その悪役令嬢、転生者につき〜モブの私が相棒になった結果〜
モブですが悪役令嬢を救います
プロローグ:目覚めの衝撃
目が覚めた瞬間、私は自分が誰なのかわからなくなっていた。いや、正確には二つの記憶が頭の中で渦巻いていた。一つは日本で平凡なOLとして生きていた二十五年間の記憶。もう一つは、この世界で十五年間を過ごしてきた貴族の令嬢としての記憶。
「お嬢様、お目覚めですか」
侍女が優雅に部屋に入ってくる。豪華な天蓋付きのベッド、壁に掛けられた絵画、窓から差し込む柔らかな朝日。すべてが現実離れしていて、それでいて妙にリアルだった。
そして私は理解した。これは前世で夢中になっていた乙女ゲーム『永遠の薔薇園』の世界だということを。鏡の前に駆け寄ると、そこに映っていたのは栗色の髪に茶色の瞳を持つ、可愛らしいけれど特別印象に残るわけでもない少女の姿。
記憶を探る。メリッサ・ハートフィールド。伯爵家の次女。学園では悪役令嬢クラリッサ・ローゼンベルク様の取り巻きグループの一人。
「悪役令嬢本人じゃなくて、その取り巻き!? しかも名前すら覚えてないモブキャラ!」
第一章:悪役令嬢との出会い
王立アカデミーの豪華な休憩室には、すでに何人かの令嬢たちが集まっていた。そして中央のソファには、絵画から抜け出してきたような美少女が優雅に座っている。クラリッサ・ローゼンベルク。金髪碧眼の悪役令嬢その人だ。
「ところで、皆さんに話があるの」
クラリッサが優雅に紅茶のカップを置いた。
「例の平民娘のことよ。最近、エドワード様が彼女と親しげに話しているところを何度も見かけるわ」
エドワード。それは王太子の名前だ。そして平民娘というのは、ゲームのヒロイン、エミリア・ブラウンのことだろう。
「まあ!それは許せませんわ!」
「そうですわ!クラリッサ様の婚約者なのに!」
周りの令嬢たちが口々に言う。でも、私にはわかっていた。このまま進めば、クラリッサは破滅する。そして、彼女の取り巻きたちも同様に破滅エンドだ。
「クラリッサ様」
私は思わず口を開いていた。
「もしかしたら、それはただの噂かもしれません。確認もせずに動くのは、よろしくないのでは」
瞬間、部屋の空気が凍りついた。取り巻きのリーダー格、ソフィアが鋭い視線を向けてくる。
でも、クラリッサは不思議そうに私を見つめていた。そして、その青い瞳が一瞬、驚いたように見開かれた。
「...面白いことを言うわね、メリッサ」
クラリッサの声が、微妙に震えていた気がした。
「確かに、あなたの言う通りかもしれない。私たちは高貴な貴族。噂話に振り回されて軽率な行動を取るのは、確かに品位に欠けるわ」
第二章:秘密の共有
その日の午後、図書館で一人考え込んでいると、突然声をかけられた。
「メリッサ、少しいいかしら」
振り返ると、そこにいたのはクラリッサだった。彼女は周りを確認してから、小さな声で言った。
「あなた...転生者でしょう?」
私は心臓が止まるかと思った。
「な、何を...」
「隠さなくていいわ。私もそうだから」
クラリッサが静かに微笑んだ。その表情は、さっきまでの高慢な悪役令嬢のものとは全く違っていた。
「私、前世で『永遠の薔薇園』っていうゲームをプレイしたことがあるの。そして気づいたら、そのゲームの悪役令嬢として転生していたのよ」
「まさか...クラリッサ様も!」
「ええ。だから、自分の運命がどうなるか知ってる。国外追放、もしくは処刑エンド。どちらも最悪よね」
クラリッサは自嘲気味に笑った。
「でも、あなたの今日の発言で確信したわ。あなたも転生者だって。普通のモブキャラが、あんな風に物語の流れに逆らうような発言はしない」
私は観念した。
「その通りです。私もこのゲームをプレイしていました。でも、私はあなたみたいに重要キャラじゃなくて、ただのモブで...」
「モブの方が有利じゃない」
クラリッサが真剣な表情で言った。
「私は悪役令嬢本人だから、周りからの期待や視線がある。でも、あなたは自由に動ける。ねえ、メリッサ。協力して、この破滅フラグを回避しない?」
「協力...ですか?」
「そう。私一人じゃ限界がある。でも、あなたが外から私をサポートしてくれたら、きっと未来を変えられるわ」
クラリッサの目が、希望に輝いていた。
第三章:斬新な作戦
それから私たちは、秘密の会合を重ねるようになった。図書館の奥の誰も来ない書庫で、二人で破滅回避の作戦を練る。
「でも、どうやって破滅を回避するんです?」
「それなのよ。普通に考えたら、エドワード様の愛を取り戻すか、おとなしく婚約破棄を受け入れるかの二択よね」
クラリッサが資料を広げながら言った。
「でも、私には第三の道があると思うの」
「第三の道?」
「ビジネスよ」
クラリッサの目が、キラリと光った。
「考えてみて。なぜ悪役令嬢は破滅するの?王太子妃という地位にしがみつくからよ。でも、もし私が経済的に自立していて、王太子妃の地位なんて必要ないって証明できたら?」
「それは...」
「前世の知識を使えば、この世界にない商品やサービスを開発できるわ。それで成功すれば、私は一国の王太子妃以上の影響力を持てる。そうなれば、婚約破棄されても痛くも痒くもないわ」
なんという斬新な発想。確かに、経済的に成功してしまえば、貴族社会からの追放も怖くない。
「でも、クラリッサ様一人では難しいのでは?」
「だから、あなたの力が必要なの、メリッサ」
クラリッサが私の手を握った。
「私は悪役令嬢として監視されている。派手に動けば、すぐに注目される。でも、あなたは違う。モブキャラのあなたなら、自由に動ける」
「つまり...」
「あなたが表に立って、ビジネスを始めるの。私は裏から資金とアイデアを提供する。成功したら、その功績はあなたのものよ」
「そんな、私にそんな大それたこと...」
「できるわ。だって、あなたは前世で社会人だったんでしょう?私は学生だったけど、あなたはOLとして働いていた。ビジネスの経験があるじゃない」
確かに、前世では営業として働いていた。商品企画にも関わったことがある。
「何を売るんですか?」
「まずは、この世界にない化粧品から始めましょう。前世の知識で、安全で効果的な美容液のレシピを知ってるわ。それを貴族向けに売り出すの」
クラリッサの目が、ビジネスの可能性に輝いていた。
第四章:秘密のビジネス
私たちの秘密のビジネスは、想像以上に順調だった。クラリッサが開発した美容液は、貴族の令嬢たちの間で瞬く間に評判になった。
「メリッサさんの美容液、本当に肌が綺麗になるわ!」
「どこで手に入れたの?私にも売ってちょうだい!」
私は表向き、「遠い親戚から譲り受けたレシピ」ということにして、小規模に販売を始めた。クラリッサの資金援助で原料を仕入れ、信頼できる職人に製造を依頼する。
利益は順調に上がり、私たちは次の商品開発に取り掛かった。香水、石鹸、そして前世で人気だったハンドクリーム。
「メリッサ、すごいわ。もう私の初期投資の三倍のリターンが出てる」
秘密の会合で、クラリッサが興奮気味に言った。
「これなら、もっと大規模に展開できるわね。商会を設立しましょう」
「でも、それだと目立ちすぎませんか?」
「大丈夫よ。表向きは、あなたの家族の事業ということにすればいい。私の名前は一切出さない」
私たちは慎重に計画を進めた。そして半年後、「ハートフィールド商会」が正式に設立された。
第五章:変化の兆し
ビジネスが軌道に乗るにつれて、学園内での私の立場も変わってきた。
「メリッサ様、こちらの新作の香水、ぜひ試させていただけませんか?」
「メリッサ様、うちの領地でも販売していただけないでしょうか?」
いつの間にか、私は「様」付けで呼ばれるようになっていた。モブキャラから、一目置かれる存在へ。
一方、クラリッサは表向きは相変わらず悪役令嬢を演じていたが、以前ほど攻撃的ではなくなっていた。
「クラリッサ様、最近お優しくなりましたわね」
取り巻きの一人が言った。
「そう?気のせいじゃない」
クラリッサは涼しい顔をしているが、私には彼女が内心ほくそ笑んでいるのがわかった。ビジネスの成功が、彼女に自信と心の余裕を与えていた。
そんなある日、王太子エドワードが私たちの前に現れた。
「クラリッサ、そしてメリッサ。少し話がある」
エドワードの表情は、いつになく真剣だった。
「最近、君たちの様子がおかしい。何を企んでいるんだ?」
「企む?失礼ですわ、エドワード様」
クラリッサが涼しく答えた。
「私たちは何も企んでおりません。ただ、自分たちの人生を充実させているだけですわ」
「ハートフィールド商会...あれは君たちが関わっているのか?」
エドワードの問いに、私たちは顔を見合わせた。
第六章:真実の告白
「そうです」
私が先に答えた。
「ハートフィールド商会は、私が経営しています。クラリッサ様は...出資者の一人です」
「なぜそんなことを?」
「自立するためです」
クラリッサが静かに言った。
「エドワード様、正直に申し上げます。私、あなたのことを愛していません」
エドワードの目が見開かれた。
「幼い頃から婚約者として育てられましたが、私たちの間に愛はない。それはあなたもわかっているはずです」
「それは...」
「だから、私は自分の力で生きる道を選びました。王太子妃という地位に頼らず、自分の才覚で成功する。そうすれば、婚約が解消されても、私は困りません」
クラリッサの言葉は、凛として美しかった。
「メリッサが、それを手伝ってくれました。彼女は本当の友人です。利益のために私に従う取り巻きとは違う」
エドワードは、しばらく黙っていた。そして、ふっと笑った。
「クラリッサ、君は変わったな。以前の君は、ただ高慢で意地悪な令嬢だった。でも今の君は...」
「今の私は、自分の人生を生きています」
「わかった」
エドワードが頷いた。
「実は、僕も婚約解消を考えていた。エミリアという女性に惹かれているから、というのもあるが...君が不幸になるのを見たくなかったんだ」
「エドワード様...」
「でも、もう心配はいらないようだね。君には、しっかりとした未来がある」
エドワードは優しく微笑んだ。
「婚約解消を、正式に申し出よう。君のビジネスの邪魔にならないよう、円満な形で」
第七章:新しい始まり
婚約解消の発表は、社交界に衝撃を与えた。でも、予想に反して、クラリッサへの風当たりは強くなかった。
なぜなら、彼女が既に成功した実業家の後援者として知られていたから。ハートフィールド商会の陰の功労者として、彼女の名前は密かに広まっていた。
「クラリッサ様、素晴らしいですわ。王太子妃の座を手放しても、これだけの影響力を持つなんて」
「さすがはローゼンベルク家の令嬢ですわね」
周りの評価は、むしろ上がっていた。
学園祭の日、私たちは商会のブースを出店した。
「いらっしゃいませ!ハートフィールド商会の新作、ローズウォーターです!」
私が元気に客を呼び込む。クラリッサは隣で、優雅に商品の説明をしている。
「メリッサ、クラリッサ」
エミリアとエドワードが、手を繋いでやってきた。
「商品、買わせてもらうわ。友達の応援よ」
エミリアが微笑んだ。
「ありがとう、エミリア」
クラリッサも笑顔で答えた。
かつて敵対していた悪役令嬢とヒロイン。でも今は、互いを認め合う友人同士だ。
エピローグ:モブの勝利
それから二年後、私たちは学園を卒業した。
ハートフィールド商会は、今や王国最大の美容品商会に成長していた。私は代表として、クラリッサは最高顧問として、日々ビジネスに励んでいる。
「メリッサ、次は海外展開を考えましょう」
「いいですね、クラリッサ様。隣国との貿易ルートを確保できれば...」
私たちは、もう取り巻きと悪役令嬢という関係ではない。対等なビジネスパートナーであり、親友だ。
「ねえ、メリッサ」
ある日、クラリッサが言った。
「もし私があなたに出会わなかったら、きっと破滅していたわ。あなたのおかげで、私は本当の幸せを見つけられた」
「私も同じです。クラリッサ様がいなければ、私はただのモブで終わっていました」
二人で笑い合う。
モブキャラとして転生した私。でも、悪役令嬢を救うことで、自分自身も救われた。
そして気づいたのだ。この物語に、真の主人公なんていない。みんなが、自分の人生の主役なのだと。
「さあ、新しい商品のプレゼンに行きましょう」
「ええ、行きましょう」
私たちの物語は、まだ始まったばかりだ。
(完)
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