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EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season1 ― 原点 ―  作者: 柊梟環
EVOLVE〜エヴォルブ〜 Season1― 原点 ―
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第13章 愛の対峙(3)愛の対峙

歪んだ“観察”と、まっすぐな“まなざし”。


歪んだ愛が、まっすぐな愛に向けられたとき――

言葉は刃となり、心は試される。

それは、名を呼ぶ資格を問う“対峙”だった。


名前を呼ぶという行為の意味が、静かに問い直されます。

恐れは消えないかもしれない。それでも――選ぶのは、彼女自身です。

しゅうの声は低く、静か。

だが、言葉の端には確かな怒りが宿っていた。


たまきは“人”だ。祭壇に並べる対象じゃない。」

「違う。彼女は“特別”だ。名前を呼ぶ価値のある唯一の――」

「――黙れ。」


柊の声が低く唸る。

「名前は特別だ。だからこそ、本人の前で呼ぶ。

 背中に向けてじゃない。レンズ越しでもない。

 環を怖がらせるようなやつに、環の名前を呼ぶ資格はない。

 お前が呼んだ“環”って名前は、彼女の心を踏みにじるための道具だ。

 それを“愛”なんて言葉で汚すな。」


「環さんは……環さんは、僕のものだ!!」


柊が一歩踏み出し、真正面から目を見た。

「彼女は彼女自身のものだ。――その上で、隣に立つ相手を、彼女が選ぶ。」


田中の笑みが、ぱきんと音を立てるように崩れた。

瞳の奥で、何かがひっくり返る。

指が無意識に香水瓶を掴む。

「……あなたには、わからない。彼女は僕の……」


沈黙のあと、田中はゆっくり笑い出す。


「彼女は完璧だった。僕にとって世界の中心だった。

 僕は、あの笑顔を撮るたびに救われてたんだ。

 朝も夜も、何もなくても、生きてる意味があった。

 “環さんが今日も笑っている”――それだけでよかった。


 完璧な僕が、完璧な彼女を守る。それで世界は完成していた。」


「それなのに……」

声が細く、泣くように笑う。


「それなのに……彼女は僕を見なかった。

 ――僕は、ちゃんと見ていたのに。


 なんで……なんで“僕”じゃなくて、“お前”なんだ……環さん。

 どうして……どうして“お前”なんだよ……。」


彼の声は途中から壊れ、嗚咽とも笑いともつかない音になる。

そして最後に、小さく、わらうように呟いた。

「僕はちゃんと見てたのに……全部……全部……。」


柊は、その狂気を前にしても一歩も動かなかった。

拳を握りしめたまま、ゆっくりと田中を見つめる。

怒りでも、恐怖でもない。

そこにあるのは――人間としての深い哀しみ。


「……お前、ほんとうに“見て”たのか?」

柊の声はかすかに震えていた。

「環の“笑顔”だけ見て、あいつの“心”を見なかった。

 だからお前は、最初から何も守っていない。」


彼の瞳はもう焦点を失っていた。

壁一面の写真が、ろうのように無数の“環”を映す。

その中に立つ柊の影だけが、現実だった。


部屋の空気が凍りついた。

蛍光灯の白が、壁一面の写真を無数の目のように光らせる。


その時、玄関のドアが静かに開いた。

「柊先輩!」


なぎの声だった。

彼は息を切らし、ノートPCを抱えたまま部屋に入る。

その瞬間、壁一面の写真を見て、息をのんだ。


「……これ、全部……環さん……?」

柊は短く頷く。

「防犯カメラの解析は?」

「来る途中で回した。……一致した。映ってた。

この部屋に出入りしてたの、間違いなくこの男です。」


凪の声は震えていたが、目は鋭かった。

柊がうなずく。

「警察への通報も頼む。」

「もうやりました。通報ログ、時間も送ってます。」

「助かる。」


凪は短く息をつき、田中を見た。

「……どうして……こんなことしたんですか。」


田中はもう返事をしなかった。

笑いとも泣き声ともつかない音だけが漏れる。


コン、コン。

廊下側から固い靴音。

「警察です。開けてください。」


「……もう終わりだ。」


柊の言葉とともに、廊下の向こうから警官の足音が響く。

無言のまま田中の手首に、冷たい金属がはめられた。

「……環さん……環さんは僕の――」

掠れた声が途切れる。


冷たい手錠の音が、部屋の空気を現実に引き戻す。


田中の口元には、まだ微笑が残っていた。

まるで、最後の瞬間まで“観察”を続けているかのように。


そのまま、田中は引きずられるように連行された。


静寂の中、柊の奥歯が静かに噛み合う。

その音が、まるで決別の鐘のように響いた。


扉が閉まると、部屋に静寂が戻った。

凪はゆっくりと息を吐き、肩の力を抜く。

柊は壁に貼られた無数の写真を一瞥した。

どの写真の中の環も、笑っていた。

だが、そこに“生きた温度”はなかった。


「……これで、終わったんですね。」

凪の声が小さく響く。

柊は静かに首を振った。

「いや、終わりじゃない。

 環の中に残った“怖さ”が消えるまで、俺たちは終われない。」

壊れた笑顔の奥に、柊は人間の脆さを見た。

彼の目には怒りではなく、深い哀しみが宿っていた。

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