第8話 嫌な予感しかしない
「無礼にも、突然申し訳ございませんでした」
「いいや、昼食はとり終わったところだからな。構わない」
三人に送り出され、俺はマーガレット嬢と人気の少ない廊下へとやってきた。
どうやらあまり人に聞かれたくないらしい。
マーガレット嬢は立ち止まると、こちらを真剣な目で見て口を開いた。
「お声をかけたのは、ヨティアス様のことについてです」
「ヨティアスのこと、か」
マーガレット嬢の婚約者、ヨティアス・キース。
次期キース侯爵家当主、宰相になるであろう俺の双子の兄にあたる人物だ。
瞳の色は同じだが、父によく似た兄に対して俺は母に似ているので顔立ちはそこまで似ていない。
髪色も薔薇のような赤色のヨティアスに対して俺は代わり映えのない茶色で全然違うし。
まあ、目立たない方が何かと便利だからこの髪色は気に入ってるんだけどな。
性格はといえば、正反対とよく言われる。
アイツは性格に難ありというか、男尊女卑的な思考なうえに自己中心的で顔を合わせれば嫌味を言われるか自慢話をされるかのどちらかなので正直一緒にいたくない。
昔から俺、アイツに好かれてなかったし。
まあ、そんな感じで俺とヨティアスは兄弟とはいえあまり仲良くはない。
最近は跡継ぎ問題で余計に。
そのため、マーガレット嬢とも会えば挨拶をしたり世間話をしたりはするが好かない兄の婚約者ということもありそこまで接点がない。
別にマーガレット嬢が嫌いとかいうわけではない。
将来の義姉だし、仲がいいに越したことはないからな。
さて。
そんなマーガレット嬢がわざわざやって来たということはアレ関連だろう。
「セレナ・ランスターとのことか?」
そう言えば、マーガレット嬢の肩がビクリと揺れる。
眉は顰められ、瞳の奥には怒りが透けて見えた。
図星、か。
寧ろそれしか考えられないのだが、マーガレット嬢は忌々しそうに食堂の方を見た。
「矢張り、分かりますわよね。ええ、そうですわ。セレナ・ランスターとヨティアス様についてお話ししたく貴方にお声をかけましたの」
「成程。まあ、アレはなかなか、いや、かなりひど……」
「その通りですわ!」
マーガレット嬢は令嬢らしからぬ大声で賛同の意を示した。
その表情が表す感情は完全に怒り。
そりゃ、そうだよな……と思いつつマーガレット嬢の話を聞く。
「ヨティアス様はプライドの高い方ですが、それ以上に努力を重ねておりました。私はそんな彼を今まで見ていたので性格の部分に関しては目を瞑ってまいりましたが、今のヨティアス様は、授業をサボり一人の女に惚れ込んで婚約者がいながらベタベタと……この国の宰相になられる方として、歴史あるキース侯爵家の嫡男として相応しくございません」
「言い切ったな……」
アリシアの物言いもなかなかだが、マーガレット嬢もなかなかである。
しかしながら、マーガレット嬢の言葉は正しい。
性格はどうであろうと、ヨティアスは授業を真面目に受ける成績優秀者で幼い頃から父に追いつこうと公務にも関わっていた。
父もヨティアスをよく褒めていたし、そういうところは純粋に俺も凄いと思っていた。
それなのに、三年生になってから、いや、セレナ・ランスターと出会ってからアイツは変わった。
授業はサボりがちになり教師たちを悪い意味で驚愕させ、公務さえもサボった時には父はどうしたものかと頭を抱えていた。
ヨティアスの代わりに公務をしに行った時の父の反応は生まれて初めて見たかもしれない。
俺もヨティアスも手のかからないいい子と言われてきたので無理もないけれど。
「なので、私、ヨティアス様に直談判しに行きましたの。今のままではいけないと」
「勇気あるな……」
マーガレット嬢はアリシアと同類らしい。
精神が強い。
「そうしたら「セレナには俺がいなければならないがキース家にはプリアモンドがいる」とおっしゃられたのです。私にはセレナ・ランスターには殿方が沢山いるように見えるのですが、あのヨティアス様がまさか跡継ぎはプリアモンド様でもいいととれる発言をするだなんて……」
「ところどころ貶してるような気がするんだが、ヨティアスがそう言ったのか?」
「ええ」
あの俺を見れば嫌味と自慢話以外の選択肢がないと言っても過言じゃないヨティアスが?
俺でもいいと?
……明日はこの世が終わるかもな。
「それ、本当にヨティアスか?」
「紛れもなくヨティアス様でしたわ。信じられないとは思いますけれど。そして、本題はここからです」
「ここから本題なのか?」
既に嫌な予感しかしない。