4 ぼくのはなし、きいてよ!
「海は広ーいなぁ!? 大きーいなぁ!?」
ここは森だけどねぇ!? 元気よく大声で歌を歌うも虚しくなるだけだった。誰も聞いてないっちゅうに。
この世界に来てから恐らく三ヶ月程が経っただろう。
最近は食べるものも無いので生えている草を食べていましたら、てんとう虫みたいなのが混じってましてねぇ。めっさ旨かったです^^
近々の食生活というと朝飯、木の幹or地面に生えている草(オーソドックスな主食)。昼飯、木の上の方にある葉っぱ(ちょっと甘くて旨い)。晩飯、土(腹持ちは一番良い)。これで多分一生暮らせると思う。一生な。
こうして俺は自然の循環と共に生きることにした。これが本当の植物人間だな。たのしいいいいいい!
「ああ、雑談してぇなあ……飯でも食いながらあいつらと雑談がしてぇよお」
駄目だ、こんな叶いもしない妄想ぶちまけてたって……ん? 待てよ、雑談だったらここでもできるじゃねぇか!
「はーい、じゃあ雑談しまーす。草共聞いとけな?」
そうだ、植物と雑談すればいいんだ。俺は地面にうつ伏せに寝そべり、草を根本から引きちぎる。土もたっぷりとつけ、それをおもむろに口へと運ばせていく。草独特の臭みが口いっぱいに広がる。薬草ってこんな味なんかなぁ。
「それにしても今日は一段と苦味が効いてんな。喉に残る後味だ。では雑談タイムと洒落込みますか!」
こうすれば飯を食えると同時に、俺の腹の中で雑談を聞いてくれる頼もしい仲間が増えると一石ニ鳥なわけ。
「あ、あ、テステス、どうも、あー、まずはどの話すっかな。あ、そうだ。えーとね。この前ね」
──「てめぇが悪ぃんだろうが、てめぇがよぉ!? だから、俺はそのまんま顔面引っぱたいてやったよ! てめぇみてぇなバカは、一生防空壕引き篭もってろって。……よし、今日はこのぐらいにすっか! もまえら全員死んで出直してこいなー」
小一時間程話し、一通り満足したので雑談を終える。いやー、久しぶりにやると面白いもんだな。丁度草も俺の腹に消化されただろうし、死ぬ前に俺の雑談が聞けて本望だろう。
「さてと、森の散策でもするか」
トテトテと、森の中を歩き回る。辺り一面知り尽くした景色ばかりだ。もはやこの森は俺の通学路と成り果てていた。半径100kmまでならほぼ熟知している。
ここから2.5km東に行けば唯一の貴重な水溜まりがあることも、西に45km進めば3日に一回生えてくるベニテングタケがあることも。
ベニテングタケ程度の毒であらば、もう体が勝手に排出してくれるようになったので安心安全快便。でも、痺れるやつだけはまずい。
今日は前回のベニテング採取から3日が経っている。そろそろ再び生えてくる頃だろう。早速取りに行くか。……だけど、本当にいいのか? 俺はこんな生活送ってて。
ゴミのように生き、ゴミのように死ぬ。これじゃあ前までとなんら変わんねぇじゃねぇか。俺はこの世界を一世風靡するんじゃなかったのか!
「……明日から考えよう」
困ったときはこれに限る。今日はベニテングタケも待ってるし、ボヤボヤしてらんねぇしな。時間は腐るほどある。焦ったって何の成果にも結び付かない。だから働くなよ。って、親父も言ってたし。俺は西のキノコを狩るべく出発した。
──「今日の記録は5時間38分ってとこか」
前と比べると格段に速くなっている。45kmをこれって、フルマラソンにも出場できるんじゃねぇか? 速すぎてちびった。
「きたああああ! ベニテングタケだあああああ!」
俺は持ち前のホークアイで、前方500m先にある例のキノコを発見する。まがまがしい色の物体は、付近の植物達の色も変えてしまうんではないかという勢いで異彩を放っている。空間が歪んでら。本当に食べ物かなぁ!?
「今日はキノコ鍋じゃ! いざ出撃!」
すかさずハリのあるダッシュでターゲットへと迎えに行く。もうちょっとだ。もうちょっと……300mくらいにまで距離を詰めたところで、不意に不審な人影が横切る。
「!? なんだあれは……」
木の間からひょいっと顔を出した人物は、ブツブツ何か言いながら、ゴミ拾いをするときに使うアレで、ベニテングダケを、栗拾いをする爺が背負っているような籠に放り込んでその場から立ち去ろうとしていた。ちょっと、ふざけんなこいつ。
「お、おい! 待てえええ! くんぬやろうおおおお、てめぇそれは俺のもんだろうがよおおおお!」
これまでの人生で一度も出したことが無いほどのスピードでその人物の背中目掛けて突っ走る。近づくにつれ何を喋っているのか明確に聞き取れるようになってきていた。
「はぁ、こんなとこにもあったのぉ……毒キノコ回収ルートにここも追加しとかないと。毎日取ってるのにドンドン生えてくるし、ここの区域の生き物はみんな死んじゃうしどうなってるのよ……」
「てめぇ、てめぇ、待てよおお、待ってくれよおお! お前がキノコ取ってたのかよ。てめぇこっちは死にかけてんだよ! それに、そのベニテングタケはぼくが今日楽しみにしてたご飯なの! ねぇ、ぼくのはなし、きいてよ!」
しばらく大声なんて出していなかったのもあって精一杯呼び掛けるが、これが限界か、木々が揺れる音ですぐにかき消されてしまう。こっちの声は聞こえねぇのかよ畜生! 何とかして止めねぇと……
何か策は無いかと思考を巡らせていると、不意に生えている草が俺の視界にフェードインしてきた。あ、草を丸めてボールにして投げ飛ばせばいいんだ! そして、あいつの頭に直撃させる。悪魔的発想だ。
超人的な思考速度を素に、すぐさま行動に移すべく、地面に生えている草を片っ端から集めて団子状にこねこね丸めていく。
食べ物を投げるのはなんか勿体無い気もするが、今はうかうかしてらんねぇ、着々と団子状になっていく草に新たなる草を追加し更に丸めて、丸めて、質量を増やしていく。
「よし、こんなもんか。でも、肝心の奴は大分離れちまったな……」
距離としてざっと150mぐらいか。イチローでもきついなこれ。しかーし、これはただの草で出来ていて、重力に服従することなく、風に乗せることができる。
この森を熟知した俺ならば、どの風力、タイミングに投げればあいつに的中するかなど容易に予測できる。質量あーだこーだの法則。
「ピキーン! きた、今だ!」
頭上にひらめきの電球が光り、それと同時に北方向に大きな風が舞い降りた。俺は、花山が殴るときのあのポーズで草の大玉を、投げる!
何重にも巻いて両手に収まりきらないぐらいの大きさになった草は、その大きさとは裏腹に、いともたやすく風に乗りフワフワと宙を漂う。よし、こいつの名前は今からリーフヘルコンドルだ。
「きたきたきたきたあああ! そのままあいつをぶち殺せ! リーフヘルコンドル!」
趣旨が変わってきたがもうどうでもいい! 空を漂うリーフヘルコンドルは、フワフワしながら上昇気流と共に奴の体へと吸い込まれるように直進していく。
フワフワしてるのを見ていると、なんだか俺までフワフワしてきた。いやぁー、これならもう大丈夫だろうな。やっつけるまで寝てるか。走ってきた疲れもあって、倒れ込むようにフカフカの草原に飛び込んだ。
「はぁー、何かもう疲れちまったわ」
それにしても、森ってのは居心地がいい。いつまでもこうしていたいぐらいだ。ウトウトと眠りそうになるが当初の目的を思い出した。
「あっ、リーフヘルコンドルは……」
見ればあれだけフワフワフワフワしていた草の弾丸は、目の前の木に乗っかるようにあっさり墜落していた。
「あーもう! まじでおもんな! クソおもんな侍!」
クソ、誰だよこんなゴミ作ったやつ。第一、草の分際で俺の視界に映るんじゃねぇゴミが!
結局走って追いかけることにした。