第7話 波乱の予感 sideプリアモンド
前回から間をあけてしまってすみません……。
「カリーナ、大丈夫か?」
突然黙り込んだカリーナに俺はそう問いかける。
返事のない彼女の横顔を覗き込めば、その顔は何か考え込んでいるような表情をしていた。
カリーナのこういう顔は珍しい。
暫くして俺の視線に気づいたのかカリーナはハッとしたように顔を上げた。
「ああ、すみません。魔法学園時代にに賭けてた食堂のパフェを勝ったにも関わらず負けたアリシアが奢ってくれなかったことを思い出してました」
「取り巻き事件の時のアレか」
取り巻き事件。
あの入学式の一件から一ヶ月後に起きた、というか起き始めた事件だ。
今思えばおそらくあれは事件の始まりに過ぎなかったのかもしれない。
……そして、それを思い出して真っ先に賭けのパフェが出てくるカリーナもすごい。
俺は思わず遠い目になりながら、肩を竦めた。
ーー
入学式から一ヶ月が経った。
今年も今まで通り平穏に終わると思っていた学園生活だが、現在予想外の展開を迎えている。
「私は三に賭けます」
「じゃあ、私は二だな。流石に三はねーだろ」
「それならば私は四でいこうかな」
昼休みの食堂。
隅の席には似合わつかしくない豪華な三人組は今日も今日とて賭けにいそしんでいた。
カリーナとアリシアはいつもと変わらない様子で指をそれぞれ三本、二本立て、調子を崩したカインは少し長めの療養をしたからか、すこぶる元気である。
俺は咀嚼していた魚のソテーをのみ込み、出入り口の方へと目をやった。
賭けの結果が分かる前の食堂は去年と変わらず、多くの子息令嬢で賑わっている。
通うのが貴族、それも魔力持ちとなれば生半可なものを出すことも出来ず、国でも有名なシェフが料理人となっているためこの食堂で出される物はどれも一級品でとても美味しい。
食堂の料理が人気あるのも納得の出来である。
が、しかし。
賭けの結果がやって来た瞬間、食堂の雰囲気は凍りつく。
「なんでお前たちがいるんだ。今日は私が一緒にランチする日だぞ」
「何言ってるんですか、貴方は昨日だったでしょう」
「そうだそうだ!」
「そんなことで喧嘩しないのぉ。私はぁみんなと一緒に食べるのか一番楽しいもん!」
食堂に響く間延びした声。
誰もが道をあけるが、その表情は困惑したものから明らかに怒りの伺えるものまで様々だ。
だというのに当の本人たちは知ってか知らずか自分たちのことしか見ていないのだから実に面倒である。
「マジか、三じゃねぇか」
「私が休んでる間に増えてるねぇ」
「アリシアは少なく見積もりすぎですね。逆にお兄様は数日休んでいたので知らないでしょうが、ちょっと多いです」
唯一和気あいあいしている三人はさておき。
食堂にやって来たのは一人の女子生徒とそれを取り巻く男子生徒たち。
入学式事件の張本人であるセレナ・ランスターと王太子、それに。
「何よ、あの女」
「本当にそうですわ!殿下だけでなくヨティアス様やガイナス様まで!」
「殿下にはアリシア様という婚約者がいるにも関わらず……。ヨティアス様にだって、」
近くでセレナ・ランスターを睨む女子生徒たちの会話を聞き「だろうな」と呟く。
セレナ・ランスターは入学式から一ヶ月のうちに所謂、逆ハーレム状態になっていた。
取り巻きたちは日に日に増えていき、あの三人は何人増えているかで賭けをし始めた。
……いや、そんなことは別にどうでもいい。
ただ、その取り巻きたちが問題だった。
取り巻きは揃いも揃って高位の、それも婚約者のいる男子生徒ばかり。
侯爵位以上で取り巻きでないのはおそらく俺とカイン、シリウスを含めた数人だけなのではないだろうか。
まあ、そもそも侯爵家以上なんてあんまりいないんだけどな。
取り巻きには男爵家や伯爵家の令息もいないわけではないし。
……とはいえ、婚約者が一人の女子生徒の取り巻きというのは相手の令嬢たちは内心複雑だろう。
傷ついている令嬢も少なくは……。
「おい、プリアモンド。今度ステーキ奢れよ」
「お前は別か。あと、なんで俺がステーキ奢ることになってんだ」
「あ?一人だけ無関係みたいな面してんじゃねぇよ」
ここに傷ついてない令嬢がいた。
そして、人にステーキを奢らせようとしている。
コイツ、アリシアは王太子の婚約者だが第二王子のシリウスとの方が気が合うらしく昔から二人でいることの方が多かった。
年齢が上がるにつれて俺や同性であるカリーナが加わり、何よりカインが王太子嫌いだったためかアリシアと王太子の仲はどんどん拗れていった。
もともと、王太子とアリシアの関係は良くなかったのもあるだろう。
アリシアもアリシアで王太子が嫌いだったし、王太子も王太子でアリシアが嫌いだったし……まあ、どっちもどっちだな。
そんな訳で傷ついていない令嬢もいるのだが、全員が全員そうという訳では……。
「あら、珍しいご令嬢ですね」
ふと、カリーナが俺の後ろの方を見てそう言った。
カインはそのご令嬢を見たのか、面白そうに笑みを浮かべている。
「プリアモンド様、少しよろしくて?」
「マーガレット嬢」
声をかけられ、振り返ればそこに立っていたのは見覚えのある令嬢。
見覚えがあるとはいえ、声をかけられるのは意外だった。
縦ロールの金髪に特徴的なつり目の赤い瞳。
腕を組んでキッとこちらを見る姿は目の前にいる男前令嬢を彷彿とさせるが、その中に教養のある貴族令嬢らしい上品さを感じられる。
あそこまでいくと問題があるのだが、それはさておき彼女もまた意志の強い令嬢だ。
マーガレット・シルビィ伯爵令嬢。
彼女は、兄の婚約者だ。