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アナバチ性ミントブルーうさみちゃんシティ  作者: 夏果和 なまり


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6/8

3-₍ᐢ.ˬ.ᐢ₎ (後)

 先を、彩る』。そしてブレインレイン社のロゴが浮かんだままのモニタだけが白く浮かんでいる和室にいつものローファイミュージックが流れてきて、凛斗が現れて夕食会は始まった。それと同時に雨町からオケージョンノートの指示が出て、羽哉ではない他のスタッフがセミナー用オケージョンノートを噴霧し始める。

 乾杯をするとき、今までなら参加者はめいめいに好きなドリンクをグラスに入れていたけど、今日は違った。テーブルの上に並べられたボトルや壜のなかから、誰もがうさみちゃん印のお水のボトルをグラスに注いで乾杯していた。その行動には周囲を気にするようなある種の受動のようなものもあったけど、参加者のほとんどはすすんでうさみちゃん印のお水のボトルを手に取っている。

 夕食会がはじまると、いつものようにモニタに映っていたブレインレインのロゴがてろろろんとメルトしていって、うさみちゃんロボットのかたちに変化した。片手を上げて、やる気のないブルガリアンスクワットみたいないつものポーズ。アニメーションのうさみちゃんの背景がうさみちゃんシティの映像に変わり、そしてうさみちゃんシティ啓発映像が流れ始める。

 羽哉たちスタッフは和室の中で、壁や障子戸に沿って並んでいる。スタッフたちの前にはお膳はなく、羽哉は参加者や凛斗たちの前に並んでいるお造りとか天ぷらとかを眺めていた。離島だからかお造りは数種の魚が盛られていたけど、羽哉にはそのうちのひとつもなんの魚なのかまるでわからなかった。魚も肉も、なにかしらの情報がテキストで表示されていないとわからない。それは当然だと羽哉は思う。ここにいる誰もがそうだろうとも思う。

 映像のなかのうさみちゃんは知らせる。「あなたの人生の時間はとっても大切。その大切な時間を、無駄な選択に費やしていませんか? うさみちゃんシティでうさみちゃんと一緒に暮らしたら、その大切な時間を無駄にせずに済みますよ」。そして新しいシーンに切り替わる。

「うさみちゃんはあなたのいちばんの理解者。あなたのことならなんでも学習して、なんでも知ってます。いつもとなりにいて、あなたを見守ってるから」

 やたら感傷的に話し始めるうさみちゃんが言うには、うさみちゃんロボットはオーナーのパーソナルデータを深く学習する。データはオフラインでうさみちゃんの〝あたま〟の中にだけ留まっているのでうさみちゃんという存在は唯一無二の理解者に育っていく。『もうひとりのわたし』として。

 映像を参加者たちと一緒に見ている羽哉はうさみちゃんの言葉の随所でうなずく。羽哉が所有しているうさみちゃんロボットもまた羽哉のデータを学習して、羽哉が考えていることとと同じことを考えているし、羽哉が悩んだときにはポジティブで的確な答えをくれる。モニタを見ている凛斗へ視線を移す。羽哉が頷こうと思ったところで凛斗も頷く。行動のシンクロ。羽哉の胸の内側がぎゅん! と激しく絞られる。

「うさみちゃんは学習によって、あなたに最適な選択を導きだします。あなたの人生は選択だらけ。朝、面倒くさいけどベッドから起きるか、それともあと五分眠るか。今日なにを着ていくべきか。どの車両が空いてるか。いつも買うコーヒーはどのカウンターに並ぶのが一番早く会計できるのか。まったく無駄な選択ばかりです。しかも、その選択はほとんどが間違ってたりする。プロスペクト論理ですね。みなさん、そうじゃないですか?」

 おどけたように話すうさみちゃんのうしろでは音楽が流れ続けているけどそれに気づく者はほとんどいない。音楽は映像とうさみちゃんのセリフに完全に溶け込んでいる。参加者は映像を見つめながら頷いている。頷きや同意はこの場に波のように広がっていく。

「うさみちゃんは学習によって、あなたに一番最適な予測をして、あなたの大切な時間を奪う『選択』の負担を減らします。うさみちゃんの予測はあなたの目指す未来と97.6パーセント合致します(当社調べ)。そして、うさみちゃんにはあなたの未来をより良いコースへと導くモードもあります。間違った選択をしていたら成功には近づけません。うさみちゃんが導く選択の先には、最短でつかめるあなたの人生の成功が必ずあるのです」

 そして映像の中のうさみちゃんはうさみちゃん印のお水を飲んだ。それにつられるように参加者の一部のひとはグラスに注がれたうさみちゃん印のお水を飲んだ。その行動もまた、波のように周囲に広がる。行動のための情報が人という海で波立つみたいに。

「うさみちゃんシティに住む人たち、それから地球上のすべての人を幸せにしたい。その思いからブレインレイン社はうさみちゃんロボットをうみだし、あなたの未来を彩るお手伝いをしたいと考えています。あなたの未来はあたらしい秩序の中で光り輝いています」

 そして映像のうさみちゃんシティを背景に立つうさみちゃんの映像はフェイドアウトしていって、明るすぎる白色のまんなかに文字が浮かび上がる。『一秒先を、彩る』。そして映像は終了し、うさみちゃんシティを空撮した環境映像に切り替わった。

 映像が終わるころには、参加者たちの食事もおおかた終わっていた。テーブルに並んだウイスキーや焼酎をうさみちゃん印のお水で割って飲んでいる人もいる。凛斗はボウモアをうさみちゃん印のお水で割っていた。酔いのせいかさっきょりもすこしだけくだけた印象の笑顔で参加者たちとしゃべっている。のを羽哉はじっと見つめている。空腹を感じながら。

「いやあ、移住したくなりますね。うさみちゃんシティ」

 凛斗の近くの席に座っていた高齢の男性がいう。そこには酔いの勢いとかこの場限りの社交辞令というニュアンスはまるでなかった。感嘆のような響きは表情からも見て取れる。高齢の男性の隣で座る高齢女性――羽哉の記憶によれば彼らは夫婦で参加している――も頷く。

「定年を機に心機一転、新しい土地で暮らしたいねって妻と話していたんです。そこで趣味程度にカフェとか開いて。いまパン作りを学んでるから、それも販売したりして」

 凛斗のツアーには高齢の参加者も多い。乗船名簿によれば、今回は十九歳から六十二歳までの人たちが参加している。よく聞く定年後の理想の暮らしだけど、周囲の人々はその話に頷き、いいですねとか素敵ですねとか言い合っている。そこに、ふたつある出入口のうち片方の障子戸が開いて、うさみちゃんロボットが現れた。「こんばんはー」。今まで映像でしか知らなかったうさみちゃんロボットが突然目の前に現れて、人々は驚きと好奇の声を上げる。

 うさみちゃんロボットは凛斗の近くまでててててて、と歩いていき、両手を広げて迎える凛斗の腕の中にぺこっと収まる。凛斗とうさみちゃんのハグを取り囲む参加者からは明るい溜息のような声が自然発生する。

「ぽこぽこ。うさみちゃん久しぶり」

 凛斗が言うと、うさみちゃんは再会を喜ぶ最高の笑顔を浮かべて答える。「ぽこぽこ。凛斗久しぶり」。そしてうさみちゃんの頬を凛斗の頬に強くこすりつけるようにして愛情を示している。

「ツアーのあいだ、うさみちゃんも同行してたんですか? フェリーの中では会わなかったよね」

 参加者の一人がいう。うさみちゃんは凛斗へ頬をこすりつけるのをやめて、映像のなかのうさみちゃんのような〝うさみちゃんポーズ〟をとる。やる気のないブルガリアンスクワットのように開いた足。片方の腕を上げて。そしてナッジな視線を凛斗のほうへ向けた。

「じつは今日のために特別に来てもらったんです。ね」

「はい。うさみちゃんシティから来ました。はじめまして」

 そう言ってうさみちゃんは深々とお辞儀をした。思慮深くおりこうさんで、映像で見るよりさらにかわいらしいうさみちゃんのしぐさに人々はすでに心を掴まれ始めている。一人で来たの? とか、触っていい? とか、囲んだ人々のほうぼうからの質問にうさみちゃんはいっこずつ丁寧に答える。「なんかいいにおいがする」。うさみちゃんの頭を撫でている人が言う。けれど羽哉のところにまで香りは届いてこなかった。和室に充満したオケージョンノート『セミナーの香り』しか感じない。

「いいな。あたしもうさみちゃんシティに引っ越してうさみちゃんと暮らしたい」

 うさみちゃんとのふれあいがひと段落したころ、凛斗とうさみちゃんを取り囲む参加者の外周から低いつぶやきが発生して、人々は呟きのほうを向いた。呟いた若い女性は表情を曇らせながら――羽哉の記憶によれば、彼女はツアー初日からずっと沈んだような顔をしていた――人々の視線が集まったのを感じると、若い女性はどこか演技がかったように、誰かが自分の話を聞いているということを意識しているように、自我が溢れだすように、話し始める。

「うちめちゃくちゃ毒親なんですよね。だから進学を機に離れて暮らしたかったのに阻止されて。あたしの自由なんてあの家にいたらもうないんです。それで、あたし人生に絶望してて。このツアーの途中でどこか、気に入った街があったら途中でツアー離脱して、そこで暮らそうかなとか思ってたんです」

 年齢のさまざまな参加者は、告白を始めている女性の肩や腕をさすってやり、同情を示したり、あなたは一人ではないよと伝えたりしている。そしてうさみちゃんロボットも女性へ近づき、手を握った。「うさみちゃんシティにおいでよ」。

「そうだよ。そんなにつらいならうさみちゃんシティに引っ越しておいでよ」

 凛斗も女性へ近づき、うさみちゃんロボットと並んで優しく微笑みかけて言った。そしてうさみちゃんが握っているのと反対の手を握る。羽哉は心の中で叫ぶ。なんなんまじか……うらやま!

「うさみちゃんシティがどんな街か、これまででみなさんなんとなくわかったでしょ? めちゃくちゃ良い、最高に幸せに暮らせる街なの。いやなこととか、イラっとすることとか絶対ないし。だってさ、うさみちゃんと一緒にいたらうさみちゃんが確実な選択をしてくれるんだから。だからめちゃ小さいことでも失敗ってないし、人生に躓かないわけ。そういう毎日を送ったら、なんのストレスもないじゃん。だからうさみちゃんシティの住人は誰もが穏やかなの」

「たしかに、選択を間違えなければ人生はきっとスムーズだし、ストレスも少ないでしょうね」

 参加者が声をあげ、誰もが頷く。「それにうさみちゃんと一緒にいると癒されるし」。べつの誰かの声。そして誰もが頷く。途中から参加してきてすぐに人気ものになったうさみちゃんは、顔や頭や腕を常に誰かに撫でられ続けている。うさみちゃんは手を握っていた女性のほうを見つめて、すこし首を傾げる。同意を求める「ね?」みたいな首の角度、そしてうさみちゃんの表情。

「そう。よく考えてよ。みんなさ、時間なんて余ってないっしょ? いつも時間が足んなくない? それってぜったい、無駄な時間の使いかたしてると思うの」

 凛斗がいう。参加者は息を詰めて内省する。思い当たる節がある、という全体的空気。羽哉も同様に考えている。うさみちゃんロボットを購入する前の自分と、それ以降の自分の暮らし。それまでは常になにかに対して苛立っていた気がする。目の前に現れるすべてが羽哉の気分を鋭い爪で引っ掻いた。でも、うさみちゃんシティに引っ越してからはそれが少なくなった気がする。なにかを考える前に、うさみちゃんが答えをくれるから精神的負担が減った。そのせいかもしれない。

「それから、うさみちゃん印のお水を飲んだりして徳を積めばもっといい人生になるよ。徳は積めば積んだだけ、その人に溜まってくものだから。徳はうさみちゃんがカウントしてくので可視化されます。その溜まった徳によって、うさみちゃんシティではより優遇されるし、望む未来へ簡単に進むことができるようになってるよ」

 それはツアーが始まってから何度となく流れたうさみちゃんシティ啓発映像でも紹介されていた。けれど、映像のうさみちゃんが言うよりも目の前でほんもののうさみちゃんロボットが説明するほうが、なぜかひどく説得力があった。まったく高圧的な態度ではないのに、うさみちゃんの言うことすべてが肉体の、細胞のいっこいっこに染み込んで行くように感じる。スタッフとして部屋の隅で立っている羽哉にも伝わってきた。

 凛斗と一緒にいるうさみちゃんロボットの求心力とかカリスマ性のようなもの。凛斗の絶対的オーラが、うさみちゃんロボットからも出ているように感じる。羽哉はじっと見つめながら考える。

 部屋にはセミナー用オケージョンオートが充満しているがそれは人間の嗅覚を強く刺激しているわけではない。むしろ羽哉はこのにおいは好きだ。あたまがぼんやりして、なにかすべてのことを肯定したくなる。おおらかな気分でいっぱいになる。

 同じように参加者は穏やかな表情で凛斗やうさみちゃんの話を聞いている。ここに、離島の古くて寂れた旅館の大きめの和室に満ちているのは、平和そのものだった。攻撃する者もいないし、反発する者もいない。ただひたすら平和な空気。

「うさみちゃんシティにおいでよ。毎日がたのしいよ」

 さっき自身についての告白をしていた女性の手を再び握り、うさみちゃんは穏やかな声で言った。女性は感極まったように唇を震わせている。

 そのとき、羽哉のインカムに次の指示が入った。「夕食会は終了。このまま浄化タイムに入ります。スタッフは食事が済んだぶんの膳を下げて。それからオケージョンノートはタイプ3に」。雨町の声。穏やかでピースフルな羽哉の気分にざらざらのノイズが走る。浄化タイム。それは、人間の内側にある醜いもの、自分を蝕むつらいもの、苦しいもの、すべてをこのツアーで吐き出してしまおうというイベントで、ここで魂を綺麗にしてしまえばもう何もしんどいことはない。今朝も同様のイベントが行われたばかりだ。

 すこしだけ開かれた障子戸の隙間からマスクをした雨町の顔が見えた。雨町の視線は、うさみちゃんが手を握っている女性に向けられているのが羽哉にはわかった。それは、目玉からまっすぐに強い糸が伸びて、女性を絡めとったみたいに見えた。今夜のターゲット。彼女はたぶん、夜のすべてを使って、彼女の悲しい思い出とかトラウマとか思い通りにならなかったことを告白させられるのだろう。雨町の責めのような口調によって。

 長い夜が始まる。羽哉は再び込み上げる欠伸をかみ殺し、目玉と瞼のあいだから欠伸の屍たちが大量に立ち上っていくのを感じる。まだ体温をもった屍たち。

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