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俺の考えたデタラメな都市伝説を信じる美少女後輩に懐かれてしまった  作者: 鹿ノ倉いるか


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54.同じ方法

『辛』という字に一本足せば『幸』になる。

 そんなセリフをよく聞く。

 しかし、それは逆だ。

『幸』という字から一本抜いたら『辛』になるのだ。

 雪緒が眠りに落ちてから、俺はその事実に気づいた。


 これまで俺はクラスの誰とも仲良くならず、ずっと一人で過ごしてきた。

 自分で選んだ孤独の中にいるとき、寂しいとか辛いとか感じることはなかった。

 はやく高校生活が終わることだけを考え、静かに暮らしていた。


 そこに雪緒が乱入してきて、俺の生活は一変してしまった。

 俺の毎日を賑やかで、愉快で、騒がしいものにした。

 その中で俺は確実に幸せを感じてしまった。

 しかし今、その雪緒という一本の線を失い、俺の『幸』は『辛』に変わってしまった。


 雪緒が眠りに入ってから二週間が過ぎた。

 俺はいつものように放課後になるとまっすぐ病院に向かっていた。

 この地域では最も大きな病院で、小高い丘の上に建っている。

 雪緒は五階にある四人部屋の窓際のベッドなので、街の景色が一望できた。

 四人部屋といってもカーテンで仕切られているため、プライバシーは守られている。


「ほら見ろよ。きれいな夕焼けだぞ」


 ベッドの上の雪緒に声を掛けるが、当然目を覚ます様子はない。

 ──雪緒はこうして二度と目を覚ますことなく、寝続けるのだろうか?

 そんな恐ろしい妄想を慌てて振り払う。


「今日は学校で抜き打ちのテストがあったんだ。いきなりテストって汚くね? まあたまたま前の日に家で復習してたところだったから簡単だったけど」


 寝ている雪緒は見ず、窓の外を見ながら語りかける。


「俺が家で勉強とか信じられないだろ? 俺も信じられない。あれからお母さんが急に教育熱心になってな。『絶対に大学に行きなさい』って言い出してさ。毎日スマホ取り上げられて二時間勉強だぞ」


 雪緒ならどんな反応を示すのか想像しながら語りかける。


「俺みたいな奴が一般入試で合格するのは厳しいから、総合型選抜での入学を狙えって先生が言ってさ。まぁ推薦みたいなもんだっていうから、それなら勉強しなくていいのかと思ったら逆でさ。日頃の勉強態度、生活態度が大切なんだって。おかげで毎日勉強漬けだ」


 笑いながら雪緒を見る。

 しかし当然ながら雪緒が笑い返してくれることはなかった。


「あ、そうそう。昨日お母さんが『伯母さん』を家に呼んでた。でも俺が帰ってきたら慌てて帰っていってさ。俺も特に挨拶はしなかったけど」


 雪緒にはたくさんの線が繋がれており、ピッピッピッと規則正しい音を奏でている。


「あの人とは別に仲良くなろうとは思ってない。けどもう憎んでもいない。さすがにただの『伯母』とまではいかないけど……こんなふうに思えるようになったのは雪緒のおかげだな。ありがとう」


『やっぱり七つの試練のご利益はあったんですね』

 雪緒がそう言って笑った気がした。


「ご利益なんてあるかよ。いま、俺が幸せに暮らしているように見えるか?」


『私に関わるからですよ。なんで私の最後のお願いを無視して毎日お見舞いに来るんですか』

 雪緒の怒る声が俺の脳内で確かに聞こえる。


「いまさら雪緒がいない世界で幸せになれるかよ。俺の『幸せな生活』に雪緒は不可欠なんだよ。だからさっさと目を覚ませ」


 しかしその言葉の返事が、脳内に響くことはなかった。

 俺は拳を握り、寝息を立てる雪緒を見下ろす。

 平気なふりをするのが辛くなり、息をするのも辛くなる。


「雪緒が目を覚まさなくなったら、もっとなんにも出来なくなると思ってた。家はおろか部屋からも出られなくなって、食事もほとんど喉を通らなくて、一日の半分は泣いていると思っていた。でも違った。確かに最初の一日二日はかなり落ち込んだ。けれど俺は学校にも行ってるし、食事もしている。それがなんだかとても薄情な奴みたいで嫌なんだ」


 誰にも言えなかった言葉が口から溢れていた。


「もちろんその方が雪緒としては嬉しいのは分かる。でもこんなに普通に生活してて、時を前に進んでいていいのかって不安になるんだよ」


 雪緒に繋がれた点滴が落ちるのと同時に俺の目からも雫が落ちる。


「大丈夫だ。俺だけは待ってるから。雪緒を置いてなんて行かない。ちゃんと待ってるからな」


 雪緒の手を握ると、確かに生きている鼓動と温もりを感じた。


 白雪姫も、眠れる森の美女も、目覚めさせる方法は同じだ。


 俺は雪緒に顔を近づける。 

 寝ている間に相手の意思も確認せずにこんなことをするのは卑怯な気もした。

 しかしこれはやましい気持ちからではない。

 医療行為の一種なのだと自らに言い聞かせた。


 唇と唇を重ねたものの、当然ながら俺のお姫様は目を覚ますことはなかった。

 ただ俺の唇の上に、雪緒の唇の柔らかな感触だけが残っていた。


「雪緒ちゃん、入るよ」


 突如カーテンの向こうから声が聞こえ、心臓が止まりそうになる。

 慌てて雪緒から離れてパイプ椅子に腰掛けた。


「あ、凛ちゃん、来てたんだ」


「よ、よう、マナ。来てくれたんだ」


 いきなり現れたマナに焦りながら笑顔を作る。


「今日は部活休みだったからねー。相変わらず寝てるなぁ、雪緒ちゃん」


 マナは雪緒を覗き込み、雪緒の少し乱れた前髪を整える。

 先ほどの行為で前髪を見出してしまったのではないかと、俺はハラハラした。

 というかマナに見られてしまったのだろうか?


 そんな心配をしていると、マナがクルッと振り返った。


「ねぇ凛ちゃん」


「あれはその、医療行為でっ」


「医療行為? 何のこと?」


 マナはぽかんとした顔で首を傾げる。


「い、いや何でもない」


 どうやら何も見てなさそうなので笑って誤魔化した。


「凛ちゃん、毎日お見舞いに来てるの?」


「まあな。目が覚めたとき誰もいなかったら可哀想だろ」


「へぇ。優しいんだね」


「一応恩人だしな、雪緒は」


 俺がお母さんや伯母さんと話し合ったことは既にマナにも話してあった。

 そのおかげでお母さんとこれまで以上に本音で話せるようになったし、俺は以前のように伯母を恨まなくなった。

 なによりお母さんと伯母さんの仲も改善した。

 雪緒があの場に俺たちを集めてくれなかったら、出来なかったことだ。


「じゃあ俺は帰るから」


 鞄を持って立ち上がるとマナも立ち上がる。


「私も帰る」


「マナはいま来たところだろ。もう少しいてやれよ」


「そんなこと言ったって雪緒ちゃん寝てるじゃない。顔を見られたなら、それでいい」


「そっか」


 確かに焦ったり、妙に気合を入れても仕方ない。

 雪緒の病と向き合うためには無理をしない程度で根気よく付き合っていくしかない。


 病院を出てから俺たちはバス停へと向かった。

 この病院は街から離れているので歩いて駅まで戻るのは大変だ。


「おばさんが言っていたけど、雪緒、来週には退院して自宅に戻るそうだ」


「大丈夫なの?」


「まあ寝てるだけだからな。脳波とか心拍数とかはモニターで測るし、点滴も続けるけど、状態も安定しているからな」


「そっか。じゃあお見舞いも簡単にいけるね」


「そうだな」


 頷きながら遠くに見える水平線に目を細めた。

 まさに太陽が沈むところで、水平線は白くまぶしく輝いていた。




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