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討伐戦線、財務管理中。

作者: OwlKeyNote

「予算管理をミスると、破産する——戦場でもね。」

冒険者ギルドの会計士フィスカは、“財務破綻寸前”の冒険者たちと共に戦うことに。

剣も魔法も使えない彼女の武器は、冷静な計算と的確な資源配分。

さて、この赤字決算、どうひっくり返しましょうか

 

0. 迷宮収支分析


 これは、最悪の遠征だった。


 フィスカ・アウディットは冒険者ギルドの会計士として、遠征の予算管理と調査のために同行していた。


 二十代半ばの女性。機能的なジャケットには泥や血の跡があり、銀縁の眼鏡の奥で灰色の瞳が冷静に戦場を見据える。


 本来、戦闘に関与するつもりなど、まったくなかった。


 ——彼らが、計画通りに動いていれば。


 ‥‥会計士がこんな場所に来ることはない。だが、この遠征には限られた予算で最大の利益を出すための調査が必要だった。


 だから私は、この場にいる。まだ調査段階。


 だが、冒険者たちは完全に「破産」していた。


 「耐久力よりも、一撃の威力を優先するべきだ」と、攻撃特化の装備選択。

 「ここで押し切れば、消耗を抑えられる」と、短期決戦を狙ったポーション消費。

 「奇襲で先手を取る」と、大胆な攻撃策。


 すべて、これまでの経験と勘に基づいた、合理的な判断だったはず。


 だが、今回はそれが裏目に出た。


 戦闘が予想以上に長引き、装備は損耗、リソースは枯渇。

 撤退するにも、補給なしでは道中で力尽きる。


 予算的に詰んでいる。


 食料なし。武器修理不能。仲間は疲弊し、撤退の選択肢は消えた。

 しかも——最深部のボスを倒さなければ、出口は開かない。


 ……この遠征、完全に赤字案件デットエンド


1.財務破綻の戦場

 

——焦げた空気が喉を焼く。


炎獄の大食らい《バロル》が立ちはだかる。その異形の躯体は、漆黒の甲殻に覆われ、脈打つように紫の炎を噴き出していた。裂け目から漏れる光は不吉な燐光となり、焦げた大地に歪んだ影を落とす。


冒険者達はフィスカを背にし、最後の砦のようにバロルと向き合っていた。


オーウェンの剣は刃こぼれし、カイルの矢は弾かれ、ルナの魔力は残りわずかだった。撤退は不可能。彼らは背水の陣を敷くしかなかった。


ゴウッ!


紫の炎が爆ぜ、大地を焼き尽くす。視界が歪み、皮膚が焼けるように熱い。それでも、誰一人として退かない。


フィスカは静かに手帳を押さえ、目を細める。


——あと一手、何かが狂えば、全員が終わる。




「フィスカ、お前はここから逃げろ」

オーウェンの声は疲労と諦めが混じっていた。 肩で荒く息をしながら、砕けかけた剣を杖代わりに立っている。その目にはかすかに昔の戦いの記憶が宿っていた。


「バロルは俺たちが足止めする。お前は生きて、この遠征のことをギルドに伝えてくれ」


ルナは微笑み、震える手でフィスカにポーションを押し込んだ。


「あなたなら、有効に使えるはず……」


焼け焦げたローブが揺れ、杖を握る指先に微かな魔力が滲む。汗が額を伝い、力の限界が近い。それでも、ルナは震える唇で笑みを作った。恐怖を隠し、フィスカを安心させようとする意志が、その微笑みに滲んでいた。


カイルも苦笑を浮かべ、矢筒を叩いた。

「俺の矢はこいつには通らねぇしな。そうだ……」


そう言うと、カイルはポケットから白金貨を取り出し、フィスカのポケットにすべりこませた。

「俺のかわりに、羊亭のおかみさんにツケ、返しといてくれよ」


オーウェンが目を丸くし、血の滲む拳をぎゅっと握りしめる。

「何言ってやがる、こいつを倒していつも通り酒場で祝杯をあげようぜ」


唇の端を吊り上げたオーウェンの笑みは、虚勢とも強がりともつかない。それでも、その声には確かに仲間を奮い立たせようとする力があった。


ルナが小さく笑った。しかし、その肩は小刻みに震えいる。


「フフッ‥この状況で、それ言っちゃう?」


絞り出すような声。笑うことで、恐怖に押し潰されそうな自分を必死に保っている。


カイルは口元をほころばせながら、深く息を吐いた。


「お前が一番乗り気じゃねぇか。どうせまたあの甘い酒を頼むんだろ?」


震える指で矢筒を軽く叩く。わずかに響く音が、燃え盛る炎の音にかき消された。


戦場に響くのは、地を揺るがす轟音、そして仲間たちの荒い息遣い。


ルナはふっと息を吸い込み、頬を膨らませる。そして、震える唇で無理やり笑みを作った。


「……ええ、絶対にね。」


その言葉は、願いか、それとも覚悟か。


——たとえ、この身体が朽ち果てようとも。


——たとえ、魂が塵と消えようとも。


「またいつもの酒場で、祝杯をあげるんだから。」


紫の炎が戦場を染める中、彼らは互いを見つめ合い、かすかに微笑んだ——まるで、いつも通りの夜を約束するかのように。





フィスカは無言で眼鏡を押し上げた。



——ここで私を逃がして、彼らは死ぬつもりだ。







「…………」




フィスカの脳内で、費用案件と数字が爆発的に暴れていた。


ギルドへの報告書作成費用、二十枚以上の書類作成と証拠整理、目撃者の証言、死亡確認書、救出隊の編成費用、遠征クラスの冒険者五名を派遣、交渉費用と準備資金、魔法灯の貸し出し費用、遺体の処理費用、状況次第で火葬か埋葬、親族への輸送費込みで……親族が拒否した場合はギルドが負担……登録抹消費用、死亡時のギルド登録削除には申請手数料と手続き代行費がかかる、身元保証人不在の場合、ギルド負担——

フィスカの視界が、一瞬揺らいだ。


目の前の三人が「逃げろ」と言った瞬間から、フィスカの脳内では総額六桁を超える損失が弾き出され、止まらなくなっていた。


この遠征、ただでさえ予算オーバーなのに、まだ経費を増やすつもり!?


呼吸が浅くなる。


契約違反による罰則金、依頼主への違約金、信用低下による新規登録者減少、クエスト成功率の低下、ギルドの評価ランクの再査定……


死んだら、どれだけ金がかかるかわかってるの!?


「…………」


フィスカは、ぐわんぐわんと暴れ回る経費の数字を頭から振り払うように、大きく息を吐いた。


——ダメだ。これは、絶対に許可できない。


パチン、と手帳を閉じる。

次の瞬間——


「誰がそんな予算、承認したって言ったのよ!!」


オーウェンたちが、思わず固まる。


「「……予算?」」


オーウェンが呆れたように眉をひそめ、カイルは目を丸くする。


ルナが信じられないという顔でフィスカを見る。


だが、フィスカは構わず続けた。


「遠征計画の何割が“事後処理費”に消えるか考えたことある!?

救出隊の雇用費、死亡者の記録、親族への賠償金、ギルド登録の削除手数料、

国への報告義務、挙句、ギルドの信用低下による損失!!」


フィスカは、彼らを睨みつける。


「死ぬ方が高くつくのよ! 生きなさい!!」


燃え盛る炎の中、その言葉が鋭く響いた。オーウェンたちは言葉を失い、微かに揺れる影の中で立ち尽くす。



2.戦場の資産運用


 フィスカの言葉が、燃え盛る戦場に鋭く響いた。焦げた空気の中、誰もが息を呑む。


 フィスカは眼鏡を押し上げ、その奥の瞳に鋭い光を宿す。


 淡々とした声だが、その視線は明らかに冷酷で、ルナは思わず息を呑んだ。


——このまま従わなければ、フィスカに一生、お金を手にできない身体にされる。


そんな錯覚を抱くほど、フィスカの視線には容赦がなかった。


 「ルナ、バフはオーウェンだけに。」


 ルナは恐怖で硬直しながらも、頷いた。


 杖を握る手に力を込め、オーウェンへと魔力を集中させる。その瞬間、彼女の脳裏にフィスカの意図が閃いた。


 ——オーウェンに集中強化を施すことで、決定的な一撃を狙うつもり?


 ルナの目が見開かれる。彼女はただの補助役ではない。フィスカはこの戦場を計算し尽くしている。


 フィスカの指示に納得し、ルナはわずかに表情を引き締めた。


 「カイル、火矢を使って」


 カイルが戸惑いながらも、フィスカの眼を見て思わず矢を構える。


 「こいつには通らねぇだろ?」


 「当てなくていい。視界に撃って」


 カイルは理解できずとも、今は反論できなかった。


 その迫力に押され、矢を火矢に変えて、バロルの視界へと放つ。


 ゴッ——!


 燃える矢がバロルの視界を横切る。


 その瞬間、バロルの眼窩が激しく光り、紫の炎が矢に向かって放たれた。


 ズバァッ!!

 

 炎が火矢を呑み込み、空中で爆ぜる。


 視界が一瞬、炎と煙で埋まる。


 カイルが煙の向こうを睨みつけ、思わず息をのむ。


 「……これ、読んでたのかよ、フィスカ?」


 カイルが驚きながらも次の矢を番えた。


 「バロルは火に敏感なの。だから、炎を見るだけで過剰に魔力を使う」


 紫の炎を噴き出したバロルの動きが、一瞬鈍る。


 フィスカは冷静に次の指示を出す。


 「オーウェン、剣の刃はあと数回しかもたない。無駄に振らず、関節を狙いなさい。」


 オーウェンが拳を握りしめた。


 「……っし!! やるしかねえな!」


 バロルが咆哮し、巨体を動かす。


 フィスカは眼鏡を軽く押し上げ、手帳を閉じた。


「ここからは財務再建のフェーズ。投資すべき資産はオーウェンの戦力、不要な支出は全て削減する。利益を最大化し、負債テキのリソースを枯渇させ、支払い不能に追い込むのよ」


 フィスカの冷静な声が、焦げた空気の中に響く。まるで戦闘を数値で捉え、計画を実行するような口調だった。

戦いが再び動き出す——


3. 資産の即時運用


——黒煙が渦を巻き、視界を阻む中、耳を劈く轟音と金属が砕ける音が戦場に響いていた。

 

フィスカは、手帳の端に指を滑らせながら、戦場を見渡した。

 オーウェンの剣は砕け、

 カイルの矢筒は空になり、

 ルナは、オーウェンへのバフを維持できないほど、魔力が尽き掛けていた。


 すでに、幾度となく攻撃を仕掛け、凌ぎ、耐え、戦闘は膠着していた。

 呼吸は乱れ、動きは鈍くなり、戦力の減耗は避けられない。


 戦う手段は、すべて尽きた。


 だが、バロルも限界だった。


 黒い甲殻には無数のひびが走り、

 眼窩から噴き出していた紫の炎は揺らぎ、

 呼吸は荒く、巨体がわずかに揺れている。


 あと一撃。あと一撃さえ加えれば、勝てる。


 しかし、オーウェンの手にはもう、戦うための剣はない。


「……武器が、ねぇ……」


 そう呟いた彼の肩を、フィスカの冷静な声が押した。


「オーウェン、後退しなさい」


 オーウェンは目を見開く。


「後退!? いや、俺の剣は——」


「だから、一度戦線から外れなさい」


 カイルに視線を送る。


「カイル、援護」


 カイルは即座に短剣を抜き、それをバロルの眼前へと投げつけた。


 刃がバロルの甲殻をかすめると、魔獣は咆哮し、視線がカイルに向く。


 その隙に、オーウェンは後退。


「オーウェン、ポーションを」

 

 フィスカが、最後のポーションをオーウェンに投げ渡たす。

 オーウェンは空中でそれを受け取り、一気に飲み干した。


「助かった……でも、終わりだな」


 苦笑しながら、諦めた目でフィスカを見上げる。


 するとフィスカは、腕を振ってバロルの方を顎で示した。


 静かに、一度、二度。


 オーウェンは、怪訝な顔をする。


「……は?」


フィスカは無言のまま、オーウェンをじっと見つめた。


 オーウェンは視線を落とす。


 鋼のガントレットが、拳を包んでいた。


 カイルが、驚いたように息をのむ。

 ルナが、疲れた顔で小さく笑う。


 オーウェンは、拳を握りしめた。


 フィスカは、手首を軽くひねるように振り、

 もう一度、顎でバロルの方を示す。


「……は?」


 オーウェンは、一度、自分の手元を見た。


 もう一度、フィスカを見た。


 さらに、もう一度、自分の拳を見た。


 そして——

 

「いやいやいや、ふざけんなよ!?」


 肩で息をしながら、キレ気味にフィスカを指さす。


 フィスカは、オーウェンの批判を笑みで跳ね返し、

 眼鏡に手を当て、静かに伝えた。


「資産は使う為にあるのよ」


「…………」


 オーウェンは、無言で拳を握った。


 大きく息を吐く。


「……っし!! もぉぉぉぉおおおおおおおおしっっっかたねええええええええええええ!!!」


 半ばヤケクソで、全力で駆け出した。


フィスカは、すかさずルナに指示を出す。


「ルナ、ライト!」


「わ、わかった!これが最後よ」


 ルナは残っていたわずかな魔力で、バロルの視界を光で満したが、すぐにバロルの抵抗で霧散された。


そのわずかな時間で、オーウェンはバロルとの距離を詰める。


バロルが咆哮し、最後の力を振り絞る。


 巨体が動く。


 オーウェンは、それを正面から受け止めるように飛び込む。


 右足を軸に回転し、全身の力を拳に集めた。


 一撃。


 渾身の拳が、砕けかけた甲殻へと叩き込まれる。


 ひび割れた装甲が、音を立てて崩れた。


 バロルの巨体が、一歩、二歩とよろめく。


 紫の炎がかすかに揺れ、そして——


 膝をついた。


 地響きを立てながら、静かに崩れ落ちる。


4. 事後処理——会計士の本領発揮


「終わった?」


 オーウェンは仰向けに倒れ込み、荒い息をつきながら呟く。

 カイルは力なく座り込み、拳をじっと見つめて呆然としている。

 ルナは岩にもたれ、杖を抱えたまま微動だにしない。

 誰もが疲労困憊。戦闘は終わったのだ。


 そんな中、フィスカだけが変わらず立ったまま、静かに眼鏡を直した。

 ポケットに手を入れ、白金貨を取り出すと、軽く微笑みながら、それをカイルの頭の上に置く。


 「自分で渡しなさい。財務管理は、最後まで責任を持つものよ。」


 カイルは瞬きをし、頭の上の白金貨を指先でつまむ。

 一拍遅れて、肩で小さく笑うと、そのままポケットにしまった。


 オーウェンは天を仰いだまま、わずかに口元を歪める。

 「……そうだな。勝ったんだ。なら、いつも通り祝杯をあげるしかねえだろ……」


 ルナは力なく笑い、ゆっくりと体を起こした。


 ——だが、その安堵も束の間だった。


 フィスカはすでに手帳を開き、冷静な声で言う。


 「さて、ここからが本番ね。」


 「え?」


 「今回の遠征に伴う財務処理は、大きく二段階に分かれるわ。まず、通常の冒険者ギルドが負担する基本的な費用として、討伐報酬の支払いに伴う資金管理、各ギルドへ——」


 フィスカの淡々とした説明が続く中、オーウェンたちは次第に表情を曇らせ、最後には呆れたように笑った。


オーウェンが肩をすくめながら、深いため息をつく。


「戦場が終わったと思ったら、今度は会計地獄かよ……」


「——のために事前に投入された資金、さらには救援隊派遣費用、特別報告書の作成費用などが含まれる。これらすべてが、今回の遠征に関する会計処理よ。ん?」


フィスカは彼らの理解が追いついていないことに気付き、少し熱く語りすぎた自分を反省しつつ、コホンと咳払いをした。


「……これくらいは常識よ。冒険者ギルドの会計士が日常的に処理していることなんだから。」


オーウェンが額を押さえながら苦笑する。


「……マジかよ。こんなことも知らずに、俺たち今まで冒険してたのか?」


フィスカは呆れたように溜息をつき、手帳を閉じた。


「せめて基本くらいは理解してちょうだい。ギルドの財務管理は、私たち会計士だけで回してるわけじゃないの。現場の協力がないと、どれだけ帳簿を整理しても赤字が膨らむだけよ。次の遠征で装備や補給が滞っても困るのはあなたたちなんだから、しっかり意識してもらわないとね。」


カイルが両手を挙げて笑う。


「無理無理! 俺たちは戦うのが仕事だからな!」


ルナもくすくす笑いながら、フィスカの横に腰を下ろした。


「ほんと、フィスカには敵わないわね。」


オーウェンとカイルが顔を見合わせ、肩を落としつつも苦笑を浮かべた。


「 「……ギルドの会計士って、マジでこえー……」」


 フィスカは微笑み、静かにペンを走らせる。

 オーウェンたちはぐったりと座り込んだまま動かず、その横でフィスカのペンの音だけが、静かに響いていた。



戦闘が終わっても、会計士の仕事は終わらない。

戦利品の算定、消耗品の精算、無駄な経費の見直し……。

戦うより大変かもしれませんね。

また次の決算で会いましょう!

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