3 劇場版ネオヒューマンビーンズマジで廃止のお知らせ
俺がこの世界に来て約二週間が経った。あれから道という道全てを探索してみたが、どこに行ったって森が永遠と続くだけだった。
「あぁ……帰りてぇよぉ……なんでこんなとこに残る決意なんかしちまったんだよ」
今の俺はとても人様に見せられるような姿ではない。髭はボボボーボボーボボーに伸び、見た目はもう瀕死の悟空状態。ここ数日はほぼ何も食べていないので、両腕は白ゴボウになっていた。元からではない。
「最近飯を食ったのがいつだっけなぁ、確か3日前の蛍が最後か」
そこら辺に浮いている生物はみーんな食ったので絶滅しました。生命? 馬鹿かよ。俺の生命が一番大事だろうが。
ただ浮いている生物以外にめぼしい食料は居ないので、完全に路頭に迷っている。その辺に生えている草も食べてみたが食料ではなかったのだろう、下痢になって出てきた。
「こんなクソみたいな世界でどうやって生きていけっていうんだよ。まじでリモザード」
だが、今俺が心配しているのは明日の無事ではなく今日の食料だ。適当なもんを早く探さねぇと。ちなみに蕎麦はとっくに食った。立ち食い蕎麦ごっこしながらな。
俺は食料を探すべく、おぼつかない足取りで、辺りを駆けて回る。しかし、理想的な食料など全くと言っていい程見つからない。これならまだ無人島とかに漂着した方が良かった。
「ん? あれは食いもんじゃねぇか! やった、やった!」
俺は木の根本に生えているマリオみたいなキノコを発見した。明らかに毒キノコだがどうだっていい。食えればな!
直径20cmはあるであろうどでかいキノコに駆け寄り、手掴みですぐさま口に放り込む。腹が減りすぎたから噛まずにそのまま飲み込んだ。
「うーん、随分と痺れる味だ……麻痺属性だな。うん? あれ、体が……」
俺はキノコを食ってすぐさま自分の体に違和感を感じる。違和感というより異変……あ、あ、あ、しびれるううううううう! 徐々に体の痺れは強くなり、しまいには動けなくなった。
ああ、俺はこうやって死ぬんだな。まあ、ここで暮らした二週間もそう悪くはなかったよ。来世の望みとしては女にだけは生まないでくれ……
意識が遠のいてくる。あ、あ、あ、あ、、あ、、、、、、、なんか遠くで笑い声が聞こえた。死に際の走馬灯ってやつか。そんな笑い声は次第に大きくなっていき、耳をつんざく程になる。
なんなんだよ、うっせえなぁ。死ぬときぐらい静かに……いや、これは俺の笑い声だ。タイムシフトでも散々聞いたし、何より聞き慣れている。でも、普段より幼く聞こえるなぁ。なんでだ……? その時、突然俺の脳内に映像が流れ込んできた。
『ねぇ、お母さん。将来の夢っていう宿題出たんだけどさ、何が良いと思う?』
『んー、純ちゃん。そりゃあ自分のしたいことを書きゃあいっぺよ』
『したいことなんてねぇんだよぉ! なんになりたいとか、そういうのがねぇんだけんよぉ……』
『そうかぁ、でも純ちゃんは友達が傷付いた時に誰よりもその子を救おうとすんべ? チェックが死んだ時も葬式に行ったのはあんただけだがや』
『チェックはまだ死んでねぇよ』
『そうだったっけ。でも純ちゃんが優しいのには変わりはねぇっぺ』
『したらば俺、医者になる! 誰だって、お母さんだって……救えるぐらい立派な──』
会話はそこで途切れた。そうだ……俺は医者になるのが夢だったんだ。誰だって救える……そのために人一倍努力した。看護師にだってなった。でも、肝心の医者にはなれていない。それは夢を途中で放棄したのとなんら変わらない。
……じゃあ今から医者になればいいんじゃねぇか? そう、誰だって……文字通り自分自身も救える医者に!
「そうとなりゃこんなところで死んじゃいられねぇ! 治してやる!」
つい先程まで意識も朧気だったのになぜか今だけは体が自由に動いている。辺りを見渡し、手頃な木の枝を発見した。その木の枝を手に取り、地面に思いきり叩きつける。すると、木の枝は鋭利な刃物へと変貌した。
「うん、これぐらいで丁度いいな」
その次に俺は、地面から長めの草を引っこ抜き、先端を尖らせ、何本か横に並べていく。
「よし、これで準備は完了だ。始めるとするか。これより、『加藤純一朗式毒キノコ切除手術』を行います」
そのセリフと共に俺は鋭く尖った木の枝を手に取り、ヘソにぶっさした。
「がっ、! かぁぁぁっ!」
尋常じゃない程の痛みが腹に走る。正直麻酔無しの切開なんて聞いたことが無い。だが、それでいい! 耐えてやるぜ、いくらでも!
「手元が霞もうが、体が震えようが。それぐらい気合いでどうにかなんだよおおおおおおお!」
俺はぱっくりと割れた腹に手を突っ込み、手探りで毒キノコを探し回る。くっそぉ、どこだぁ? 何度かかき回していると、ゴリッとした感触が手に伝わる。よしっ! これだな!
丸みを帯びた物体を掴み取り、強引に外へと引っ張り出す。その正体は……蛍だった。
「ちげぇ! てかまだ消化されてなかったのかこいつは!」
残念な結果かと思いきや、3日前の蛍が残っているということはだ。直近に食べたキノコだってまだ消化されていないはず! よーーーーし、堀り当ててやるよ、幻の秘境をな!
回収した蛍は勿体ないので再び口にパク。あっ、ちょっと胃液が混じって酸っぱいけどいけるな。
蛍を堪能したところで、二度目となる胃への異物挿入を始める。辺りを掻き分け掻き分け、キノコを探す。どれだどれだ! そして、蛍の時よりもかなりデカイ感触が伝わった。
「ついに来たか……運命のディスティニーが!」
手で触ってみたところ、フォルムもそれらしい形をしている。これはきたんでねぇかぁ!? 嬉々としてそれを引き抜こうとした瞬間、突然体に鈍い痛みが走る。
「クソッ! もう時間切れか……痛い痛い痛い!」
最初から越えていたはずの限界がここにきて終わりを迎え始めた。麻酔無しの自分でやる手術ってだけで世界初快挙だ。よく、頑張った方、だ、ろ……
……ここで死ぬのか。
「それでいいのか! お前は医者になるんだろ!」
叫び声が聞こえる。紛れもない俺の声、しかも泣き叫んでるような声色だ。ははっ、自分で何言ってんだ俺は。恥ずかしい、もう夢なんか追う年じゃないってのに……
「違う! まだ諦める年なんかじゃねぇだろ!」
何が違うんだ。33にもなって未だに夢だなんて物にすがっているから、いつまでたっても人として成長できなかったんだ。その結果がこのザマだ。
「夢は諦めないから叶う! お前は理由をつけて夢を諦めただけの敗者なんだよ!」
ああ、うるせぇなこいつは。そもそも医者になってどうすんだよ。人を救って何が楽しい。自己満で他人を救って優越感に浸っているだけだろ?
「何言ってんだ! 人を救うことに理由なんてあるわけねぇだろうがよおおおおおおお!」
ふっ、フフッ、そうか、そうだったな。……待ってろ、まだ俺を殺すわけにはいかねぇ。そうだ、もうちょっとだけ俺も夢を見させてもらうぜ……!
「だりゃああああああああああああああああああああ!」
気付いたら俺の右手には毒キノコが握られていた。
「よし、後は……」
ここで俺は用意しておいた鋭く尖った草を切開した腹に差し込み、縫い付ける。裁縫の要領でギュルンギュルンと凄まじい速度で草が巻き付かれていく。そして、ガチッと音がして俺の腹にくっついた。
「……これにて『加藤純一郎式毒キノコ切除手術』を終了します」
そのまま俺は地面にひれ伏し、泥のように眠り込んだ。
──お母さん、なれまんた。俺は立派な医者になれまんた!