9章 : 確執
(たまんねぇ。何でオレ様がガキの面倒なんか見なきゃならねぇんだ?)
ラスタは、孤児院に来てから小一時間もしないうちに、逃げ出したくなっていた。
寄って来る子供達を懸命に追い払おうとするのだが、いちいち「うるさい、失せろ」と反応するラスタのことが物珍しいのか、いつの間にか子供達に囲まれている有り様だった。
相手が子供なだけに、力づくで追い払えない分、始末が悪い。
最初の数日はまだ我慢出来たが、さすがにこうも続くと、いい加減うんざりだ。
縁側を見ると、ライリス様がお弁当を持って来ていたのか、ライザ達と座って楽しそうに食卓を囲んでいた。
ラスタは、楽しそうにお弁当を食べているライザを見て、鼻で笑った。
(信じられねぇ野郎だ。あの馬鹿、どこまで適応力ありやがるんだ? ゴキブリ並みだぜ)
ラスタは子供達に捕まらないように木陰へ避難すると、ここに来る途中に買ってきた酒瓶を次々と空けていった。
それにも関わらず、彼が酔っているような様子は少しも見られない。
大酒食らいの彼にとって、この程度ではほろ酔い気分になるにも到底足りない量だった。
「ちっ……」
空になった酒瓶を地面に叩きつける。
(いくら仕事とは言え、このオレ様がこんなことやってられるかってんだ!)
すっかり脱力したラスタはどん、と大木に寄り掛かった。
その時、ブルームが何食わぬ顔をして孤児院の中に入って来るのが見えた。途端に腹が煮え繰り返ってくる。
(あの野郎、みんな苦労してるってのに、今頃になってのこのこと……!)
怒りがピークに達したラスタは、ズカズカとブルームの許へ歩いていった。
「おい、待てよ?」
ラスタはブルームの前に立ち塞がった。しかし、彼女は何事もなかったかのように横を通り過ぎていく。
その態度が、ますますラスタの頭に血を上らせた。
すかさず剣を抜くと、背を向けたブルームに向かって斬りかかった。
ガキィィィィィン、と剣同士が激しくぶつかり合う音が響き渡る。
ブルームはなんと、後ろを振り返ることもなくラスタの太刀を受け止めていた。
彼女は剣を振り払うと、静かにラスタを睨みつけた。
「…………邪魔だ」
「ほほう。誰に向かってそんな口叩いてるんだ?」
「…………」
ブルームは、暫くラスタの顔を睨みつけていたが、構っていられないと言った感じでまた歩き出そうとした。
ラスタは、そうはさせまいと剣を立てて道を塞いだ。
ブルームは、深くため息をついた。
「テメェ、今になって逃げる気か?」
「……何の話だ? そもそも、あんたを呼んだ覚えなどない」
ブルームはさらりとそう言って退けたが、ラスタは彼女を放そうとはしなかった。
彼にとって、言葉や仕草、いや、彼女のすべてが気に食わないようだ。
「昔からテメェのそういう所がムカツクんだよ! ――もう勘弁ならねぇ、ぶっ殺してやる!」
ラスタは再び剣を構え直すと、ブルームにも剣を構えるように促した。
今度は先程までの小手調べとは訳が違う。彼の身体全体から殺気が漂って来た。
いい加減諦めたのか、ブルームはラスタと向かい合うと、静かに剣を構えた。
「……後で後悔しても遅いぞ」
「その前にテメェをズタズタにしてやるよ」
ふたりは距離を取ると、お互いに間合いを計り始めた。緊迫した空気が辺りに立ち込める。
ラスタは、その時初めて彼女の剣を見た気がした。
それまで彼女の太刀はあまりに速すぎて、落ち着いてじっくりと見る余裕などなかった。
彼女の剣はレイピアの一種なのか、両刃で、ずいぶんと細身の剣であり、ヒルトには鷲のような飾りが彫り込まれていた。また、その剣を持つ彼女の腕は、無駄な筋肉など一切なく、しっかりと鍛え込まれているようだった。
一方のラスタの剣は、かつて何十何百と魔物を切り裂いてきた片刃の断ち切り剣ファルシオンである。まさに大柄なラスタにぴったりと言った感じの剣だ。
先に緊迫した空気を破ったのは、ラスタの方だった。
ラスタ自慢のファルシオンを振り上げると、ブルーム目掛けて飛び掛かった。
刹那、凄音と共に大きな裂け目が出来た。
しかし、彼女の姿はそこになかった。
(なに――っ!)
その瞬間、太陽がさっと姿を隠したかのように暗くなった。咄嗟に空を見上げると、ブルームが剣を振りかぶっていた。
「ちぃ――っ!」
ラスタは寸での所で体を捻ったが、左腕から血しぶきが上がった。
それを見て、普段無表情なブルームが静かに顔を歪ませた。
「どうした? わたしをズタズタにするんじゃなかったのか?」
「テ、テメェ――!」
ラスタは今にも破裂しそうなほど太い血管を浮き上がらせると、再び攻撃に移った。
ファルシオンが飛んでくると、ブルームは片手で地を突いてその場に飛び上がった。そして宙に浮いたまま、くるりと身をひるがえすと、ファルシオンの剣先に立った。
「ば、馬鹿な……!」
「死ね――」
ブルームが剣を突き立てる!
「ふたりとも、そこまでだ!」
ライザの声が響き渡ると、ブルームはラスタの喉元で剣先を止めた。同時に、ライザの剣先が彼女の背を捕らえていた。
「もういいだろう、既に決着は着いている」
「…………」
ブルームはライザの目をじっと見つめた。ややあって、静かに剣を収めた。
それを確認すると、背を取っていたライザも続けて剣を収めた。
ふたりは納得した顔でしばし見つめ合ったが、納得の行かないのは、助けられた張本人であるラスタだった。我を忘れたラスタは、猛然とライザに掴みかかった。
「テメェ、どうして邪魔しやがった! これから俺がこの女を切り刻んでやる所だったのに!」
「これからなんてない。この勝負、お前の負けだ」
「馬鹿言うな! オレ様がこんな女に負けるはずがないだろうが!」
「確かにそうかもしれないな。だけど、それはお前が冷静だった場合だ」
「なっ……」
ラスタは動揺したのか、掴んでいた手をすっと緩めた。
「ブルームはお前の短気な性格を利用して、わざと頭に血を昇らせたんだ。そうすることでお前は冷静さを失い、こちらとしては、より簡単に仕留めることが出来る。お前は、最初からブルームの手の内で遊ばれていたんだ」
「ふざけるな! そんなことあるかぁ!」
ラスタは、再びファルシオンを振り上げようとする。
「いい加減にしないか! 往生際が悪いぞ!」
「くっ……!」
怒りの行き場を失ったラスタは、ファルシオンを鞘に収めると、苦虫を噛み潰したような顔をしたまま孤児院を飛び出していってしまった。
彼のいなくなった庭は、先程とは打って変わって静かになった。
ライザは、ラスタに代わって非礼を詫びた。
「すまなかった、ブルーム。あいつを許してやってくれ」
「……いいのか? お前の仲間なんだろ?」
「例え仲間だったとしても、間違ったことをした奴の味方なんて出来ないよ」
「……面白い奴だな……」
ふっと笑うと、ブルームは孤児院に向かって歩いていってしまった。
ライザは彼女の姿が見えなくなると、改めてラスタが出ていった方を見つめた。
(ラスタの奴、すぐに機嫌を直してくれればいいんだが……)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ラスタは、ブツクサ文句を言いながら、サイデルトキアの街を歩いていた。
普段はお気に入りの街の喧騒が、今日はやたらと彼の神経を逆撫でさせる。
かつて、ラスタは誰かに負けたことなどなかった。一人旅を続けていて、唯一引き分けたのがライザだった。だからこそ、面白いとばかりにライザとコンビを組んだのである。
(まさか、このラスタ様があんな女に負けた? 馬鹿も休み休み言いやがれ!)
初めての敗北――「屈辱」の二文字が頭に焼きついて離れない。
考えれば考えるほど、憤りと共に怒りが込み上げてくる。
その時だった。何やらひ弱そうな男が手を擦りながらラスタの方に近づいてきた。
ラスタは鋭い目付きで男を睨みつける。
「なんだテメェは?」
「お初にお目に掛かります。わたくしのお見立てした所、あなた様は相当の剣士でございますね?」
「あぁ? オレ様は今、機嫌が悪いんだ。うろちょろしてると、首を跳ね飛ばすぞ!」
ラスタが剣を振り上げると、男は土下座をして謝った。
「そんな、滅相もない。わたくしめは、あなた様のような立派な剣士様に、先日仕入れた超レアな武器をお売りしたいだけなのです」
「なんだと……?」
ラスタは、そのひ弱な男の顔をマジマジと見た。どうにもいけ好かない顔だが、嘘を言っているようには見えなかった。ゆっくりと剣を収める。
「まあいい。見せてみろや。ただし、つまらんものだったら、ぶっ殺す!」
「わ、分かりました……、こちらです」
男は、びくびくしながら、ある物を取り出した。それを見た途端、今までのイライラが嘘だったかのように、ラスタの顔にぱっと笑みが浮かんだ。
(こいつはいい! 今度こそ、あいつをぶっ殺してやるぜ――!)
「おい、いくらだ。すぐに寄越せ」
「へ、へぇ、さすがお目が高い」
ラスタは、ひとり静かにほくそ笑んだ。




