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6 加藤純一郎と申します

「……まずいな」


 とうとう人を殺してしまった。いつかやるとは自分でも思っていたが。まさかこんなに早くなるだなんて。


「あれ、でもここってよく考えたら異世界じゃん。なら別にバレなきゃいっか」


 よかった。前科つかなくて。


「じゃあな、名もなき死体よ。でも、これだけは覚えておけ。俺は何も悪くない。俺の目の前に現れたお前が全て悪い」


 倒れたままのヤツに合掌して、その場からずらかろうとしたその時。


「……ま……待ちなさいよ……まだ生きてるわ、よ。勝手に殺さないでちょうだい……」

「え? 嘘! う、嘘つき! お前はもう死んだんだよ!」


 そうだ、生きているはずがない。あれだけ派手に轢いたんだ。もし、もし仮に生きていたとしても、厄介なことになる。下手すりゃ豚箱行き。となればもう……死んだんなら同じだ。もう一回殺そう。俺は手近にあったバイクの部品でとびきり硬質な物を手に取る。


「お前には悪いが、ここで……」

「何があったのか知らないけど助けてくれないかしら? あたし、森の毒キノコを回収してたらここで倒れてて……なんにも覚えてないのよ」

「え?」


 もしかししなくても、これは好都合すぎやしないか? 覚えてないって言うなら、サツにしょっぴかれることもないし、むしろ助ければ感謝されるまであるぞ。これはしめた。俺は持っていた部品をすぐさま手放し、目の前の患者に駆け寄る。


 患者はガタイが良く、上半身裸で、頭に角のはえたフルフェイスマスクを付けている変人だった。酷く傷だらけで、もう死んでもいいんじゃないんですかってぐらいの血が溢れ出ている。


「うわ! 大変だ! あなた酷い怪我してるじゃないですか! 一体誰がこんな……」

「あ、あなた助けてくれるの!? まさかこんな優しい人がこの世界に居ただなんて……涙が出ちゃうわ」

「なんでですか? 普通人が倒れてたら助けるのは当然ですよね!? ましてや、自分で加害しておいて逃げるなんて人間の屑がこの世に居るわけがないじゃないですか!」

「うぅ……あなた徳も高い上に、いい男で本当に涙がでてきちゃった。」


 なんだこいつ、ほmか? きっしょ。


「いえいえ、どうしてもお礼がしたいっておっしゃるなら飯でも奢ってくれれば、貸しはチャラで」

「え? あ、そうね……」


 適当に会話している間に俺の医療技術で怪我を治していく。死んでさえいなければ、俺はどんな病気でも治せるレベルに成長していた。自分を治療したのが大きかったのだろうか。


「はい、じゃあこれで終わりっ!」

「すごい……あんな大怪我こんな一瞬で……」

「なんてことないさ、こんなの」

「いいわね……あんた本当にいい男ねぇ……」


 魂が抜けたような表情で、ただ俺を見つめているオカマ。絵面としてはなんか笑えるのだが、今は笑っちゃいけない雰囲気だった。ゾワッ。


「……そういえば名前を聞いてなかったわね。あなた、何ていうの?」

「俺は加藤純一郎、名前だけでも覚えて帰って頂ければな、と思ってます」

「変わった名前ね? カトウジュンイチロウ? なんかもっとこう呼びやすい名前にしない?」

「あ? てめぇ人の名前にケチつける気か? 親から貰った大切な名前に! このカマホモやろうがよぉ!?」

「ご、ごめんなさい! 本当にそんなつもりじゃなかったの! ただ本当に呼びづらいって思ったから……」

「チッ! じゃあいいよ。純ちゃんで。そのかわりお前の名前も教えろや!」

「そうよね、あたしも名乗らないと。あたしはね……」


 そこまで言いかけたところで、急にオカマの口が止まった。俺の方を向いて、まるっきり放心状態になっている。一体どうしたってんだ。その根源を確かめるべく、後ろを振り返る。


 ギイヤァオァッァア!!


「あっ……ががが?」

「こっち! 逃げるわよ!」


 目に映ったのは、俺の視野の全体を覆ってしまうほどの図体の持ち主。頭は虎、胴体はワニ、手足は像。とてつもないサイズの怪物……いや、キメラだ。


「おいおいおい! なんだよあいつ!? ここに居て、いままでこんな奴見たこともないぞ!」


 俺は必死にオカマの後を追いかけながら、話しかける。こいつ思った通り速ええ! 僅か10数秒走っただけで、かなりの差ができている。オカマも俺が想像以上に遅いと分かったのか、キメラに追いつかれない程度のスピードに緩めて、こちらに応える。


「おかしいわね。あいつは餌があればどんなとこでもやってきて食べちゃうのよ。あっ、でもあまりにも人とかけ離れてれば、餌って認識されないこともあるらしいわ」

「それ、俺が人外認定されてるみたいでムカつくんだが!」


 まぁ、土とか食ってたりしてたから、そのせいもあるかもしれないけど。


「あとそれに、動いている獲物を狙う習性もあるわよ! つまり二人で居たときに、オロオロしている方が真っ先に食われるわね」


 どこの国でも異世界でも、弱そうな奴がすぐ殺されるのか。恐ろしい。


「はっ、はっ、はひぃっ、それにっしてもっ、あいつ遅えなっぁ」

「足は速く走れるような構造じゃないから歩いても逃げられるわよ」

「ふざけんな! じゃあなんで走ってんだよ! 無駄骨じゃねぇか!」

「そんな怒んないでよぉ。ほら、前見てごらんなさいよ」


 そう言われ顔を上げると、いつもは木漏れ日しか射さない光が、空に堂々とサンサン輝いていた。それとセットで、青く輝く空に白く幻想的な雲。


「わぁ……綺麗だぁ……」


 久しぶりに見る太陽に、俺は感動せざるを得なかった。足元を見ると、すぐ下は崖になっていて、勢いよく川が流れている。自然を感じさせる風景だ。


「どう? ここあたしのお気に入りスポットで、心が和むの。ずっと森に籠ってたって言うんだから、逃げるついでにここに連れてきちゃった!」

「あぁ……いいな……」


 しみじみと生きていることの実感を感じた。サイコーーーーー!!!


「あぁ、まだ名乗ってなかったわね。あんなバケモンが出たもんで、すっかり忘れちゃってたわ。あたしは……」


 ギイヤァオァッァア!!


「この声は……」

「あらら、ここまで追ってきたっていうの!? しょうがないわね、とっとと町に行──」


 俺たちは、崖の前まで追ってきたキメラから逃げるべく、崖の左方向にある道に急ごうとする。


 ギイヤァオァッァア!!


「う、嘘!」


 突如、逃げようとした草むらから、もう一体のキメラが飛び出してきた。


「こ、これまずいんじゃないか。挟み撃ちにされたらひとたまりも……」

「まずいとかの問題じゃないわよ! このままだと死ぬわ!」


 はぁ、また俺は死ぬのか……でもこういう状況になって死んだことねぇな。だとしたら何か打開策が……あっ! 閃いた。


「まずいわよぉ……まずいわよぉ……」

「飛び込むぞ」

「え? 飛び込むってどこに……」

「崖だよ、ここに行くしか助かる術はねぇ! ほら、構えろ!」


 そうこう言ってる間にも二匹のキメラはジリジリとにじり寄ってくる。


「ちょっと、急にそんなこと言ったって……」

「考えてる時間はねぇ! いいか? 俺が合図をする。一二の三で飛び込むんだ!」


 オカマは俺の気迫に怯んだのか、無言でコクっとだけ頷いた。その隙に完全にキメラは、俺たちに狙いを定め捕食モードへと移る。もう食われるまで数十秒前といったところだ。


「行くぞ。一、二の……」

「最後に一言言わせて。もし、あたしたちが生きて再会出来たら、一緒に漫才をしましょ! コンビ名も考えてあるの! 『ネオヒューマンビーンズ』! あたしの名前はゴリラ! 死んでも忘れるんじゃないわよ!」

「三!」


 その瞬間、ゴリラ(・・・)は飛び降りた。


 後を追うように、キメラ二体はゴリラ目掛けて一緒に崖に落ちてった。


「一言が長えんだよばーーーーーーーか!」


 そう、俺はさっきゴリラが言っていた、キメラの動く獲物を狙う習性というのを信じて、一か八かゴリラ一人だけを落とし、こうして傷一つ負うことなく助かったのである。よかった、俺が生きてて!


 というか、胴体はワニなんだから水にも強いに決まってんだろ。川に逃げ込んだところで、何の意味もねぇだろ。


 その川にキメラと共に落ちたゴリラに思うことは特に何も無い。無だ。無。出会って1時間程度の他人に同情も何も、ねぇ……ま、せいぜいご愁傷さまですぐらいか。


「飯を奢ってもらう約束は無くなっちったけど、町にでりゃ、ここよりはマシな暮らしができるだろ」


 俺は、森林から抜け出し、次の拠点となる新天地へと一歩を踏み出した。ここまで道案内ご苦労さんという感謝の念を川に送りつつ。

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