第4話 悪役令嬢の話① sideカリーナ
「そういえば、そんな感じでしたね。入学初日」
数年前のことを思い出し、私、カリーナ・サラヴィラはしみじみとそう言った。
社交シーズンの終わり、王家主催の舞踏会。
舞踏会でエスコートをしてくれているプリアモンド・キース先輩、改めプリアモンド様と暇潰しに雑談をしていたのだが思ったより懐かしさに浸ってしまった。
夜の涼やかな風と月明かりが丁度よく、気持ちがいい。
それにしたって、カインお兄様がまた所謂カイン劇場を開幕していたのは今日初めて知ったけれど。
思い出してふふっと笑えば、横でプリアモンド様は苦虫を噛み潰したよう表情で口を開いた。
「あの時、カインが中途半端に脅したのを俺は一生恨んでる」
「まあ、完全に潰せばあんなことにもなりませんでしたしね」
中途半端に脅した、というのは間違いなくカイン劇場真っ最中の時にお兄様がセレナに問題を出した件だろう。
今更ながら初めて聞いたが、気持ちは分からなくもない。
それにしたって、ヒロインを脅すなんて攻略対象なのに流石お兄様だ。
悪役令嬢の兄なだけある。
私やシリウスたちには優しいお兄様だけれど、唯一元王太子にだけは厳しかった。
お前の考え方は甘いってお父様によく言われていたお兄様だけれど、王太子への対応だけは厳しすぎるってお父様が頭を抱えていたし。
それにしたって、まさかこんなことになるなんてあの時は考えもしなかったのに……。
私は頭の片隅で十三年前のあの日を思い出すのだった。
ーー
「カリーナ……?」
目覚めたら悪役令嬢に転生してた、なんてラノベや漫画の中だけの話だと思ってた。
でも、どうやら本当にある話らしい。
私は前世、日本の女子高生だった。
でも、登校中にトラックが歩道に突っ込んできて笑っちゃうほどあっさり死んだ。
しかも、目が覚めたら学校の教室くらいの広い部屋にある大きなベットで寝てて、その上に前世でやってた乙女ゲームの悪役令嬢に転生してたとか……信じられる?
鏡を見みながら私はムニムニとカリーナの頬をさわってみた。
うん、もちもちで柔らかい。
この感触が夢だったら私はもう夢と現実の境目が分からなくなりそうだ。
「悪役令嬢とはいえ、まだ七歳?くらいの頃に前世の記憶を思い出せたのはよかった」
鏡に映っているのは真っ白な肌に小さな顔の超美少女。
銀色の髪は艶があり美しく、金色の瞳は誰もを魅了するような光を宿している。
すっと通った鼻筋に形のいい唇、ぱっちりとした二重、全ての顔のパーツが一流だ。
流石、作画が綺麗なことで有名な乙女ゲームというところだろうか。
それに、幼い頃に思い出しておけばこれからの人生選べるしね。
……なんて言ってるけどよくよく思い出してみれば悪役令嬢ではあるけれどカリーナが別に派手に断罪されることはない。
派手に断罪されるのは、メイン攻略対象である王太子の婚約者、レイニー公爵家のアリシアだ。
カリーナのスタンスは、来るもの拒まず去るもの追わず。
そのおかげか、婚約者で攻略対象でもある宰相の息子の好感度を上げればストーリー内で勝手に身を引き、ヒロインの友人ポジションに収まるのだ。
意地悪をしないし、綺麗な容姿も相まってそこそこ人気のあるキャラだった。
むしろ、アリシアやヒロインのセレナに転生するよりも役得かもしれない。
公爵令嬢としていい暮らしが出来る上に断罪もされず、好きでもない宰相の息子とはおさらば……え、何これ最高じゃん。
こんな役得が今まであっただろうか。
ただし、いいことばかりではない。
「でも、いきなり庶民に貴族なんて務まるもんなの……?」
なんてったって私は元庶民。
というか、気分的には昨日まで庶民。
家族がいなければ、家だって違う。
そんな環境でやっていけるのだろうか。
そう考えたら、頑張って上げようとしていたテンションが急降下していく気がした。
ええい、しっかりしろ!
パチンと両頬を叩けば、じんじんと痛んだ。
けれど、この気分を吹き飛ばすにはそれくらいでいい。
お前は今日から、というか元からだけどカリーナ・サラヴィラ公爵令嬢なんだぞ!
キッと前を向けば、そこには妖精のような美少女。
前世の私は、もう居ない。
「転生したからには、この人生も楽しまないと。それが私の役目なんだから」
私に求められているのは、今世でカリーナ・サラヴィラとして人生を進むこと。
簡単に割り切れるようなことではないが、前世の私の人生はとうに終わっているのだ。
新しい家族、新しい家、新しい環境。
それを全て割り切って生きるというのは思っていたよりも苦しい道なのかもしれない。
それでも。
「私は絶対カリーナ・サラヴィラとしてこの乙女ゲームの世界(多分)を生きてやる!」
前世の自分の名にかけて!