【短編版】特級パーティーから追放されたネクロマンサーは借霊返済を強制した結果、万霊の長者となる~武器に防具に色々注いで強化していた【死霊】を戻せと言われても知りません~
「アフラス、お前を今日で特級部隊、『聖銀旅団』の隊員から追放する!」
週二回に定めている迷宮探索の二度目の出発日を明日に控えて、なんで宿の部隊長部屋に自分だけ呼ばれたんだろうと思いながら扉を潜り抜けた直後、俺は部隊長のギール・ラドに衝撃的な宣言をされた。
「パーティー追放……?」
「そうだ」
正式には戦職や能力の詐称をしていて、自分どころか他の隊員まで危険に陥れかねない者に組合から下される『処分』に使う言葉だが、ギールが言いたいのはたぶんもっと俗的な意味で、要するに解雇するから出ていってくれという事だ。
「おい、それってどういう事だよギール、今まで俺らの部隊『聖銀旅団』はこのマロードの街の中心にそびえ立つ塔型迷宮【天斧の塔】の頂上を目指す『マロード登攀者組合』の攻略隊としてここの組合唯一の特級認定がされるぐらいにはみんなで精一杯戦ってきたじゃないか。特に初期メンバーの俺とギールとロランは登攀者組合の厳しめの試験を通過する前からの仲で、生まれ育ったここの外周区の貧民街で三人必死に残飯集めしたり、誰かがヤバいマフィアに誘拐されたり大量のチンピラを差し向けられたりした時は、残りの二人で一人を助けだそうとしたろ!? それがどうして俺だけ明日迷宮に挑戦するパーティーから追放だなんてひどい事。事前に何か言われても居ないし……」
「それは単純にアフラスが迷宮攻略に役に立たないからだ。アフラスは戦職級位が死霊王まで達した死霊術師だけど、お前のその死霊術は倒した魔獣の死体が魔石に変化する迷宮においては致命的に使えないんだよ。たまーにコツコツ集めた滅留品の骨で死骨兵を一体組めるかってぐらいで、全てを飲み込む屍人の大群を使役するなんてのは夢のまた夢。ふよふよと精霊とぶつかり合う半透明な亡霊を使役するだけで、物質的な戦闘にはほとんど役にたたない! 子供の頃からの恩義で部隊階級が特級になってお前が最終戦職になるまで付き合い続けたけど、もう限界なんだ! 俺たち『聖銀旅団』はもっともっと理想の部隊構成を突き詰めて上の階層に登りたい! あの塔の完全登攀をやりたいんだよ!」
相談もなく唐突にギールが宣告した解雇宣告に俺は当然の抗議をするが、ギールの上昇への熱意が相当に籠められた返答は俺の解雇の手続きに関する要領の悪さに特に触れておらず、現職になんとか説得して返り咲く方向でも一分の隙も見せない。
「で、でも亡霊なら逆に霊質的な奴との戦闘には最適だぞ。例えば同種の亡霊だと物理無効な上に魔術も完全に通るって訳じゃないから一々対処してたら霊薬類が足りなくなっちゃうと思うし」
「そういうのならフェネウが司教系統の最終職級の極大司教に転職して【昇滅】の常在化を習得したから必要ない。経験値は入らないが魔石を含めた滅留品はちゃんと落とすし、何より不要なお前を抜いて確保した部隊枠で強く新しい人間が投入できるからな!」
「古参の俺を抜いて、ギールのようにそれが多少だとしても連携に明確な穴を開けてまで、いったい誰が入ってくるって言うんだ」
それでも有用性を説こうとしたが、ギールにはその後釜が俺より強いという単純な事で突き返されてしまった。
幾ら個として俺の将来性がなくても、才能だけでそんなすぐ今の俺とポンと入れ替われるような奴がそうそう在野から出てくるはずはないが……?
「ふ、聞いて驚くなよ? 【死霊使い】アフラスの後釜――それは【竜種使い】のココノだ! 彼女は若干十五歳で四種四体の真竜を使役している竜里セツジョウで産まれ落ちた規格外、使役系統の極点!」
「……」
不敵に笑うギールにそのノノカの物だという偽造が難しい組合証書の一次写しを見せられて俺は絶句する。
在野に居た。
「それぞれ別の系統の真竜を四体使役する竜種使い、だと?」
魔獣使い《ビーストテイマー》が到達点として這竜や飛竜を使役しているのは定番だが、そういった亜竜ではない真竜の使役は想像を絶する高難易度だ。
特化専門職である竜種使いでも普通は子供の頃に幼竜と触れ合っておく『仕込み』が必要で、当然その幼真竜とは一対一の契約を結んで生死を共にする事になる。
俺が知る歴代最強と言われる真竜の二体使役を実現させた竜種使いでも使役していた真竜は同種の双子で、更に支配者の側にも一緒に竜種使いとして訓練をしていた双子の弟を訓練中に敵対国家の襲撃で失い遺志と契約を引き継いだという特別な事情があった。
だが組合証書の簡易経歴を見る限りではそのノノカという竜種使いは真竜の側も支配者の側もそういった『幸運な』事情は抱えておらず、その上で使役個体数は歴代最強の二倍で使役系統に至っては四倍。
迷宮外なら十全に行える遺体使役の奥の手として(素材を確保できれば)可能な真屍竜の一体で操作限界の上限に到達する俺では、とても敵わない相手だった。
霊質がどうとかいう食い下がりも、真竜なんて規格外を持ち出されたらフェネウが極大司教となって実現させた常在【昇滅】を選択的かつ生得で行う真竜威か、生き残っても霊/物をまとめて薙ぎ払う真竜息で終わる。
「ビビって、そして内心で敵わないと認めたなアフラス? 解ったら手切れ金はやるからココノとは顔を合わせないように明日の午前には『聖銀旅団』で借り上げてるこの宿の部屋を朝一番で出ていきな! お前の下手な告げ口で口説き落とすのに半年かかった相手に心変わりされると面倒だ!」
「うう……。わ、解った。じゃあな」
解雇宣告から言葉の遅れはあるがちゃんと金を渡すと言われてしまったことで、俺はもう自信満々のギールに反論が重ねられず、振り返って逃げるようにギールの部屋から退出する。
そして廊下を歩いてトボトボと自分の宿部屋――明日には出なければいけないらしい――に戻っていくのだった。
●
「はぁ……結局、『聖銀旅団』から出て行けってギールの言葉を素直に飲み込んでしまった」
リーダーの部屋から逃げ帰った俺は、聖銀旅団で宿のワンフロアを借り上げている内の一部屋、俺用に『アフアス』の表札を提げてある個人部屋の一つに戻ってきていた。
「うん、退去に合わせて私物をまとめてたけど、俺が貧民街育ちだからか特に宿に積み上げてるような大量の私物は無かったな。そんで追放されたって事は明日からソロだけど生活どうしようか。ぶっちゃけ今までの稼ぎで食っちゃ寝なら一生はなんとかなりそうな蓄えあるけどなー」
そして部隊から離脱するという事は宿からも退去するという事なので私物をアイテムボックスに戻す作業を始めてみたが、貧民街育ちでちゃんと労働者に教育と給金が行き届いている高級宿でも直置きは落ち着かない性質な俺は元々大半の道具を【収納】の内部に入れて済ませていたので、立ち退きの準備は五分と経たずに終わった。
特に後半に【収納】に戻した道具など、放置してれば清掃の人が持っていって処分してくれて終わりそうな利用価値のないゴミばかりで実質的には自主掃除だ。
「ま、片付けも終えたんだしこの夜中にやれる事と言ったらギールに呼ばれる前の予定と変わらず寝るだけ、と。明日に出てくのが解ってると、いつもしてる早寝でも寂しいもんだな」
元々迷宮探索の前日は翌日に響かせないために寝るぐらいしか夜の予定を入れないのが定石になっていたので睡眠術は習得していて、寝ようと思っても眠れないという事はないが、これが俺が部隊から離脱する前夜でも食事会など送別の儀が行われず、一人でただ寝るだけというのは感情的にひどく寂しかった。
ちゃんと事情を説明されて時間を与えられていたならばこの寂しさも自分で埋め合わせられたろうし、もっと初期に言われてれば俺だって戦職転向を含めて柔軟に対応したんだけどなぁ……。
「あ、部隊から追放されるんだからちゃんと発動させたままの死霊術は解除しなきゃ」
そしてギールを含めた『聖銀旅団』の仲間五人との、知らず知らずの内に失敗していた関係性に後悔している最中、俺は部隊から抜けるというのにすっかり忘れていたある重要な手続きを思い出した。
俺は入眠しようと寝転がっていたべッドから勢いよく飛び上がり、ベッドの端に座りながら死霊王として極段に達した死霊術で自分が支配下に置いている全死霊を速急に知覚。
そのまま、解除する意味がないからとずっと発動させたままにしていた、ある特別な死霊術を解呪した。
「よし、『聖銀旅団』の隊員五名の総計三二四の装備部位に注いでいた【武装怨霊】の死霊術を解呪だ! 戻ってこい死霊たち!」
その特別な死霊術とは【武装怨霊】。
死人系の魔獣の一種、怨動鎧の原理を拡張した、死霊術師の数少ない支援技能だ。
装備品に死霊を注ぐ事でいわば部品単位の怨動鎧と呼べる存在に変化させるこの魔法は個々の装備品の性能を一つずつ増強出来る事も強みだけど、宿す死霊を選べば死霊が持つ経験を利用して動作補助の代わりをさせ装備者に技能を疑似習得させられるなど、多岐にわたる発展性がある。
上級死霊術師に戦職級位を上げてこの技能を習得した時から俺は大変便利な技能だと直感で理解したので、ギールに効果の程を説明して了承を受けてからは『聖銀旅団』の全ての隊員の多種多様な装備品に対してずっと、本当にずうっと発動させたままにしてきた。
その期間はとても長く、時間にして一〇年を超え、『聖銀旅団』でも新参(それでも六年前)のフェネウと全冒険者経歴で比較すると上回ってしまうぐらいには長い。
なのでそんな常在技能を解除するのは愛着的な意味で惜しいが、部隊から抜けても仲間に支援技能を発動したままとか、こちらにとっては無駄でしかない上にかけた相手にも多様な範囲技能の基準となる部隊枠に対して下手な干渉が生じさせてしまう可能性があるので、両者に無駄なトラブルしか産まない案件だ。
「――よし、これで仲間の装備に宿らせていた死霊はみんな戻ってきたな。追放が急だったから特に言わなかったけど、貧民街の頃からの仲間だし最低でもギールは事情を察せられるだろう。動作補助させてる技能も才能があるなら学習完了して動作補助抜きでも使えるはずだしな」
だから俺は少し惜しみながらも【武装怨霊】を解除して、それから武装怨霊の発動のために注ぎ込んでいた死霊たちを『聖銀旅団』の装備品から抜き取って受け取っていく。
「うお、死霊が戻って……めっちゃ多いな!?」
とりあえず壮観さを味わおうと、死霊が戻ってくる度にふよふよと亡霊化させていたが、数秒で今居る部屋が半透明の白で埋まってしまう大量さで無理だと判断して俺の内的宇宙の疑似冥府に引きずり込んで数でカウントしていく。
初期は塔の魔物を倒して確保した経験値からちまちまと作成した死霊の総数が一万弱だったのが、一つ分であろう死霊を丸ごと引きずり終えたなという感触になった所で総数があっさり倍に増えていってその後もどんどん死霊の総数は増加していき、最終な使役中の死霊の総数は数えること六十万と六万と六千と六百と六十――。
数字を眺めているだけでも壮観だった。
三年前に預金残高が七桁ゴールドを超えた自分の通帳をニヤニヤ眺めていたのをにわかに思い出す嬉しさだ。
「一〇年発動してきた甲斐があるよなー。あ、そうだそうだ。これも常在型で死霊を封入したままだったな――解呪:【蘇生人霊】っと」
俺は【武装怨霊】に続けて、その影で常在が維持されていたとある死霊術に気がついてとりあえず解除。
同じ常在でも初期に何度か使った以降は意識した事すらないので効果の程は覚えていないマイナーな術だったが、それでも死霊の五つが戻って内的宇宙の死霊カウントを同数増やす。
たぶんだが、【天斧の塔】のどこかの低階層で囮に死人を作ったまま放置していて、それをたった今知覚した事で気がついて回収に成功した形だろう。
「よし、やることはちゃんとやったんだし寝よう」
頼まれてはいないが一応引き継ぎだと言えるだろう手続きを終えてたので、俺は上布団を被り、やるはずだった睡眠術の手続きも忘れる自然さで寝入っていった。
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一方その頃、部屋からアフラスが出ていって扉を閉める所までを確認したギール・ラドは、最大限に喜んでいた。
「よしアフラスを無事に追放できたぞ! これで明日から空いた部隊枠にココノを入れた理想の六人部隊で【天斧の塔】を登ってやる! いくら死霊術師は支配者系でも特殊とはいえ、迷宮という死体が生じない環境下で付き合ってられるかよ! あははははっ!」
ギールが声を上げて喜ぶ理由は、長年自分の迷宮攻略部隊において使えなくて邪魔だと思っていた仲間――アフラスを部隊から追放する事に成功したからだ。
「【四天四竜】のココノという超戦力をただでさえ無駄だったアフラスの変わりに投入できれば、俺たち聖銀旅団は今足踏みしている四二〇階を軽く超える頂上の六六六階を狙える! 万能を叶える完全攻略報酬さえ、この手に収まる! 貧民街のガキから迷宮都市長という都市国家の王になれる!」
まだ組合の試験を受ける年齢でもない子供が言っていれば微笑ましく、組合事務所近くの酒場で酔いどれながらの発言ならば呆れを交えて迎えられる台詞を、ギールは若気も酒精も乗らない状態で言い放つ。
当然、狂いだしたのでもいない。
ギールが休暇中に才能の程を聞いて単身で竜里に訪問して、三日三晩かけて説得したココノという二つ名付き竜種使いは、それを正気で言えるほどに強力な人材なのだ。
「俺の聖銀剣の突撃力に、フェネウの神杖による防護強化結界、ロランの天弓の永久追尾、生命力《HP》を貫通するバルマの魔槍、ト・カルナの未来から与えられた義肢の無限握力……! これにココノが引き連れる四体の真竜という超暴力を加えれば絶対無敵の迷宮主にすら必ず勝てる……!」
――解呪:【武装怨霊】がアフラス様の手で実行されました。
――【聖銀騎士】ギール様の装備枠に登録済みの七十八/八十二品に封入されていた死霊がアフラス様の元へ回収されます。
「ん?」
軍や国に属さない民間の人材の組み合わせで可能な、最も理想に近似した最強編成の成立にギールが今度こそ言葉に興奮を乗せていると、そこに戦闘中でもないのに脳裏に突然世界声が響く。
発生原因が謎の世界声に合わせ、ギールは染み付いた反射行動として能力表を開いて自分の能力を確認。
「――あれ、能力が減ってる。心当たりも無いのに、なんでこんなに。しかも技能が……聖銀光のビームが照射できないぞこんなの……」
開いて確認した能力表に示された自分と隊員の能力値(アフラスはもう登録を解除してある)のあまりの下落っぷりに、ギールは顔に浮かべていた感情を一瞬でサッと消し去った。
「なんで減る? いや、【武装怨霊】が解除された世界声は確かに響いたからその分の上昇能力値は確かに減算されるはずだけど、あの技能は装備交換で効果が無くなるから、もうアフラスは使っていないはずじゃあ……!」
理想編成がガラガラと崩れ、到達予想階層が大幅に下がる現実を受け止められずにギールは焦りだす。
「『装備枠』に対しての発動だから装備更新に影響がない!? まさか、俺たち『聖銀旅団』はずっとアフラスに多大な下駄を履かせてもらってここまで来たのか?! 俺を馬鹿にしてやがったのかッ!」
そして一方的な決めつけを行い、鮮烈な怒りを灯した。
ギールは暴力に訴えかけるため、流石に失われていない着装の汎用技能で【聖銀騎士】の二つ名を組合から賜るきっかけになった、当時撃破した階層主から継承した銀甲冑一式と銀剣を部屋着から一瞬で交換。
そのまま部隊長として把握している格隊員の部屋割りから、直線距離でアフラスを殺害できる順路を割り出し、ベッドと反対側の壁を向いて立って、握った銀剣の先に魔力を注ぎ込む。
「くそっ、宿内だが構わない、今から壁をぶち抜いてでもアフラスの部屋に突撃し、戻さないと殺すと脅して止めさせて――【壁穿】!」
だが無情にも剣先が壁を切り砕き、突進の経路を拓こうという所で銀剣に注いでいた魔力の制御に失敗し霧散。
アフラスに脅しをかけるために急いで放った突撃技能はギールの学習不足で最後の詰めが甘くなり、【壁穿】の技能はただ不発で終わった。
「ああ、この程度の技能も【武装怨霊】による後付で、俺の素の実力じゃ使えないっていうのかよ……!」
【武装怨霊】が解除されて大幅に宿す死霊の支援を失ってなお銀剣それ自体の性能を発揮した結果、技能自体が失敗してしまっても壁に突き込まれたギールの銀剣は壁面に負けずにダメージを刻めている。
だが宿泊した場所が迷宮探索がらみのトラブルも想定した高級宿だったばかりに、固く防護魔法が幾重にも展開された壁には剣先が少しばかり貫通した以上の成果は刻めず、逆に銀剣はガッチリと壁面に捕らえられてしまう。
ギールの弱りっぷりを正に示す、哀れな一撃である。
そして追い討ちをかけるように、恐るべき内容の世界声が続けてギールの脳裏に響く。
――解呪:【蘇生人霊】がアフラス様の手で実行されました。
――【聖銀騎士】ギール様に封入されていた死霊がアフラス様の元へ回収されます。
「ああ、なんだよ。俺たちの命にすら下駄を履かせていたっていうのか、アフラス……?」
ギールはそうしてアフラスへの対応に致命的な失敗をした事を悟り、自分の霊魂が体から剥がれる事で味わえる全身への激痛を、ゆっくりと鮮明に味わっていった。