表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

巡る花

作者: 時藤 永雫
掲載日:2025/08/21

序章 勇者

 遠い昔、この地域には、巨大な川を挟んで二つの部族が存在していた。

 西には山の民、イリス。険しい山々に、冷たい風が吹く、過酷な地である。わずかな平地にしがみつき、獣を狩り、山菜を採って生活していた。

 東には平野の民、サリス。豊かな自然と、豊富な水源に恵まれている。川で魚を取り、潤沢な土壌で農業を営んでいた。

 二つの部族は、次第に交易を行うようになった。主にイリスの肉を、サリスの魚や作物を、取引していた。

 しかし、交易により目新しい品物が入ってこようとも、イリスの民の生活が、豊かになることはなかった。食物の種類が増えたとしても、山が平たくなるわけでも、冷たい風がやわらかくなるわけでもない。次第に彼らはサリスの豊かな土壌を欲するようになった。

 そしてある満月の夜、イリスの民は一挙にサリスへと押し寄せた。突然の襲来により、サリスの民は狼狽し、多くの犠牲者が出た。

 (このまま侵略されてしまうのか)

 不安が平野の民の心を支配した。

 しかし、制圧されることはなかった。

 一人の騎士が、賊の進行を一晩中抑え続けたのである。傷つきながらも戦い続ける姿に心を打たれ、サリス側の士気は高まった。

 民衆たちは武器をとり、来たる賊に備える。

 永い永い戦争の始まりである。


 時は流れ、勇者は銅像へと姿を変えた。

 彼は見守り続ける。自らが守ったこの街を。川の向こうの山々を。

 人々は語り継ぐだろう。彼の勇気と信念を。

 ――平穏な日々が、幾久しく続きますように。

 祝福のような薫風が吹いている。


幕間 夏と橋

 すべてが嫌になった。

 学校へ行けば陰口を叩かれ、上履きには画鋲を入れられる。

 家では酩酊した父親に暴力を振るわれる。

 母親は数年前に家を出て、いまだに帰ってこない。

 どこにいたって私の居場所はない。ここからいなくなりたい。

 そう感じるのはとても自然なことでしょう?

 強い風の吹く橋の上には煌々とした夕日がさしている。

 しかし、それを美しいと感じる心は、私にはもう、なかった。

 下を見れば、昨日の雨で濁った川が、轟音を響かせて暴れている。

 楽になりたい。

 その後の行動は早かった。

 靴を脱ぎ、揃える。

 風になびく赤いスカーフをつかんで放る。

 芝居がかっている。自分でも感じた。でも、最期くらいは、自分が主人公でいたい。散り際くらいは輝きたい。

 欄干に足をかける。

 激しい風が、頬を削る。

 止める声が聞こえたような気もしたけれど、すべてはもう、手遅れで。

 少女は飛び立った。

 つん、と、初夏の香りがした。


第一章 忌み子

 蒸し暑い夜のことだった。

 とある屋敷では、新しい命が生まれようとしていた。

 その赤子は、あらんかぎりの祝福とともにあたたかく迎えられるはずだった。ところが生まれた子の姿を見て絶句した。

 アルビノだったのだ。サイスリスでは、不吉とされている。

 そしてそれが、あろうことか国の貴族の家庭に生まれてしまったのだ。本来であればそうして生まれた赤子は、その場で処分しなくてはならない。

 しかし、わが子を手にかけることは、どうしてもできなかった。

 それでも外を自由に出歩かせることはできない。そこで両親は、子を屋敷の中で一生隠し育てることを決めた。

 子は永遠に外の世界を見ることができないかもしれない。太陽のあたたかさ、自然の美しさを、知らずに生涯を終えるかもしれない。

 しかしそれだけが幸せではない。

 生きていれば、いつか何かが変わるはずだ。

 わが子の幸せのために自分たちもできることをしよう。

 胸をはって生きられる世界をつくろう。

 それが私たちにできる唯一のことだから。


 忌み子はキキョウと名付けられた。遠い異国の地の花の名らしい。今はもういない、母親が名付けてくれた。屋敷の人々に愛され、伸び伸びと育った。

 ただ一つ許されなかったことは、外出。理由は誰も教えてくれなかった。だからといって苦にはならなかった。屋敷にはたくさんの話し相手がいて、本もある。話を聞けば、本を読めば、いつだって外の世界へ行けるのだ。

 今日もいつものように読書にふけっていた。馴染みのない単語が目にとまる。

「ある……びの……?」

 辞書を引いても載っていない。部屋を出て、誰かいないか、と、あたりを見回す。少し離れたところにメイドがいた。

「ねえ、あるびのってなあに?」

 メイドは驚いたような、戸惑ったような、複雑な表情を浮かべた。

「……知りませんわ」

 そっか、ありがとね、と、去っていく小さな背中をメイドは見送る。

 その顔は色を失っていた。


 メイドと別れた後、キキョウは父の部屋を訪れた。父なら何か知っているかもしれない、そう思ったからだ。

「お父様、あるびのってなあに?」

 わずかに父の目が見開かれる。手に持っていた万年筆が、落ちた。

 一瞬の沈黙。

 だが父は、なるべく普通に、平静を装うように万年筆を拾いなおし、娘に向き合った。

「その言葉を……どこで?」

 キキョウは異様な雰囲気に少し驚いたが、正直に答えた。

「部屋にあった本で……」

 また少しの沈黙。先に口を開いたのは父だった。

「……悪いがその言葉を私は知らない。それよりもうこんな時間だ。早く寝なさい」

 答えが得られず不服だったが、素直に従った。

「はぁい。おやすみなさ〜い」

 おやすみ、と声をかけ、部屋から出て行く愛娘を見送る父。その額にはうっすらと汗が滲んでいた。


 十年の時が過ぎた。キキョウは花のように美しく、可憐な少女となった。十四歳の誕生日の少し前、彼女は父の部屋に呼び出された。

「何の用かしら、お父様?」

 小鳥のように首をかしげる。

 そんなかろやかなキキョウに対して、父は真剣な眼差しであった。

「おまえに話さなければならないことがある」

 重い雰囲気にキキョウの体は緊張した。

「昔、アルビノについて質問してきたことがあったな」

 こくん、とうなずく。

「今、教えよう。アルビノとは、生まれつき色素が少なく、肌や髪の色が薄い状態のことを指す。つまり……」

 優しく白い頬を撫でる。

「お前のような様相を指す」

 淡紫の瞳を瞠る。

「今まで話していなかったのは、アルビノが……この国で不吉とされているからだ。お前が……ショックを受けると思ってな。本来、アルビノは生まれ次第……処分しなければならない。だが……当時の私たちには、それができなかった」

 キキョウは押し黙ったままじっと父を、見つめた。

 父は続ける。

「これまでもアルビノに対する差別をなくそうと努めてきた。議会からの信用も得た。近いうちに、議会へアルビノ差別の撤廃を進言する。お前には、幸せに生きてほしいから」

 幸せに、その一言が心に沁みる。

 胸の奥が熱を帯び、視界が揺れる。

 愛してくれている、自分のために、尽くしてくれている。その揺ぎ無い真実が、何よりも暖かかったから、零れ落ちる涙を抑えることはできなかった。

 でも、どうしてこんなにも激情が押し寄せてくるのだろう。

 愛されなかったことなんて、一度もなかったはずなのに。

 父の大きな手が、キキョウの肩を抱く。震えるような所作で、父の背中を抱きかえす。

 その背中は、あまりにも大きくて。

 あまりにも、頼もしかった。

 

第二章 記憶

 酷い高熱がキキョウを襲った。解熱剤を飲んでも一向に下がらない。

 熱を帯びたまどろみのなかでキキョウは夢を見た。

 靴の中の画鋲。

 飛んでくる酒瓶。

 眩しい夕日と突風。

 風になびく赤い布。

 夏の香り、そして……。

 跳ね返るように飛び起きた。

 服も髪もしっとりと濡れている。

 あれは確かに、かつての自分の姿だった。

 不幸せな自分を忘れていたかった。

 辛い過去を思い出したくなかった。

 思わず涙がこぼれた。

 くしゃり、と強くシーツを掴む。

 息がうまく吸えない。

 そばにある水差しの水を一息に飲み干す。

 シーツを掴んだ手が緩む。

 ようやく気持ちが落ちついた。

 ぽすん、と、もう一度横になる。

 ぼやけた思考の中でふと思う。

 私は誰なのだろう。もう昔の私ではない。あの人たちはもういない。だからといって、記憶を取り戻した私は、純粋なキキョウでもない。中途半端だ。

 本当の「私」はどちらだ。やはり記憶の引き継ぎ元である、過去の「私」が、本当の自分なのか。

 違う。私はキキョウだ。かつての自分は、荒れた川の底で潰えたのだ。物語は、あそこで終わったのだ。

 今生きているこの場所は、全く新しい物語。神様が与えてくれたチャンスだ。

「私はキキョウとして生きて、死んでやる」

 そう、声に出していた。

 前のぶんも幸福に生きてやる。恵まれた今を、楽しんでやる。幸せに対する切望が、そこにあった。


 キキョウの父は議会に出向いていた。サイスリスでは、半年に一回、国王を交えて議論をする。そこでアルビノ差別の撤廃を進言するのだ。

 不安はあった。しかし覚悟は決まっていた。

 絶対に、娘が胸を張って生きていける社会をつくる。そのために、この十四年間、国に尽力してきたのだ。

 必ず王に認めてもらう。娘のため、そしてこれから生まれてくるであろう雪のような人々のために。


 アルビノ差別撤廃を唱えた父に対する目は厳しかった。明らかな拒絶。それはアルビノに対する強い恨みを物語っていた。

 はじめに口を開いたのは王だった。

「貴様は悪魔に肩入れをするつもりか?」

 父の背中に冷たい汗がつたう。だが、引くわけにはいかない。

「いえ、滅相もございません……」

 深々と低頭する。

「では、なぜだ?」

 父は低頭したまま答える。

「もう時効であると思うのです。彼奴の……シランの行いは決して許されないことですが、後から生まれる人々にはなんの罪もありません。だから、どうか……」

 鈍い音がした。王が机に拳を打ち付けた音だった。

「馬鹿者が! 彼奴の行いを忘れたのか! 白い悪魔が何をしたか!」

 現王は、非常に愚かだった。他者の話をろくに聞かず、勝手な言い分で議論を丸め込む。それにより、民の反感を買っている。この話も、きちんと聞き入れられないだろう。

 しかし、娘のためにも引き下がるわけにはいかなかった。

 「シランの行いは忘れていません。ですが、彼奴が蘇ってくることはありえ――」

 再び拳が机に打ちつけられる。もう、遅かった。王の拳は、体は怒りでわなわなと震えていた。

「もうよい! 此奴を殺せ!」

 父はうろたえた。

「なっ……何故……! 何故……」

 腹に剣を突き立てられる。鮮やかな血が舞う。

 王は氷のような目つきで父を見下ろしていた。

「見せしめだ。悪魔に加担した奴らへの」

 背後の近衛兵に声命じる。

「此奴の屋敷を焼いてこい。人も動物も虫でさえも一切逃すな」

「はっ」

 近衛兵は深々と頭を下げ、退室する。

 床に崩れ落ちた父は、心の中で懸命に娘の名を呼んでいた。

 キキョウ。

 キキョウ。

 すまなかった。

 だがどうか、どうか……。

 生きてくれ。


第三章 約束

 気味の悪い空だった。厚い雲が空を覆っていた。雨でも降るのだろうか。メイドは慌てて洗濯物を取り込んだ。ようやく最後の服を手に取ったとき、遠くに見える、奇妙な光に気がづいた。オレンジ色に近く、そして揺れている。眺めていると、目の色を変えて門番が走って来た。

「メイド長!」

 門番は肩で息をしている。火急の要件に違いない。少し身構えて、「どうしましたか」と、問いかける。

「兵士百人余りが、この屋敷に進行中です」

 その言葉が、あまりにも悪夢のようだったから。

 持っていた服を、取り落とした。


 屋敷は騒然としていた。当然のことだ。主人がいない間に軍隊が攻めてきている。不安が屋敷全体を包み込んだ。ロビーには、メイド長と門番、その他使用人十数名とキキョウが集められた。これで全員だ。

 メイド長が重い口を開いた。

「今、この屋敷に軍隊が押し寄せて来ていることは知っているでしょう。ですが、旦那様のかわりに、どうにかしてこの屋敷を守らねばなりません。門番は事情を尋ねてきなさい。残りの皆は屋敷の施錠を。急ぎなさい」

 皆が頷き、ロビーから去っていった。

 メイド長が、キキョウに歩み寄る。

「お嬢様、私達はすべてをかけて、貴女様をお守りします」

 何か言いたげなキキョウの頬を撫でる。

 確かなぬくもりを感じた。

「もし、私たち貴女様を守り切ることができなかったら」

 フード付きのマントと皮のポーチを手渡す。

「お嬢様だけでも、お逃げください。私たちが、囮になります」

 でも、と何か言おうとするキキョウの言葉を遮って言った。

「皆、旦那様と、そう約束しているのです。門番も、使用人たちも、もちろん私も」

 肩に手を置く。

「この命に代えてでも、貴女様を、守ると」

 優しい笑顔だった。


 門番の説得は無駄だったようだ。彼がどうなったかは分からない。怒号と扉を叩く音が、屋敷中に響き渡る。キキョウたちは裏口に集まっていた。

「いいですか、行きますよ」

 メイド長の言葉を合図に、慎重に扉を開いた。

 一つだけ、誤算があった。屋敷の周りにも見張りがいたのだ。脱出しようにも見つかってしまう。仕方のない選択だった。当初から予定されていた。メイド長は落ち着いた声色で言う。

「私たちが囮になります。合図したら、あちらに向かって全速力で走ってください」

 頭の中が真っ白になった。石化したかのように、動けない。親切にしてくれた人々を、自分が生きるためだけに使うなんて。

 躊躇うキキョウを突き動かしたのはメイド長のふり絞るような一言だった。

「お嬢様! これは旦那様の願いなのです。私たちも納得しています! だから、どうか、どうか、お逃げください!」

 はっと目が覚めた。笑みを投げかけてくれるメイド長の手は震えていた。しかし、目は本気だった。生きて欲しい、その願いが、確かに宿っていた。

 ポーチを肩にかけ、フードを深く被る。

「行きます!」

 合図は出された。


 走った。

 すべてをかけて走った。

 深い草むらを、生きるため、父のため、尽くしてくれた皆のために走った。

 苦しかった。胸が刺すように痛かった。しかし、足を止めることは決してしなかった。きつい煙の匂いが鼻を刺す。

 遠くで悲鳴が聞こえた気もしたけれど、もう振り返ることはできなかった。


第四章 仲間

 暗く細い路地裏で、キキョウはうずくまっていた。体が鉛のように重い。胸も張り裂けそうだ。私は前世も現世も幸せになれないの……? そんな言葉が頭の中を渦巻く。

 しかし、この痛みは、苦しみは生きている証だ。皆の願いを……犠牲を無駄にしたくない。それだけが、今から息をする原動力になっている。

 フードをきゅっ、と掴む。

 心の整理がつくまではこうしていよう。気持ちが落ち着くまでここにいよう。ここなら誰にも見つからない。

 涙がとめどなく溢れてきた。


 夜の底だ。静かで、気を抜けば闇に押し潰されてしまいそうだ。恐怖は、心細さに変わっていった。誰かと一緒にいたい。ひとりでいたくない。悪夢だと思いたかった出来事は、時が経つとともに質量をもって胸を締め付けた。再び涙がこみあげてくる。ぽつぽつと、膝に雫が落ちた。

 「おい、お前」

 いきなり声をかけられた。驚いて体を震わす。心臓が早鐘をうつ。恐る恐る顔を上げると美しい金髪と精悍な顔つきが視界に入った。碧眼がキキョウを射抜く。

「そこで何をしている」

 答えない。答えられない。

「自分の名を言ってみろ」

 おずおずと答える。

「……キキョウ」

「キキョウ……か……。珍しい名だ。俺はルドベキアだ。帰る場所がないのか?」

 こくん、とうなずいた。

「そうか、ならついてこい」

 不安はあった。抵抗もあった。しかしそれよりも、誰かと一緒にいたかった。もう、ひとりでうずくまっていることに耐えられなかった。熱に浮かされたような夜だった。


 案内された場所は小さな酒場だった。中に入るとつん、ときついアルコールのにおいがした。店内にいた屈強な男たちの視線が、一斉にこちらへと集まった。ルドベキアは特に動じることもなく、店の奥へと進む。そうしてある扉の前で立ち止まった。

「どうぞ、入って」

 案内された部屋は、うすいベットと小さなクローゼットがある小さな部屋だった。

「俺が夏の間だけ使っている部屋だ。もうじきここを発つから、好きに使ってもらって構わない」

 深いフードの下で、紫光がのぞく。

「でも……」

「ただのお節介だ。気にすることはない」

 また様子を見に来る、そう言い残すとルドベキアは部屋から去っていった。

 ひとり残されたキキョウはベットに腰を下ろした。かたい。そのままの勢いで横になる。やはりかたい。それでも少し、安心した。疲れがひしひしと伝わってくる。それとともに、何度流したかわからない涙があふれてきた。けれどもずっと泣いていることはできなくて。眠りに落ちたことに気づかなかった。


 朝になった。薄暗かった部屋に、朝日がさしこむ。ルドベキアは、キキョウの様子を見に、部屋を訪れた。数回ノックしてから扉を開ける。キキョウはまだ眠っているようだった。フードを深くかぶって、縮こまるようにして眠っている。

 ふと、ルドベキアは、なぜフードを被っているのか疑問に思った。そっとフードに触れようとする。もう少しで指先が触れそうになったとき、キキョウは目を覚ました。ルドベキアは慌てて手を引っ込める。何事もなかったかのように優しく声をかける。

「マスターが朝ご飯作ってくれたぞ。食べにおいで」

 部屋から出ていくルドベキアを見送る。それと同時に、己がどれほど空腹であるかに気づいた。腹の虫がきゅるきゅると音を立てている。少し頬を朱に染めて立ち上がる。軽く外套の皺を伸ばして、ルドベキアの後を追った。

 

 それからキキョウの生活は変わった。マスターは毎日食事を出してくれた。何もしないのが申し訳なかったので、キキョウは酒場の手伝いをするようになった。夏が来れば、ルドベキアは酒場に顔を出した。そのたびに彼は面白い話を聞かせてくれた。遠い異国の話は、非常に興味をそそられた。彼が店を訪ねてくる日を、キキョウは楽しみにしていた。

 一度、ルドベキアは紫色の花のしおりを持ってきた。「キキョウ」という名の花らしい。遠い東の地で購入したそうだ。キキョウはとても喜んで、常にしおりを持っていた。

 時折、寂しさがこみあげてきて、部屋でひとり泣くこともあった。これだけは、何年経とうと治らない。あの出来事は、心の中に常に影を落としていた。

 そんなキキョウの心の支えは、ルドベキアの存在だった。彼の笑顔は、暗い心を照らしてくれるようだった。あの瞳を見ていると、少し心が安らいだ。いつの日か、キキョウはルドベキアに心を寄せるようになっていた。

 いつか私の心があの人に届くといいな。そう、秘かに思っている。

 また、夏が来る。


第五章 反乱

 いつもの通り、ルドベキアは酒場へやってきた。

「おかえりなさい!」

 キキョウが出迎える。

「ただいま」

 いつもの通り爽やかな明るい笑顔だ。

「疲れた。今日は一足先に眠らせてもらうよ」

 そう言って物置小屋に入っていった。キキョウが寝泊まりしている部屋は、もともとルドベキアの部屋である。キキョウが来てから、彼は物置場に泊まっている。

 それにしても、今日はかなり疲れているようだ。そっとしておいてあげよう、そうキキョウは思った。


 ふと、夜中に目が覚めた。灯かりが漏れている。今日は早くに店を閉める、とマスターは言っていたはずだ。微かに話し声も聞こえる。そっと扉を開く。ルドベキアたちだ。物陰から会話を聞いてみた。

「……決行は明日の夜だ。他の仲間にも伝えておいてくれ。国を、変えるんだ」

 心臓が飛び出てしまいそうだった。急な展開に脳がついてこなかった。とりあえず自分の部屋へ戻ろう。くるりと振り返る。

 しかし、焦りが災いした。立てかけてあった箒を倒してしまったのだ。音は彼らにも伝わったようだ。

「誰だ!」

 鋭い声が走る。姿を現さないわけにはいかなかった。

「キキョウ……」

 困ったような、悲しいような、複雑な表情をルドベキアはしていた。

「どうして、どうして国を滅ぼすの?」

 ルドベキアは苦い顔をする。

「現王の圧政には耐えかねた。私欲のために民をないがしろにし、気に入らない貴族の屋敷を焼いた」

 焼いた。心がずきん、と痛んだ。

「併合した山の民を虐げた。今でも苦しんでいる者がいる。そして、『アルビノは生まれ次第殺す』といった残忍な法を制定した。」

 痛い。

「奴のわがままはもう、うんざりだ。奴を王とは認めない。民だけの、国を作るんだ」

 しばらくの間、キキョウはうつむいて押し黙っていた。時計の秒針が数回まわったとき、ようやくキキョウは口を開いた。

「私も行く」

 その一言を聞いて、ルドベキアは目を見張った。

「どうして」

 決然と答える。

「私の家族は、皆殺しにされた。それに……」

 フードをおろす。美しい銀髪があらわになる。どよめきが広がる。

「私だって、胸を張って街を歩きたい。当たり前の生活をしたい」

 沈黙が流れる。うつむいて考えていたルドベキアは、ようやく口を開いた。

「いいよ。ついておいで。ただし、危険だぞ」

「構わないわ。信じてる」

 止まっていた時が、再び動き出した。


 月はないが、きれいな夜空だった。キキョウたち約百名は闇夜に紛れながら城を目指していた。取り付けた爆弾で城の外壁を破壊し、騒ぎに乗じて、一挙に攻め入る作戦だ。なんとも粗末な作戦だが、この国は島国なうえ、波がひどく荒れやすいため、他国による侵攻は一切ない。そのため警備は王の自室以外希薄なのだ。つまり人さえ集まれば簡単に権威を奪えてしまう。平和な国だからこその弱点だった。

 今まで誰も反乱を企てなかったのは、リスクが大きすぎたからだ。リスクを冒してまで国家転覆を図るより、今を耐え忍ぶ方がずっと良い。しかし、今宵国は変わる。王の国から民の国へ。民衆は解放される。

 ふと、キキョウはルドベキアの背中に尋ねた。

「どうしてアルビノは嫌われているの?」

 くるりと振り返って答える。

「知らなかったのか? まあ親御さんだってわざわざそんな話はしないだろう」

 再び前を向いて、ルドベキアは語りだした。


 昔、この国には山の民、イリスと平野の民、サリスの2つの部族がいた。2つの部族は貿易をするようになった。

 しかし、均衡は長く続かなかった。山の民が平野の民を攻撃したのだ。だが、サリスは落ちなかった。一人の騎士が一晩中敵を抑え続けたのだ。勢いに乗ったサリスは、応戦し、やがてイリスを併合し、サイスリスとなった。

 事件はここからだ。サイスリスが建国され、イリスもサリスも同じ国の民として扱われるようになった。ところが、サリスの民はイリスの民を差別するようになった。道を歩くとひそひそと噂話をされる。市場へ行くと、何も売ってもらえない。そんな状態が二十年続いた。

 あるとき、一人の少年が立ち上がった。名をシランという。白髪で、赤く輝く目を持っていた。差別を野放しいている国に疑問をもち、状況を改善したいと思っていた。しかし、当時のサイスリスの議会に、イリスの議席はない。王に直談判する以外、方法はない。

 そこでシランは、数十人の仲間を集め、城へ攻め込んだ。正門の銅像をたたき割り、立ちふさがる兵士をなぎ倒す。白い髪をなびかせたその姿は、恐怖そのものだったという。しかし、王の自室までは届かなかった。ついに兵士に捕らえられてしまったのである。数日後、シランの処刑が決まった。

 処刑の日、シランは民衆の前に引きずり出された。処刑人は、わめくシランを押さえつけ、断頭台に括り付ける。

 刃は落とされた。首を切られてもなお、シランは差別の撤廃を叫んでいたそうだ。


「……これが原因となった事件の概要だ。王はこの件が原因で、アルビノを恐れるようになり、ここから差別が始まったんだ」

「許せない」

 キキョウの心の中に、ふつふつと怒りがわいてきた。この計画は成功させなければならない。絶対に。

 

 いよいよ目的の城壁までやってきた。爆薬を仕掛け、着火する。轟音とともに吹き飛ぶ壁。

 それが合図だった。どっと鬨の声があがる。なだれ込むように反乱軍が押し寄せる。圧倒的だった。間延びした王国軍よりも、喧嘩が日常茶飯事である粗暴者のほうがずっと強力だった。斃れる者はあれど、明らかに優勢だ。間もなく城は落ち、民衆の時代が始まる。誰もがそう感じていた時だった。

 ひゅう、と放たれた矢が、ルドベキアの胸を射た。

「ルドベキア!」

 キキョウが悲痛に満ちた声をあげる。

 だが、崩れ落ちながらもルドベキアは叫んだ。

「皆! 決して止まるな! 決して振り返るな! 新たな国のために戦え! そして勝て!」

 赤黒い血を吐く。命がこぼれ落ちていく。そんな気がした。


終章 最期

  キキョウはルドベキアの傍らに、うずくまっていた。周りにはもう、誰もいない。彼の遺言通り、皆先への行ってしまった。まだ少しぬくもりが残っている彼の頬を撫でる。

 思い返せば、すべての変化は夏にあった。夏は私にとって特別な季節だった。

 私を見つけてくれて嬉しかった。

 明るく話しかけてくれるあの笑顔が眩しかった。

 貴方と共に新しい国で生きていくことが楽しみだった。

 密かに抱いていた恋情は、行き場をなくしてしまった。

 こんなに近くにあるのに、なんて遠い場所へ行ってしまったのだろう。

 貴方が隣にいない世界なんて考えられない。

 たった数年で、貴方はこれほどまでに、私の心の中で大きなものになってくれた。

 ルドベキアの腰に差したナイフを手にとる。

 心地よい夜の香りがする。

 

 何度生まれ変わっても、私は絶対に貴方を見つけてみせるから。

 

 貴方は私を、見つけてくれますか。


 ナイフの落ちる、音がした。

はじめまして、時藤 永雫です。

この作品、久々に読み返したのですが、表現がかなり単調ですね。

精進します。

どうぞよしなに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ