第11話 噂
いろいろありつつもついに剣術大会の日がやって来た。
学生の大会とはいえ、騎士団長や国王までもが見に来るような学院の一大イベントだ。
今大会は演習場とは別の観客席までついた場所で開催され、学年別にトーナメント形式で一年、二年、三年の順で行われる。ちなみに時間短縮のため予選は済んでおり、一年の決勝トーナメントから始まる。
そのため俺が出場するのは一番最後で午前中は割と暇だ。
特に緊張はしていないが、国王がいる中で万が一王太子と当たって勝ったら最悪だ。カインは大喜びだろうし国王も気にしないだろうが、俺の心臓に非常に悪い。
「取り敢えず、カリーナが優勝するまでは観客席で大人しく見てるか」
例年はカインと観戦しているのだが、アイツは現在体調不良で自室で静かに休んでいる。
どうせカインにカリーナの一挙手一投足を説明する事になるだろうしここはちゃんと見ておこう。
空いている観客席に腰をかければ、横に誰かの気配を感じた。
「プリアモンド様、少しよろしいでしょうか?」
「マーガレット嬢」
今日も絶好調の金髪縦ロールを揺らして立っていたのは兄の婚約者だった。
おかげで日傘をさし、ドレスを纏うその姿が普通の令嬢の出で立ちであることを思い出す。
やっぱりアイツらは当てにならない。
「今日は頑張ってくださいね。期待しております」
言葉はいかにも応援しているようだが、圧がすごい。
絶対優勝しろよという幻聴が聞こえた気さえする。
流石、あの性格のひんねじ曲がった兄の婚約者を長らく務めている令嬢だ。
圧のかけ方がそこら辺の令嬢とは違う。
「期待に添えるか分からないけどな。全力は尽くそう」
「まあ、ご謙遜なさらないでください。優勝候補筆頭ではございませんか。私の周りでもプリアモンド様を応援しているご令嬢は多いのですよ?」
「応援しているご令嬢……いた覚えがないな」
あまり聞き馴染みのない言葉に思わずぼやく。
幼い頃から令嬢たちにカインやシリウス、意外にもヨティアスについてはよく聞かれるが、俺個人の事について聞かれたことはほぼない。
正直、昔は複雑だったが今や悟りを開いている。
そういった経緯があり、異性から応援された記憶など全くなかった。
俺の言葉に先程大袈裟に言ったマーガレット嬢の目がスっと細められる。
「やっぱり、サラヴィラ嬢がいるからでしょうか?周りのご令嬢に関心を示されないのは」
は?
俺は顔を顰める。
カリーナがいるから令嬢に関心がない?
周りの尻拭いとフォローが大変過ぎるから令嬢について考える暇が無いの間違いだろ。
マーガレット嬢は扇子で口元を隠し、にこやかに笑う。
「あら、失礼。気になってしまったもので」
「いや、別にいいんだが……。なんでカリーナが出てくるんだ?」
マーガレット嬢はわざとらしく「まあ!」と声を上げる。
「とても親しげではありませんか。お互い婚約者はおりませんし……そういう噂が出るのは当然でしょう?」
言われてみればそうだ。
社交の場ではいつもダンスを踊っているし(勿論一曲だが)、名前呼びだし、幼馴染だからか無意識のうちに距離感が近くなることもある。
カリーナに限らずカイン、アリシア、シリウスもだから気にしたこともなかったが、同性の二人と婚約者がいてシリウスがべったりのアリシアに比べてカリーナは噂がたちやすいだろう。
「確かにそうだな。ただ、そういう事実は無い」
「あら、そうなんですの?」
マーガレット嬢の探るような視線はいたたまれないものがある。
「それなら、どうして誰ともご婚約されないんですの?引く手数多ですですのに勿体無い。なんなら紹介しますわよ?」
「引く手数多なわけないだろ」
「はい?」
「は?」
否定すれば、マーガレット嬢が信じられないものを見るような目でこちらを見てきた。
本当に引く手数多だったらもっとなんかこう、あるだろ。
長年引く手数多過ぎて逆に婚約していないカインを近くで見てきたからそれは分かる。
あれは令嬢たちの本気度が違う。
しかし、そんなことを考える俺とは裏腹にマーガレット嬢は小さく溜息をついた。
「……よく鈍いと言われませんの?」
「……言われるな」
いつだかカインに哀れみの目でそう言われたことを思い出す。理由は思い出せないが、言われた記憶だけはあった。
「まあ、この話はまた今度いたしましょう。そろそろ一回戦が始まりますし、いろいろと埒が明かなさそうですので」
「いや、この話まだ続くのか?」
どうせ卒業すれば父が適当に相手を見繕うだろうし、ただでさえヨティアスの代わりの公務やカイン劇場のストッパーで忙しいのにこれ以上やる事を増やされるのは勘弁して欲しい。
というか、ヨティアスはいい加減に公務に来い。
あんまり遊び呆けてると取り返しのつかないことになるぞ……。
俺は思わず遠い目になるのだった。