前編 今も昔も成長がない
一応ジャンルは恋愛ですが、乙女ゲームの設定とかが出てくるのは少々後になりそうです……。
それを踏まえてお読みください!
(なるべくあらすじから離れないように頑張ります)
「お前っ、カリーナ・サラヴィラ!」
俺の部下は本当に馬鹿を極めているかもしれない。
そう思ったのは、とある大規模な舞踏会でのことだった。
この舞踏会は基本的にほぼ全ての貴族たちが参加する社交シーズン終わりの、それも王家主催のもの。
王城で開かれているだけあり、会場の細部から大して食べられずに捨てられるであろう料理まで何もかもが一級品だ。
当然、護衛だって騎士団長推薦の騎士団の実力者たちが集められる。
ただし。
その護衛が問題を起こした張本人である場合。
それも、王家の次に権力を持つと言われるサラヴィラ公爵家の女公爵を軽々しく呼び捨てし、あろうことかお前呼びして指まで指した場合。
一体、どうすればいいだろうか。
その瞬間、騎士団の副団長である俺は青ざめて咄嗟に馬鹿の首根っこを掴んだ。
成績は悪くないはずなのにどうしてコイツはこうも馬鹿なのか。
「この馬鹿、何してるんだ!」
「うっせぇ!プリアモンド!」
小声でそう声をかければ、馬鹿は大声で俺の名前を叫びやがった。
俺はこれでもそこそこの侯爵家の次男にあたる。
今日の舞踏会には参加者として来ているはずなのに、気がつけばいつもと変わらない光景になっていた。
コイツ、学生時代の癖が抜けてないまま大人になったな、絶対。
近くにいる人々は驚いたように顔を顰めている。
まだ会場に入る前だったから良かったとはいえ、これは少々、いや、かなりヤバい。
馬鹿とはいえ、部下が自分たちへの不敬罪で捕まるなんて勘弁して欲しい。
「あの騎士、なんて怖いもの知らずな……」
「サラヴィラ様とキース様を呼び捨てだなんて」
「捕まってもおかしくない、よな?」
コソコソと話す周りの声が聞こえてきて、俺は内心頭を抱えた。
だから、コイツを護衛にするのは反対だったのにあの騎士団長は……!
ーーなんだ、頭がかたいなぁプリアモンドは。絶対面白……頼りになるに決まってるだろ?
面白いからといういい加減な理由でコイツを推薦した騎士団長に怒りを覚えつつ、女公爵、カリーナを睨む馬鹿にもう一度声をかける。
「お前な、いい加減に大人しく出来な……」
「黙ってろ、プリアモンド!」
……一回、コイツを本気で殴ってもいいか?
ビキリと額に青筋を浮かべれば、馬鹿の視線の先にいるカリーナがにこやかな表情で口を開いた。
「相変わらずですわねぇ、馬k……ユーリは」
「お前今なんつった?」
「相変わらずね、ユーリと言っただけですことよ?」
澄ました顔でカリーナがそう返せば、馬鹿の眉間にシワがよる。
しょうがない。
コイツ、ユーリは昔からあだ名が馬鹿なのだから。
誰が言ったか社交界の華。
薄く青みがかった銀髪、月のように誰もを魅了する金色の瞳。
誰もが見惚れるような容姿を持ち、天女のようとまで言われるカリーナでさえも馬鹿を馬鹿と呼ぶのだから……いや、カリーナは天女じゃなくて昔から軍師みたいな切れ者だったような。
あと、天女と言ったってそんな慈悲深いような性格じゃないだろ。
と、話が脱線した。
俺はこれ以上話が大事になる前にどうにかすべく、慌ててやって来た部下たちに馬鹿を引き渡した。
「すみません、副団長!少し目を離した隙に」
「馬鹿がやったことは、まあ、しょうがない。ここは俺がどうにかするから、はやく馬鹿本体をどうにかしてくれ」
「はい!」
馬鹿は素早く捕獲され、叫びながら連行されていった。
これから貴族同士の腹の探り合いをするというのに既に疲労感が半端じゃない。
野次馬と化している貴族たちを権力でなんとか抑え込み、俺は額に手を当てた。
「お疲れ様です。そして、ありがとうございます、プリアモンド先輩」
「お前……金輪際馬鹿に近づかないでくれ。あと、その呼び方はそろそろやめた方がいい」
「善処致しますわ」
馬鹿が連行された方を見つつ、どこか遠い目をするカリーナ。
彼女と馬鹿は、俺の学生時代の後輩にあたる。
王立魔法学園。
魔力のある貴族の子息令嬢が通う由緒正しい学園。
三年間、魔法を含め貴族に必要な教養を叩き込む学園なのだが俺が三年生の頃はヤバい奴で溢れかえっていた。
「ところで、プリアモンド様。この度はエスコートを引き受けていただき、ありがとうございます」
頭を下げるカリーナに俺は苦笑する。
「これに関しては国王と父上の諸事情だからな。礼はいらない。むしろ、こちらが謝るべきだろう」
「国王陛下と宰相閣下のご策略は承知の上ですから、別に構いません。こちらもお兄様が寝込んでしまったためどうしようかと考えていたところでしたから」
国王陛下と父上、宰相は権力のあるサラヴィラ公爵家を持て余している。
カリーナの父上、前サラヴィラ公爵が存命の時は問題なかったのだが、若い上に女性であるカリーナが公爵になったことでその状況が一変した。
サラヴィラ公爵夫妻が事故で急にお亡くなりになったこともあるが、カリーナが公爵になることが予想外すぎた。
いや、彼女の兄と親交のある俺からすれば、だろうなという感じなのだが大人たちからしてみればあまりにも突拍子のないことだっただろう。
カリーナの兄は病弱で人の上に立つのには少々向かない、心優しすぎる人物。
それに対してカリーナは剣技の才能があり、切れ者でカリスマ性まで兼ね備えた万能人間だった。
兄の方は公爵家を継ぐのを嫌がっていたし、公爵は周りを驚かすのが好きな人物だったため妥当な感じが出ているが、カリーナはどこかの家に嫁入りするはずだった人物。
そのため、カリーナの婚約者にと考えていた話が全て無駄になった。
公爵家や侯爵家の嫡男じゃ困るからな。
そんな中、舞踏会前にカリーナの兄が寝込み宰相である父が、「じゃあ取り敢えずうちの息子にエスコートさせとくわ」的なことを言った結果こうなったわけだ。
こんな雑でいいのか、というか大丈夫なのか、この国は。
父はあわよくばサラヴィラ公爵家と繋がりをーーとか思ってるんだろうけどな。
「まあ、馬k……失礼、ユーリのことは後でどうにかするとして、参りましょうか」
「もう馬鹿でいいんじゃないか?」
ため息をつきながら俺は上品に笑ってみせるカリーナと取り敢えず会場に入ることにした。