第13章 愛の対峙(2)“祭壇”の部屋
閉ざされた扉の向こうに潜むのは、祈りの形をした執着。
柊が見たものは、愛ではなく支配。
そして、名前を奪われた“信仰”の部屋だった。
居住棟B。702号室のドアの向こうから、紙が擦れる音。
柊は呼び鈴を押した。
「田中朔也さん。話があります。」
刹那、チェーンが触れ、細い隙間が開く。
甘く乾いた香り――エゴイスト。
「……どなたです?」
「如月柊。環の同僚だ。」
沈黙。チェーンの音。ドアが開く。
――白い壁一面に、写真。
三浦環。葵陽菜。椎名鈴華。浅井風花。
等間隔、等ピッチ、等しい高さ。
“几帳面”という言葉が恐怖に転じるほど正確に、画鋲の頭が一直線に光る。
床には『日替わりターゲット表』と書かれた手帳。
テーブルには、今日プリントしたばかりの写真束。
そして、香水の瓶。
柊の視線が、瞬時に全体をなぞる。
(証拠は十分。時間を稼げ――警察到着まで。)
「……綺麗に貼ってるね。」
田中が嬉しそうに笑う。
「ええ。歪むと、彼女たちが悲しみますから。」
「特に“環”の列は多い。」
「彼女は特別です。知ってました? 環さんは、笑うとき右の口角が少し上がる。歩幅は67センチ。歩くスピードは平均より少し遅い。だから僕の愛で守ってあげないといけない人なんです。」
柊の奥歯が静かに噛み合う。
「愛で守る?」
「ええ。愛です。あなたが今、守ろうとしていることは、僕がずっとやってきたことですよ。僕のほうがずっと彼女を愛してる。」
「“盗撮”で?」
田中の瞳が笑う。
「“観察”です。人は観察しないと本当の姿が見えない。」
柊は、部屋の中央へ1歩進む。
田中の視線がピクリと動く。
「やめてください。そこは――環の“祭壇”です。」
田中がクローゼットを開ける。
壁一面に環の写真と付箋メモが、びっしり並ぶ。
彼はゆっくりと、壁に貼られた写真に指を滑らせた。
「環さんは本当にかわいいんだ。僕にも笑いかけてくれる、
あの笑顔。最高だよ。
玲子主任のところへ行くふりをして、いつも見ていたよ。
休憩している時と仕事をしている時の目が違うんだ。
仕事をしている時のあの鋭い目線……ゾクゾクして、たまらない。
真剣なときほど綺麗で美しくなる。
でも、休憩中に紅茶を飲む時は子どものように柔らかい顔をする。
その笑顔を見てるだけで、1日が終わってもいいと思えた。
守りたかったんだ。あの最高の笑顔を。
……なのに、あの3人が環さんを陥れた。
許せなかった。
特に葵陽菜。いつも甘えた声で環さんに“お願い”って言いながら、めんどくさい仕事を押しつけて、裏で笑ってた。
椎名鈴華も浅井風花も、見て見ぬふりをした。
環さんがどんな顔して家に帰ってたか、誰も知らない。
僕だけが知ってるんだ。
環さんの悲しい顔も、泣きそうな横顔も、全部この部屋で見守ってきた。
だから、僕が守るんだよ。僕しかいないだろう?」
彼の声が次第に熱を帯び、
それが“愛”ではなく“信仰”の温度に変わっていく。
笑っているのに、笑っていない目。
柊はその空気を切り裂くように言った。
壁に貼られた笑顔の数だけ、狂気が増していく。
その空間で、柊は静かに怒りを燃やした。




