48.妙泉神社の試練
「そうだ。今日はまだ妙泉神社のチャレンジしてませんでした。今から行きましょう」
「今から? もう日も落ちて暗いぞ」
「大丈夫ですよ。あそこは外灯があるから夜でも明るいんです。外灯に照らされた妙泉神社ってなんか神秘的じゃないですか」
そう言うなり雪緒は寝起きのウサギのようにぴょんっと立ち上がる。
「やれやれ」
こういう雪緒の思い立ったが吉日精神にもすっかり慣れた。
雪緒の言う通り妙泉神社には外灯があった。
とはいえ常時参拝者で賑わうようなところではないので、ほんの申し訳程度の数の外灯しかない。
「なんだかお化けが出そうな雰囲気ですね」
雪緒が怖がるだろうからあえて言わなかったワードを自ら口にした。
「そうか? 田舎の夜なんてこんなもんだ」
「ここまで暗くないですよ。それにほら、鬱蒼とした森が何とも不気味ですし」
「いつも清々しくて素敵な森とか言ってるだろ」
「ちょっと先輩。一人で先に行かないでくださいよ」
雪緒は俺の二の腕を両手で掴み、隠れるようについてくる。
歩きづらくて仕方ない。
雪緒に密着されるのは悪い気はしないが、なんだか盾にされているようで微妙な気分になる。
「あんまり怖がっていると身体に悪い。今日は帰るか」
「嫌です。一日一回しか出来ないのにもったいないじゃないですか」
きっと雪緒はやらなくなったソシャゲでもログインボーナスだけは毎日貰いに行くタイプだな。
「一日一回は勝手に雪緒が決めたルールだろ。別に一日に何回挑戦したっていいんだよ」
「ここまで来たらそのルールを貫きたいです」
きっと雪緒は無意味にソシャゲで縛りプレイとかもするタイプに違いない。
泉には当然俺たちの他には誰もいなかった。
切れかけの電球がチカチカする外灯に浮かび上がる泉や森は、神秘的というよりはオカルト的である。
しかし雪緒は暗闇に慣れてきたのか、それとも試練に集中しているのか、もう怖がってはいなかった。
地面にかがみ、真剣な表情で小石を選んでいる。
「よし、これにします」
赤くて平べったい小石を選んで立ち上がる。
「へぇ。まぁまぁ良さそうな石だな」
「実は自宅で特訓してたんです。今までの私とは一味違いますよ」
雪緒は悪巧みをする人のようにニヤリと笑う。
セリフと表情がややズレている気もするが、そこも含めて雪緒という珍獣だ。
雪緒は屈んだ状態で下から上へと柔らかく石を放った。
ふわりと飛んだ小石は岩の上にかちゃりと音を立てて着地した。
「おお、一発目から凄いな」
思わず興奮したが、雪緒は冷静な顔で二つ目の石を拾う。
それもまた平べったくてよさそうなものだ。
雪緒は一投目よりも更に慎重に構え、軽く膝のバネを使って小石をふわりと投げる。
小石はまたしても岩の上に無事に着地した。
二連続成功に思わず俺も叫びそうな声を飲んだ。
雪緒は笑顔もなく、小さく頷く。
雪緒は続いて三投目の石を拾った。
あれこれ迷うことなく、まるでそこに用意されていたかのように落ちていた平べったい石を掴んでいた。
雪緒がかがみ気味の姿勢で構える。
妙泉神社の森は、湧き水が巻き上げる砂の音さえ聞こえそうなくらいに静まり返っていた。
イメージトレーニングのために何度か雪緒は膝の曲げ伸ばしをして身体を小さく上下に揺らす。
そして一度目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をしてから目を開けた。
雪緒はゆっくりと膝を曲げて沈み、膝を伸ばすと同時に石を投げた。
不思議と投げられた小石はスローモーションのように見えた。
ゆっくりと放物線を描き、カチッと音を建て岩の上に落ちた。
「うわっ! やったな、雪緒!」
思わず叫んだ俺の声は静かな神社の森に響いた。
しかし雪緒は思いのほか冷静だった。
ゆっくりと振り返り、すこし強張った微笑みを浮かべる。
「遂にやりました」
「お、おう、おめでとう」
もっとテンションをぶち上げて喜ぶと思っていたので、その落ち着いた様子に戸惑う。
「これで七つ、すべての試練クリアですね」
「なんだか嬉しくなさそうだな?」
「そんなことありませんよ。すごくうれしいです。先輩のお陰ですね。ありがとうございます」
雪緒は深々と頭を下げた。
なんだかいつもの雪緒と様子が違う。
燃え尽き症候群ってやつだろうか?
それとも『七つの試練』をクリアしたら、もう俺との繋がりがなくなるとでも思っているのだろうか?
そんなわけないのにおかしな奴だ。
「よし、じゃあ今から『約束の地』に行くか」
雪緒の変化に気付いてないふりをして陽気に声を上げる。
「いえ。今から行ったらショッピングモールも終わってる時間ですから」
「そりゃもしまだあそこがショッピングモールならそうかも知れないが、今はただの駐車場だ」
「とにかく今日は行きません」
「そうか。じゃあ明日の楽しみだな」
「明日は用事があるから無理です」
雪緒は首を振りながらスマホを見る。
「そうですね……じゃあ今週の金曜日にしましょう」
「金曜か、分かった」
「先輩もついてきてくださいね」
「当たり前だろ。ここまで来たんだ。願い事を叶える瞬間は見届けしてもらう」
そう答えると雪緒はようやくにっこりと笑った。
「よかった。じゃあ金曜日の放課後。現地でお待ちしてます」
「ああ。楽しみだな」
「はい」
チカチカと点滅する外灯の下、俺たちは笑顔で見つめ合う。
願いなんて叶うわけないと知りつつも、俺はなぜだがすべてが解決したような心持ちになっていた。




