1 ネオヒューマン・純一郎
「パチッ」
……今何時だ? 俺、加藤純一郎は傍にあった時計を手繰り寄せ、時間をチェックする。
がっ……もう昼か。ちょっと寝過ぎちまったな。昨日は確か……そうだ、朝まで生放送やってたんだ。じゃあ、この時間に起きるのも無理はないか。
うーん、今日はどうしようか。
昨日の夜更かしが堪えたのか、立ち上がろうとするも、少しよろめいてしまう。部屋には脱ぎ捨てた靴下、昨日食ったカップ麺のゴミやらなにやらがあっちこっちに散らばってる。
俺は立ち上がってからキッチンの方へと歩き始める。しかし、突如腹から虫が蠢くような音が響いた。まさか発作か!? 絶え間なく鳴り響くその音に、救急車を呼ぼうかと思ったが、ただの腹の音だった。
あーあ、クソ紛らわしいわ。
「確かに朝飯なんか食ってもいねぇし、昼飯も考えてねぇな……よし、セブン行くか!」
朝飯やら昼飯やら合わせてブランチやらを買いに俺はセブンへ向かうことにした。
──着いた。セブンに着くまでの外気はそれはもうとんでもなかった。体感45℃、外気が風呂よか暑い。
しかし、それもつかの間で、セブンに入った途端俺の体は浄化されるように体中の熱がスー-っと消えていった。
やっぱどこか行くとしたらコンビニだよなぁ。今度デート行くときもここに女引き連れてくんべ。金も掛からないしええなぁ!?
特にここのセブンは格別だ。品揃えも良く、安く、はたまた美味しいと、三拍子揃った完璧な店だ。おかげでこういう平日の昼間なんかは、ニートとかサラリーマンのゴミ共で溢れている。
ここは俺のセブンだぞ、どっか行ってろ! 大人なのでそんなことは言えないが、密かに心の片隅で思っていた。
まぁとりあえず飯決めっか。そうだな、今日はさっぱりしたもんが食いてえ。店の食品棚にチラッと視線をやると、冷たく冷やされているであろう麺類が『僕たちを食べてー』と、俺に語りかけてくる。可愛すぎて全員食いたくなってしまうが、そうは問屋が卸さない。ここは一つだけ選ぶことにした。
「じゃあ、そこの食べて欲しすぎて今にも棚から落ちそうになってる君! 採用!」
俺がひとたび声を掛けると、選ばれた蕎麦だけじゃなくて周りに居た麺類、あと、ニート共もザワザワ騒ぎだす。
全く、少しは静かにしろよ。ここはコンビニだぞ!? 俺は蕎麦を手に取ると、周囲の喧騒から目を背けて走り出した。万引きじゃねぇからな。
その時だった。なんと、特に強調して言う必要もないが、足元にカマキリがいた。ただそれだけ。
「でも、なんでこんなところに……」
セブンの中にカマキリが居るとか、俺がクレーマーなら店員を即刻店内の衛生管理を怠った罪でクビにさせるぞ。でもよかった。俺がクレーマーで。
「おいコラ! てめぇよ、店内にカマキリがいたんですけどぉぉぉぉ? どうしてくれんのよ、バイトくん! ここは責任を持って自主的にクビを……って、え!?」
「お客様、大変申し訳ありません、バイトのやまだひ左衛門です。責任を持ってそこに居る女をクビにします」
「えっ、私!?」
やまだはその辺で棚卸しをしている女を指差してクビにする。しかし、クレーマーの俺はこんなことでは怯まない。
「嘘!? こっちにもでっけぇカマキリいんじゃねぇかよ! ホワイトの!」
「加藤。それはやめろって言っただろ……?」
突如、バイトは砕けた口調で俺に話しかける。そう、この男は俺がよく知る人物。
「やまださん、なんでこんなとこでバイトしてんすか」
「カマキリ呼びはやめろって言ってんだろ!」
「なんでこんなとこでバイトしてんのかって聞いてんだろ!」
目の前のホワイトカマキリことやまだひ左衛門さんは、何やってるのか知らないけど俺の先輩だ。最近は何やってるのか知らないけど。ホワイトカマキリと言うと怒る。なんでか知らないけど。
「そもそもなんでこんなとこでバイトしてんだよ!」
「質問変わってないけど」
クールに受け流しているつもりのやまだだが、俺には分かるさ。僅かに眼鏡の色が変化していることに。こいつは緊張すると眼鏡の色がどどめ色に変わる。本当に僅かな変化で気づけるのは俺ぐらいのもんだ。それより、俺はやまださんに聞きたいことがある。なんでこんなとこでバイトしてるのかだ。
「ねぇ、ママー、あのおじさん一人で何やってるのー?」
「シッ! ダメよ! あのおじさんは、ものすごーく危険な人なの。今度ああいう人を見ても絶対に声なんて掛けちゃダメよ?」
「殺すぞクソ女共! まぁ、女共にはこの熱い男の友情なんて分からないんだろうな。な、ホワイトカマキ……あれ?」
後ろを振り向いたが誰も居なかった。それどころかコンビニすらなかった。ただただアスファルトが続いてるだけ。もちろん山田ひ左衛門も居なかった。全て暑さで気が狂った俺の妄想だったのか?
待てよ、ここは家の前なのか? いや、違う。家の前のセブンなんか元々無かった。それも俺の妄想だ。それに俺に家なんて無い。どこだここは。
山田ひ左衛門などという人物も存在しない。やま……おれは何の話をしていたんだ? 何か、誰かのことを考えていたような……
足元でカマキリが横切った。
「この世界は暗い……」
辺りが真っ黒に染まっていくのを感じる。感じているだけ。目では見えない。俺の目には何も映らなくなった。音も消えた。いや、違うな。消えたわけじゃないけど、聞こえない。何なんだ。
まるで別世界にでも来てしまったかのようだ。ん? 別世界ってなんだ? 世界ってなんだ? ここは? あれ……
「俺は誰なんだ……?」