第3話 第二王子、キレる
振り返れば、そこにいたのは柔らかな笑みを浮かべた黒色の髪に紫の瞳の青年。
顔立ちは王太子とあまり似ていないが、系統が違えどイケメンと呼ばれる部類であることは間違いないだろう。
シリウス・グランタード。
王太子の一つ下の弟であり、この国の第二王子だ。
父が宰相であるため、シリウスとは昔から面識があり、今や弟のような存在だ。
頭脳明晰、運動神経抜群、容姿端麗。
そのせいか第二王子派なんて派閥も存在しているくらいである。
既に王太子がいるというのに。
とはいえ、そういうものは王族にしろ、俺たち貴族にしろ付き物。
跡継ぎ争いなんて珍しいものではないし、むしろ血が流れていないだけマシなくらいだ。
それに、俺だって人のことは言えない。
今現在、そのせいで兄は口を利いてくれないのだから。
嫌なことを思い出して溜息を着けば、シリウスが顔を歪めた。
「プリアモンドさん。あの兄上が何かしたんですか?」
「いや、今回はまだセーフだな」
どうやら、溜息の原因を王太子のことだと勘違いしたらしい。
でも、今回は違うし、やらかしたはやらかしたがカイン劇場のおかげかあやふやにされたはずだ。
カインはああ見えて洗脳……いや、あやふやにするのが得意だからな。
王太子関連に限り。
そんな王太子が関わると人が変わる公爵令息は飛んできた小鳥を手にのせ、微笑みながら戯れている。
それはまるで美しい一つの絵のようだった。
絶対同一人物じゃない。
最早、二重人格なのではないだろうか。
シリウスはそんな俺に首を傾げて尋ねてくる。
「そうですか……それで兄上はどこに?」
「あー……」
やってしまったかもしれない。
キョロキョロとそこら辺を見回すシリウスに冷や汗が出てくる。
ヤバい、こっちも二重人格のことを忘れてた。
王太子が少女に寄り添ってる姿なんて見たらどうなるか分からない。
あの少々女好きな王太子のことなので俺からしてみれば今更何も気にならないが、コイツは違う。
とにかく、危ない。
「あのな、シリウス」
「へぇ……」
遅かった。
慌てて名前を呼ぶものの、周りに黒いオーラを纏い始めるシリウス。
その視線は真っ直ぐに王太子と少女に向かっている。
目はスッと細くなり、表情はすっかり変わっていた。
笑みは浮かべていない。
というか、真顔だ。普通に怖い。
「どうしたの?シリウス」
小鳥を撫でながら穏やかな声色で声をかけるカインにシリウスはドスの効いた声で返す。
「カインさん。またあの馬鹿は婚約者がいながら別の女性にうつつを抜かしているんですか?」
「あー、そうだね。あの馬鹿は婚約者であるアリシアを蔑ろにしてまた別の女性に……」
「焚きつけるな!ていうか、王太子に向かって馬鹿馬鹿言うと不敬罪に……」
ならないんだった。
ああ、そうだ。
この二人は王太子に馬鹿と言っても不敬にならない特別枠なんだった。
思わず遠い目になれば、シリウスが腰に差してある剣を抜こうとしていた。
は?何やってんだ、コイツ。
「やっぱり、あの兄上を……」
「マジでやめろッ!」
もうダメだ、コイツ。
周りに人がいないことだけが唯一の救いかもしれない。
完全にスイッチが入ってしまったシリウスを無理矢理羽交い締めにしていれば、その場にコツコツとヒールの音が響いた。
その音を聞いて体から力が抜けていく。
「やめろよ、シリウス」
「また騒いでるんですか?」
やって来たのは二人の女生徒だった。
新緑の長い髪に同じ色の瞳を持つ女生徒は、アリシア・レイニー。
凛とした雰囲気を纏う彼女は公爵令嬢であり、王太子の婚約者だ。
口は悪いが、立ち振る舞いや身分、頭脳などは完璧な令嬢であり、王太子の婚約者に相応しい人物と言えるだろう。
もう一人は、カリーナ・サラヴィラ。
カインの妹というだけあり、透けるような銀髪に金色の瞳をしたまさに美貌の令嬢。
また、入学試験では首位の頭脳と国一番の剣豪も認める剣術の実力まで持っている。
シリウスはといえば、アリシアの言葉に剣を大人しく鞘に戻した。
俺はほっとしてシリウスから離れる。
「アリシア、カリーナちゃん」
名前を呼ばれたアリシアはシリウスに近づくと、腰に手を当てて、呆れたような表情になった。
「あのなぁ、あの阿呆のことでいちいち騒ぐんじゃねぇよ。お前は阿呆とは違うだろ?」
「ごめん、アリシア。でも、あの阿呆にはアリシアがいるのに」
シリウスの言葉にアリシアはにいっと口角を上げて鼻で笑った。
「私はあの阿呆が好きじゃねぇからな。そんなこと気にしねぇよ」
「アリシア……」
シリウス、そこで嬉しそうな表情するのやめないか?
知らない所でボロカス言われている王太子を不憫に思いつつ、苦笑する。
シリウスと同じで幼い頃から見ているが、アリシアらしいというか。
「アリシアらしいですね」
「そうだね。僕たちからしてみれば王太子なんて敵同然だし。それより、その髪飾り新しいやつだよね?似合ってるよ」
「ありがとうございます」
後ろでコソコソと話すサラヴィラ兄妹は平常運転のようだ。
さて。
この一件で分かるように、シリウスはアリシアのことが好きなのだ。
ちなみに、初恋。
それなのにアリシアの婚約者である兄は婚約者を蔑ろにするわけで、初恋を拗らせた結果、シリウスはこうなってしまったわけだ。
それはもう、拗らせている。
……面倒くさい。