第2話 問題児との出会い②
「殿下、今ご自分がなんと仰られたのか分かっておられますか?」
虫も殺さぬほど心優しいと言われるカインは王太子にのみ優しくない。
むしろ、過去の因縁によりかなり腹黒い。
カリーナといる時と比較してみたいくらいだ。
そんなカインは何食わぬ顔で登場し、極上の笑みを浮かべて王太子と白髪の間に立った。
「何の話だ、カイン・サラヴィラ」
「とぼけるのはよくございませんよ、殿下。先程、仰いましたよね?」
最前列にいた生徒たちの中には王太子の呟きが聞こえた者もいたのだろう。
コソコソと周りと話している。
尚、俺たちに呟き声が聞こえたのは魔法で耳の機能を強化しているからだ。
「だから、何の話だと……」
「平民如きが」
コイツは今、とんでもなく無礼な行いをしている。
が、それでも許されるのがカイン・サラヴィラという男なわけで。
王太子の言葉を再現しながらカインはそう言った。
さっきまでコソコソしていた周りの生徒がおし黙る。
「王族である貴方が差別的な発言を致すのは臣下となる者としてどうかと思います。貴方は将来、人の上に立つ者となります。ご自分の発言力を考えて発言なさってください」
何だろうな、正しいこと言ってるはずなのに脅しにしか聞こえない。
注意されないのをいいことにカイン劇場が開幕してしまったらしいがこうなるとコイツは……まあ、いい。
もう放っておこう。
面倒くさくなった俺はもう一歩下がって傍観することにした。
「お前は何か勘違いをしているのではないか?」
「いいえ、殿下。しかも、殿下は闇の魔力についても仰っておられましたが、私も闇の魔力持ちでございます。ああ、サラヴィラ家は代々闇の魔力持ちを輩出しているのですが、これは由々しき事態でございます。我がサラヴィラ家が侮辱されたのに等しいのですから」
ペラペラと減らず口を叩くカインに周りの生徒たちは確かにという顔になる。
サラヴィラ家が代々闇の魔力持ちを輩出しているというのは事実だ。
闇といえばあまりいい印象は受けないかもしれないが、それと同時に夜や月などを司っていると言われているため、闇の魔力持ちは重要な存在だ。
ただ、未だに闇の魔力は悪と言ってる貴族もいるにはいるけどな。
それは不憫かもしれない。
「だから、お前は……」
「何より、私は妹が侮辱されたという事実が何より許し難い。あの真っ黒な夜空に輝く月や星を溶かしたような美しい魔法を使うカリーナを……!」
前言撤回。
コイツは全く不憫じゃない。
ただのシスコンだった。
周りに聞こえないように言ったつもりかもしれないが、魔法で強化した俺には思い切り聞こえている。
しかも、サラヴィラ家がなんちゃらかんちゃら言ってる時よりも全然怒気がこもってるしな。
すうっと小さく息を吸い込み、カインは王太子の後ろにいる少女を見た。
……標的が変わった。
「と、私が殿下に言いたいことはここまでです。それはさておき、お嬢さん。さっきの彼の話は本当かな?」
王太子がまるでいないかのようにカインは少女にそう問いかけた。
少女は王太子の後ろから出てきて、口を開く。
「私が今まで、お恥ずかしながら成績があまり良くなかったというのは本当です。でも、入学試験の結果は本当で……!」
「536年、この国で起こった戦争は?」
え、と少女は声を漏らした。
カインはニッコリと笑ってそんな少女に無慈悲にも無言の圧をかける。
コイツが心優しいとか絶対嘘だ。
腹黒いの間違いだろ。
カインの圧に押されたのか、いや、それとも単純に問題が分からないのか。
少女は口をパクパクさせていた。
「……信仰戦争」
そんな少女を見兼ねたのは白髪だった。
白髪は答えを言い、呆れたように少女を見ながら眉をひそめている。
カインは白髪の方に視線を向け、笑みを深めた。
「ああ、君は確か試験で四番目だったね。そう、正解。というか、正答率が80パーセントくらいの問題なんだけどなぁ、これ。……なんでだろうね?」
「四番目だと……舐めてんのかテメェ」と幻聴が聞こえたような気がするがそれは無視しておこう。
少女はその言葉に顔を青くし、一歩二歩と後退る。
あからさまに動揺しているこの態度。
もしこれで何かあったりしたら実に面倒だ。
いや、この少女の様子からして何かありそうなうえにカインは勝機のある戦いしか基本しない主義だ。
となれば、絶対に何かある。
それに反応してか、胃が締め付けられるように痛くなってきた。
……そろそろ無理矢理閉幕させるか。
俺はカインの肩に手を置き、首を横に振った。
「そろそろ終了だ、カイン」
「えー……まあいいか。君、君も言動には気をつけるんだよ。それからそっちの君も疑われるようなことはしないように。ここにいる皆さんも、お開きにしようか」
流石というか、カインはその一言で生徒たちを散らすと、入学試験の貼りだされている順位表の前に立った。
誰もコイツに敵わない。
王太子が関わると人は、というカインは人格がここまで変わってしまうのだ。
少し離れた所ではショックを受けたような、どこか演技感のある表情と仕草を見せる少女に王太子が気にするなと声をかけている。
王太子は悪い意味でもいい意味でもああいう女性が好みなのだろうか。
だとしたら、婚約者のことはさぞ気に食わないことだろう。
白髪はといえば、舌打ちをするとさっさとどこかに行ってしまったというのに。
彼もこれだけのことを起こしておいてなかなかに無責任だ。
……後で面倒なことにならなきゃいいが。
「あれ、カインさんにプリアモンドさん?」
憂鬱な気持ちになっていれば、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
声の主が分かり、俺は一瞬固まる。
ああ、これはもう少し面倒くさくことになりそうだ。