第9話 令嬢というものは
昼休みの人気の少ない廊下にて。
マーガレット嬢との会話はやっと本題に入ったところだった。
「実は、最近いつにも増して王太子殿下やヨティアス様たちが気合を入れて剣術の鍛錬をされているのです」
「ああ、剣術大会が近いからな」
剣術大会とは、年に一度魔法学園で行われるイベントだ。
学年別にトーナメント制で行われ、各学年の優勝者には刺繍が得意な生徒たちが制作したプロ顔負けのマントが渡される。
また、在学の三年間優勝した者には騎士団への入団許可と記章が授与されるという騎士を志す生徒にはまたとない機会。
女子生徒は基本観戦が専門だが、男子生徒は毎年結構な人数が参加しているしヨティアスや王太子もその一人だ。
「ええ、その通りですわ。ですが、殿下は勿論取り巻きさんたちはアレでも将来が約束されているような方ばかり。騎士団へ入りたいなら分かりますが、騎士団長様の甥にあたるガイナス様以外そんな様子はございません」
「つまり?」
「セレナ・ランスターが優勝した殿方が自分にマントを渡してくれるならば付き合うと言っているらしいのです!」
そう言い切り、マーガレット嬢はコホンと咳払いをする。
成程、そういう理由か。
そりゃあ、あんなにお熱なヨティアスたちは必死で鍛錬するよな。
ただ、ガイナスはともかく他の奴らは少々無理がある気がする。
騎士団への入団を目指す生徒は沢山いるし、まあ、言ってしまえば俺もその一人だ。
この大会には本気でのぞんでるし、というかマーガレット嬢はなんでその話を俺にしに来たんだ?
剣術大会、ヨティアスとセレナ・ランスター。
どこかちぐはぐだし、カリーナ曰くセレナ・ランスターが一番優先しているのは王太子らしい。
ヨティアスはそこまで剣術が得意なわけでもないから負けそうだし、セレナ・ランスターとくっつく可能性は低い。
さっさと諦めてくれた方が周りには好都合だけどな。
「そこで、私、いいえ、私たちはプリアモンド様に優勝してもらい、阻止してもらいたいのです」
「……ん?」
急に話が見えなくなってフリーズする。
俺は確かめるようにマーガレット嬢に問いかける。
「マーガレット嬢、これが本題なのか?」
「ええ!そうすればきっと全員の間抜け面が見れ……コホン、彼女とは誰も結ばれませんわ」
本音がかなり漏れているが、それはつっこまないでおこう。
「でも、俺が優勝したとして阻止できるのは三年のみだぞ。他の学年はどうする?」
俺が問いかければ、マーガレット嬢は自信満々に笑った。
これは、既に手を回してるやつだ。
それも、成功するのを確信している。
「そう思いまして、私、一年生のセリーナ様にお頼みしましたの。そうしたら、二年生のシリウス殿下にセリーナ様がお声かけくださったらしく、本当にありがたいです」
セリーナとシリウス。
マーガレット嬢が何故成功するのを確信しているのか、名前を聞いただけですぐにわかった。
国一番の剣豪が認めるセリーナと去年優勝したシリウス。
確かに、この二人は心強い。
ただ一つ、謎なのは。
「あの面子に今まで優勝経験がある者はいないにも関わらず、セレナ・ランスターは何故にそんなことを言い出したのか」
知らないだけなのか、王太子たちが何かしらの見栄を張っているのか。
どちらにせよ、俺だってセレナ・ランスターと取り巻きの中の誰かがくっついてしまったりしたら非常に困る。
男たちが揉めるのは目に見えているし、ほとんどの奴には相手がいる。
それも、政治的バランスを考えた婚約者だ。
セレナ・ランスターが伯爵位以上で礼儀作法が完璧な常識的な令嬢ならともかく、あんな争いの火種になりそうな女は危なっかしすぎる。
授業はサボるし、アリシアには突っかかるし、王族に自ら話しかけに行くなんて……いや、最後のは俺が言うべきじゃないな。
「さぁ。事情はわかりませんが、王太子殿下方にあんなことを言うなんて不敬ですわ。何より」
マーガレット嬢は手に持っていた扇子を広げ、口元を隠す。
「私たちにこんな屈辱を味わせておいて、許されると思っているとは、なんて腹立たしいのでしょう」
ああ、そうだ。
令嬢とはこういうものなのだ。
優しいだけではいけない。
美しく、強かに。
そうでなければ、貴族社会で生き残ることなど出来ないのだから。
「セレナ・ランスターの思い通りにさせない。それが私たちの総意です」
マーガレット嬢は強気な顔でそう言い放った。