほど元気が良く弾んだ声だった。
「ええがな。 まず婆さんをだしぃ。 その後ミズキとも話してええか?」
「うん、待ってね、今変わるね」
何事かと心配そうにこちらを見るお婆ちゃんに、「お爺ちゃんから電話」と携帯を渡した。
「え?」 お婆ちゃんは少しビックリして躊躇していたが、携帯を耳に当てた。
「お爺さん? ええ… ええ… はい…」
声がどんどん振るえ、ボロボロと涙を流しながらお婆ちゃんは私を見ていた。
(お爺ちゃんとお婆ちゃんはとても愛し会って居たんだ)
「へえ。 分かりました。 あんさんもお達者で。 そっちに行くまでまっといてや。 ええ所、沢山案内してくらはりませ。 ミズキに代わりますー」
そう言って昔のシャキッとしたお婆ちゃんに戻った手から携帯を受け取った。
「おう、ミズキ。 すまんかったなぁ。 爺ちゃんもっとミズキと話とれば良かったんやけどなぁ……」
「うん。 うん。 そうだね。 うん解った……」
優しいお爺ちゃんと話ながら、ふと、頬に熱い物が流れている事に気が付いた。
お婆ちゃんがそっとハンカチを差し出してくれた。
それから、3年にいっぺんぐらい、お婆ちゃんと夕食を取っていると電話が来た。
でも、お婆ちゃんが亡くなった後は来なくなった。
お婆ちゃんはとても幸せそうな顔であの世へ旅立った。
私はその時、とても悲しく涙が止まらなかった。
でも、きっと二人はあちらで楽しく暮らしているのだろうと思うとすぐに悲しみから立ち直れた。
終わり