5 お前らに見せてやるお!本当の人殺しを、な。
「あっ、かつぅっか、しゃぅ、ひぃ、速すぎるだろあいつ……一人で競歩の練習しないでください!」
俺が遅いのか、この世界の住人が速いのか、はたまた俺が衰えたのか。どれも該当しそうなんだが。俺がめげずに走っているというにも関わらず、俺以上のスピードで歩いているのを見ると、無性に腹が立つ。ちょっとは気遣いって言葉を学べな!?
「どうにかして、追い付けねぇのか……」
今しがた投げ飛ばしたリーフヘルコンドルは何の成果も上げず地に沈んでいる。まあ、これはしょうがないっちゃしょうがない。最初から期待なんかしてなかったし。そう、最初からな。
「どうすりゃいいんだよぉ!」
拳を地面に叩きつける。感触はやけに冷たく、それに甘受するように体も自然と地に伏せていくのを感じる。底知れぬ絶望が俺を襲う。このまま、草しか食べずに俺の人生は幕を閉じるのだろうか。
やだ、そんなん絶対やだ! でも、唯一の頼みの綱はあのキノコ泥棒の奴だけなんだ。あいつに追い付くことができれば、森を抜け出せる方法が……
待てよ、そういえば、確か困った時に使えって親父から教わった奴があったな。いまもって覚えてるぞ、あれは……
「木で作れるバイクだ!」
そうか、あの方法があったか……バイクを自作すれば労力も使わずにあいつに追っ付くことだってできる。木工の経験は無いが、親父に死ぬほど作り方については仕込まれた記憶が確かに残っている。
そう、あれは俺が小学校4年生の時だった……
「おんりゃあああああ、今帰ったぞおおおお」
「まあまあ、そんなに酔っぱらって、少しはお酒控えたらどうなの?」
「うるせえ! 女は黙ってろ! パシーン」
「ひいいいいい! ごめんなさいいいいい!」
「俺に指図なんかするからそうなるんだぁ! お前は黙って家事してりゃあいいんだよぉ!」
昔からとんだ飲んだくれだった親父は、酔って帰るといつもこうだった。お袋は毎回何かにつけて殴られ、見てる方が可哀想なほどだった。でも、お袋はいつも笑ってた。どんな時……なんで俺はDVの回想してんだ? 何の話だっけ?
あっ、木工バイクだ。そうだ。親父は酔って帰ってお袋を殴った後に、俺の部屋に来て夜が明けるまで、その時仕事で作っていた木工バイクの話を永遠と語り続けるんだ。まーじで、気が狂いそうだった。俺も最初のうちは気になって聞いていた。
しかし、それは本当に最初だけだった。一日中語り尽くしたと思ったら、親父は仕事に行く。その日にまた最初から聞かされる。夜が明ける。そしたら、親父は仕事に行って、帰ってきて、最初から聞かされる。
耳を伏せても、聞こえてくるバイクの説明。我慢できなくなり寝るのを試みたこともあった。親父は話に夢中でバレはしないが、当然のように夢に出てきて、また聞かされる。何度も何度も。虐待より酷いとずっと思ってた。まだ殴られてるお母さんの方が羨ましいと……
そんなことが半年程続いたある日、親父はぱったりと木工バイクの話をしなくなった。それと、関係があるか分からないが、木工バイクの話をしなくなった日から何故かは知らないが、親父は平日だろうと昼間だろうと家にずっと居るようになっていた。何故かは知らないが。
まぁ、なんやかんやあってな。木工バイクに関してはあれから二十年経った今も一字一句忘れることなく脳裏に鮮明に焼き付いている。全人類より頭一つ抜けて詳しいだろう。
ただ、未だ実際に作成したことは無い。本当に機能するのかは分からない。でも、モーターやあーだこーだも木で作れるって凄ぇよなぁ。何気に異世界よりウチの親父は凄いのかもっ知れない。これっっっっぽっちも尊敬はしてねぇけど。
「とりあえず準備するか……」
「まず、そうだな。フレームから作っていくか……内部は後回しでっと……」
近くの樹木を拾い、どんどんと集めていく。大小様々な形の木がそこらに転がってる。全長一メートル近くある木もあった。こりゃ、好都合だ。速けりゃ10分掛かんねぇぞこれ。
黙々と木を集め、材料分の木材は一通り手に入った。
「これだけあれば、大層なもんが作れんだろ。よし、組み立てからいくか!」
バイクを組み立てながら、親父に言われたことを思い返す。サプレッサーを作るときはああしろだとかタイヤは木でも弾力を出せるようにあれがこうなれとか。
普段はいいかげんな人だったが、仕事の話になると、真剣な表情で取り組んでいたのはちょっと、かっこよかった……かもな。
今じゃ、無職の呑んだくれの人間の屑だが、世話にはなっていた。もし、ここからいつか出れたなら顔出しに行くか。二度とバイクの話だけは聞きたくないけどよ。
「ここをこうして……と、できた!」
タイヤ、フレーム、内部の部品が揃った。どれも木でできているとは到底思えない出来映えだ。後はこれを接着するだけ……接着……?
「まずい、ボンドなんて持ってきてねぇ」
さすがに接着剤無しで、全てを木で作るということは不可能と言う他あるまい。どうしたもんか……
「まぁ、唾でいっか」
粘着力としては不十分かもしれないが、本当に僅か短時間使うだけだ。一時凌ぎとしてはギリギリ許容範囲だろ。
部品をペロペロ舐め回して、唾液が枯れるほどの量をなすりつけて回る。はぁ、これだけ部品が多いと、脱水症状で死にそうだな……今、この世で死に一番近い人間の代表になれるやもしれん。
「よぉし……できぃたぁ」
色こそ無いものの、プラモデルのように丁寧に作り上げた俺の子供だ。めちゃくちゃ愛着が湧いた。あれだけ聞かされた親父の話も、無駄にはならなかったってことか。ちゃんと子供の時の苦労は報われるんだな、ナイタ。
「じゃあ失礼して……」
俺は木工バイクを傷つけないように細心の注意を払い、サドルに座る。
「ふあぁぁっ、座り心地まで良い……本当に木か、これ!」
俄然、テンションが上がってくる。よーーし、このままあいつの元へ一直線だ! まだそう遠くは行ってないはず。鍵は作ってないのでそのままエンジンを付け、試しに、半クラで走行してみる。果たして動くか……
ぶおおおおおおおおん!
「きたあああ! いける! これなら!」
問題の接着も大丈夫そうだ。俺の唾液がしっかり生きてる。さあ、あっちゅう間に追い抜くぜ!
「アクセル全開! いざゆかん!」
ぶおんぶおんぶおん! まいしてぶーーーーーーん!
「はえええええ! 時速120kmは出てそうだ。いいぞいいぞー」
肩を突っ切るような風が吹いては、止み、吹いては止みを繰り返す。これが絶妙に俺の快感をくすぐる。きもちいいいいいいい!
「おっ、居た居た! おっそww歩くのおっそww」
もはや止まってるようにも見える例のあいつを全速で追いかける。距離はどんどんと縮まり、数十メートル位にまで迫っていた。
「よし、そろそろブレーキだな」
そう思い、前のブレーキを握り締めようとしたその時だった。
「あ、あれ?」
ブレーキを握るも止まる気配が無い。後ろのブレーキも踏み込むが、こちらも止まる気配が無い。
「……ブレーキ取れた」
更に強く握ろうとしたら、ポロっとブレーキは落ちた。ああ、もうちょっと唾足しておけば……後ろのブレーキはずっと踏み込んでいるが、なんでだろう、感触が無い。そっと、足元を見ると、本来あるはずの位置にブレーキは無かった。
「…………」
何も言葉が出ない。例のやつはもう、すぐ目の前に居るしな。降りれもしないし、声だけでも掛けておくか。
「初めまして! こんにちは! さようなら!」
ドオオオオオオオオオン! ガッシャンドッシャン!
「あーあ^^轢いちまったよ^^」