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Heaven's Gate  作者: みずたにみゆう
>第1編<
8/37

8章 : 月夜

 ライリス様の孤児院通いが露見したあの日から、ライザ達がこの場所に来ることは日課となっていた。


 サイネル将軍は、軍の精鋭を引き連れてこの孤児院一帯を警備したいと奏上したが、ライリス様は「子供達が怖がるからやめてください。その分ライザさん達にしっかり守ってもらいます」と言った為、さすがの将軍も、渋々了承したということだ。


 それで、ライザ達が警備しているかと言ったらそうではなかった。実際は子供達と一緒になって遊んでいた。


 こんなことで、あんなに高い給金を貰ってしまっては悪いとライザは言ったのだが、「何もないに越したことはありませんよ」とライリス様はにこやかな顔で言い放つだけだった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 夜の帳が下り、縁側で和んでいたライリス様は、顔を覗かせ始めた月を静かに眺めていた。


 ゆっくりと湯呑みに入った緑茶を啜る。


「遊んでいるうちに、すっかり暗くなってしまいましたね」


「そうですね」

 と、横に座っていたライザも相槌を打った。


 初めのうちは馬鹿らしいと考えていたライザも、今ではすっかり子供達と打ち解け、遊び慣れていた。



 ライザは、自分がこんな風に打ち解けられるとは夢にも思っていなかった。


 今までは、何をするにも一歩引いて物事を見つめていたような気がする。どこにいても、何をしていても、自分だけが独り取り残されたような、そんな漠然とした感覚を拭い去ることはできなかった。


 だか今は違う。


 ここが自分の居場所なのだと確かに感じていた。



 庭の方に目をやると、ティアナとリーナが孤児達の面倒を見ていた。


「ふたりとも、ケンカしちゃだめなの」


「リーナはちゃんと見てたんだからね! 今のはトニーが悪い」


「う~~」


 トニーがふくれっ面をすると、リーナも負けじと頬を膨らませる。


「なに、その顔は? 最近のコドモって、ほんとナマイキなんだから」


 ふたりは、子供達相手に悪戦苦闘しているみたいだ。


 それを見ていると、自然と笑いが込み上げてくる。


(リーナの奴、自分もお子様なだけに、子供の扱いが巧いな……)


 などと感心していると、それに気づいた当の本人がやってきて、ぽかっと頭を叩かれた。


 たまらず頭を抱える。


「いったぁ。何するんだよ?」


「いま、変なこと考えてたでしょ?」


「そ、そんなことないって……」


「ア・ヤ・シ・イ」


 リーナが疑いの眼差しでこちらを覗き込んでくる。


「リーナは立派な乙女なんだからね! コドモ扱いしないで!」


「分かった分かった。そう怒るなって」


「あ~、その顔は絶対分かってな~い!」


 ふたりが夫婦漫才をやっていると、ティアナが心配そうな面持ちでやってくる。


「ライザくん、どうしたの?」


「大丈夫。何でもないよ。リーナと遊んでいるだけだから」


「そうなの?」


「ああ」


「だ~か~ら~! リーナは、本気で言ってるのにぃ~!」


「ははっ。ごめんごめん」


 そんなやり取りを見て、横にいたライリス様も笑みを浮かべた。


「うふふっ。本当に仲がよろしいのですね?」


「いつものことですよ。それよりも早く城に戻らないと、このままここに居ては危険ですが……」


 孤児院から城までは、普通に歩いて戻れば小一時間はかかる。


 それに、これから一層夜も更けてくるし、いつ魔族が襲い掛かってくるとも限らない。


 いつも夕日が沈む前には戻っていただけに、ライリス様のことが気に掛かっていた。


「今夜だけ、ここに泊まっていく訳にはいきませんか?」


「外泊、ですか?」


「ええ。もう少し子供達と一緒に居たいのです。みなさんがこうしてついていてくだされば、特に問題はないと思うのですが……」


「そうですね……、たまにはいいと思いますよ。いつも城の中に閉じ篭もっていたら、身も心も腐ってしまうだろうし。ジイさん達はどう思う?」


 意見を求められたファレスは、長いあごひげを撫でながら少し考えていたが、


「儂も賛成じゃな。特に魔族の気配も感じられぬし、一泊くらいなら問題はないじゃろう」


「自分も特に異存はありません。それでは、今夜はここで一泊して行きましょう。城には、自分が後で遣いの者を送っておきます」

 と、コウエンも同意した。


 みんなの言葉を受けて、ライリス様が深々と頭を下げる。


「みなさん、ありがとうございます」


「やった。今夜はみんなでお泊りなの♪」


 ティアナは、孤児院の子供達と一緒に眠れるのが嬉しいのか、満面の笑みを浮かべて喜んでいた。


 すると、脇に控えていたサイネル将軍が飛び出してきた。


「何をおっしゃっているのですか!? 国王がそのようなことをなさっては、みなに示しがつきませんぞ!」


「まあまあ。そんなに目くじらを立てなくても……」


 ライザは必死になって彼女の援護に回ったが、心配症であるサイネル将軍の小言は尽きない。


「ライザ殿は分かっておられぬのだ。国を束ねる者がこんなことでは、これから先が思い遣られる。そもそも、わたしは孤児院に警備兵を配置をしないことには反対なのだ。これではあまりにも――」


「うるせぇよ、オッサン」

 と、ラスタが突っ込みを入れる。


「誰がオッサンだって!?」

 と、サイネル将軍が反論しようとするが、


「オメェに決まってんだろうが。少しは黙っとけ」


「ぐっ……!」


 サイネル将軍は今にもラスタに掴み掛かりそうになっていた。


 コウエンが慌てて押さえ込む。

「しょ、将軍。落ち着いてくださいっ!」


「これが落ち着いていられようか!?」


 頭に血の昇ったサイネル将軍の顔は、茹でダコのように真っ赤である。


 ライザは頭を抱える。

「おいおい、ラスタ。水に油を注ぐようなことを言ってどうするんだ? 少しは考えろよ?」


「お、わりぃわりぃ。つい、口が滑っちまってな。……悪かったな、オッサン」


 ラスタは豪快に笑いながら、サイネル将軍の肩を叩いて謝った。


「お、おのれ~!」


 遂にサイネル将軍の堪忍袋の緒を緩めた。コウエンを振り切って、剣に手を掛けようとする。


 見かねたライザは、ふたりの間に割って入った。


「サイネル将軍。こいつの口の悪さは生まれつきで、決して悪気があった訳じゃないんだ。許してやってほしい」


「ぐっ……! ま、まあ、ライザ殿がそう言うならば許さんでもないが……」


「そういうことだ。今度から気をつけるんだな」


「お前が言うなっ! お前がっ!」


 ライザ達のやり取りを見て、ライリス様がくすくすと笑う。


「みなさんと一緒にいると、面白くて飽きることがありませんね」


「そうですか?」


「ええ。みなさんが護衛についてくださってから、毎日が楽しくて仕方ないです」


 ライリス様はまた笑みを浮かべる。心の底から笑っている様だった。


 ライザも彼女と同じ気持ちだった。


 この仕事に就いてからというものの、今までになく心が弾んでいる自分が居た。


 確かに魔族との戦いは辛い。それでも、そんなことを吹き飛ばしてしまえるくらいに彼女達と一緒に過ごせることが楽しかった。



「では、私達は少し出掛けてきますね」


「えっ!? 出掛けるってどこに……?」


「あのね、みんなをきれいにしてあげるの」

 と、嬉しそうに語るティアナ。


「きれいにする……?」


「ティアナが言っているのは、公衆浴場のことです。この子達は、私達と違って滅多に身体を洗うことも出来ません。ですからこの機会に是非連れて行ってあげたいのです」


「そうなの♪」


「いけませんか……?」


 ライリス様が真摯な瞳で見つめてくる。


 その言葉の節々から、孤児達のことを大切に考えている気持ちがひしひしと伝わってきた。


 もしかして最初からこれを狙っていたのではないか、と考えてしまう。


「いえ、構いませんよ。警護の方はしなくてもよろしいですか?」


「リーナさんとブルームさんに付いて来てもらいます。ふたりとも、よろしいですか?」


「リーナは構わないよっ!」


「……分かった」


 リーナとブルームは、それぞれがいつもの調子で快諾した。


「では、俺達はその間、外の警備を固めていますね」


「ありがとうございます。それでは、よろしくお願いしますね」


「はいっ!」



 ◆ ◇ ◆



 早速、ライザは公衆浴場の入口の警備に就いた。


 建物は相当年季が入っているらしく、窓も何もあったものではない。一見して何の店なのかも分からない程だ。


 それだけに客の入りも悪く、今夜は孤児院から来た一行しか利用者は居ないそうだ。開店休業状態とはよく言ったものだ。


 暫くして、孤児達が嬉しそうにはしゃぐ声が公衆浴場の外に漏れてくるようになった。


 きっとこんな所に来たのは初めてなのだろう。その声を聞くだけで、自然とこちらも嬉しくなってくる。


「おい、ライザ」


「ん?」


 声のした方を見ると、ラスタが手招きをしていた。


「どうしたんだ?」


「ちょっとこっちに来てみろよ」


「何かあったのか?」


「いいから来いって」


「……?」


 訳の分からないままラスタの所まで行く。


 建物の角を曲がると、公衆浴場の裏手に出た。



「わっ!?」


「馬鹿、声が大きいって!」


 ラスタは慌ててライザの口を押さえつけた。


「これは……!」


 表からでは分からなかったが、壁の一部が崩れていて、ここからだと中の様子がほとんど丸見えだった。


 生まれたままの姿をしたみんなの肢体が視界に飛び込んでくる。


 ライザは咄嗟に反対を向いていた。


「裏に回ってみて正解だったな」


「おい、やめようって」


「いいじゃねぇか。別に減るもんじゃなし。そもそも、こういうもんは覗く為にあるんじゃねぇのか?」


「そ、そんな無茶苦茶な……」


 恥ずかしがるライザを余所に、ラスタはじっくりと女性陣の品定めをしていく。


「お。お転婆姫の奴、なかなかいいスタイルしてるじゃねぇか」


「…………」


「あのクソ女も、あれで性格が良ければ問題ないんだろうがな……」


「…………」


「貧乳リーナはいいとして――おい、お前の好きなお転婆姫の妹もいるぞ?」


「えっ!? どれどれ……? ――じゃなくて! 駄目だって!」


「テメェ、今更何を紳士ぶってるんだ?」


 ラスタは不思議そうな顔をしてこちらを見ている。


「あのなぁ。これくらいにしておかないと、バレた時が怖いぞ?」


 ライザが頭を抱えていると――


「姫様。あんなに立派になられて……」


「サイネル将軍――!?」


「ふぉっふぉっふぉっ。年寄りには、ちと刺激が強すぎるかのう?」


「ジイさん――!?」


「自分も、もしもの時の為に見張っています」


「コウエンまで――!?」


 気づいてみれば、草葉の陰に男性陣が全員揃い踏みしていた。


(男なんて、所詮、同じ穴のムジナか?)


 ライザは、何とも情けなくなった。


 まあ、ここにいるライザには、言えた立場ではないだろうが。




 仕方なく(?)男性陣の輪の中に加わる。


 すると湯煙の中から何やら話し声が聞こえてきた。



「みんなぴかぴかになったの♪」


「そうね。今日はライザさん達に無理を言ってここに来させて頂いてよかったわ」


「うんっ! それにみんなで入るのってとっても楽しいの♪」

 と、ティアナは両手を挙げてはしゃいでいた。


 子供達は、それぞれお湯の中で幸せそうにくつろいでいる。


「…………」


「リーナさん、私の顔に何か?」


 ライリス様は、リーナの視線に気づいた。


「顔というよりは……」


 リーナは指をくわえながら、ライリス様のふたつのふくらみをじっと見つめていた。


「……?」


 ライリス様は、リーナの視線を辿って顔を下に向けると――


「え、もしかして胸のことを言っているのですか?」


「うん。世の中ってどうしてこんなに不平等なのかな~? リーナにもこれくらい、おっぱいがあればライザだってイチコロな筈なのに」


 とライリス様の胸をふにふにと触る。その手つきはどこぞのオヤジのようである。


「きゃっ! リーナさんたら……」


 両手で胸を隠したライリス様は、恥ずかしそうに肩まで湯船に浸かった。


「だ、大丈夫ですよ。恋人が出来れば自然と大きくなりますから」


「そ、それって――」


 途端にリーナの顔がボッと真っ赤に染まった。


「あっ……!」


 当のライリス様も、何気にとんでもないことを言っていたことに気づいた。


「わ、私ったら何を……」


 今度は鼻まで湯船に浸かってしまった。


 意味が理解出来ないティアナは、不思議そうに首を傾げる。


「おねーちゃん、どういうこと?」


「そ、それは……」


 ライリス様は返答に困ってしまう。


 突然、今まで隅の方で黙っていたブルームが代わりに口を開いた。


「……揉まれれば大きくなる……」


「ほんと?」


「……ああ」


 ブルームは、相変わらず淡々とした口調で語っている。


「そうなのか……、じゃあ、あたしもライザくんにおおきくしてもらうの♪」


「なっ……!」


 その言葉に顔を引きつらせたリーナが、即座に湯船から立ち上がった。


「な、な、な、なに言ってるのよっ! ライザはリーナのラヴァーなんだからねっ!」


「じゃあ、リーナちゃんはライザくんに胸をおおきくしてもらったの?」


「そ、そ、そ、そんな訳ないでしょっ!」


 リーナの顔がますます赤く染まる。


「……?」


 ティアナは話の内容を全く理解していないようだ。




 そんなやり取りを見ていたラスタが、ライザを肘で小突いた。


「くくっ。オメェ、人気あるじゃねぇか?」


「う、うるさいっ!」


「馬鹿っ! そんな大声を出したら――」



「……! 今、外から何か聞こえたっ!」


 一瞬にして、リーナの顔つきが真剣になる。


「ほんとうですか!?」


 驚いたライリス様は慌てて体を隠した。


「うん。間違いないよ。確かに男の人の声が聞こえたもん」


「敵か……?」


 不審に思ったブルームは、湯船から上がるとタオルを身体に巻いた。


 壁に立てかけておいた剣を拾うと、気配を窺いながらこちらに近づいてくる。



「馬鹿っ! オメェが大声を出すから、気づかれちまったじゃねぇかっ!」


「す、すまん……」


「こうなったら――」


 ラスタは一緒に覗いていた他の四人をぐるりと見回すと――サイネル将軍に照準を合わせた。


「ど、どうしたんだ、ラスタ殿?」


「オッサン。迷わず成仏してくれ」


「なっ……!」


 ラスタは、サイネル将軍を蹴りつけた。


 脆くなっていた壁が崩れ、将軍の身体が浴場の中に飛び込む。


 同時に女性陣の悲鳴が響き渡り、将軍が滅多打ちにされる音が聞こえ始めた。


「よし。今のうちに逃げるぞ!」


 掛け声と共にラスタは逃げ始めていた。ファレスとコウエンも飄々とした顔で後に続く。


「ひ、悲惨だ……」


 ライザは冷や汗を流しながら、みんなの後を追った。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 ライザは辺りをぐるりと一周してから孤児院に戻ってきた。


(特に魔族の気配も感じられなかったな)


 ほっと胸を撫で下ろす。


 今日一日は何事も無く平穏に過ぎ去って行きそうだ。


 あれからサイネル将軍はすっかり気を悪くして、孤児院の隅で独り、ヤケ酒を食らっていた。


 自分がその立場だったら同じ事をしていただろうなと苦笑する。


(後でサイネル将軍に謝っておかないとな……)


 などと考えていると、縁側の方に何かがぽつりと見えた。


(……ん?)


 じっと目を凝らしてみる。


 縁側の所に誰かが居るみたいだ。




 縁側までやって来てみると、それはティアナに膝枕をしてあげているライリス様だった。


 彼女は、ティアナの顔にかかった髪の毛を優しく掻き上げている。


 月の光が彼女を照らす。その姿は、さながら天女のようだった。


「ライリス様。湯上りにこんな所にいては風邪を召されますよ?」


 その声に気づいたライリス様が顔を上げた。


「ライザさん」


「中に入らないのですか?」


「ええ。実はティアナが眠ってしまって……」


「えっ……!?」


 見ると、彼女は幸せそうにすやすやと眠っていた。


 確かにこんな寝顔を見せられては、起こすのも気が引けるというものだ。


 ライザはふと、その寝顔を見ているだけで心が和んでいる自分に気づいた。


 自然と笑みが零れる。


「待っていてください。いま何か掛ける物を持って来ます」


 早速、毛布を探しに向かおうとしたが――突然「待ってください」と呼び止められた。


 ライザは驚いて振り返った。


「ライリス様、どうなさったのですか?」


「……少しだけお話をしたいのですが、よろしいですか?」


「ええ、構いませんが……」


 ライリス様はいつになく真剣な面持ちをしていた。



 ライザは、ライリス様のすぐ隣に腰掛けた。彼女独特の甘い香りが広がる。


「それで、お話って何ですか?」


「今日はごめんなさい。私、またライザさん達に迷惑を掛けてしまったみたい」


「あ、そのことですか。それなら俺なんかに気を使うより、サイネル将軍を安心させてあげてください。勢い余って浴場の中まで警備してしまうくらいですから」


「ふふっ。サイネルにもずいぶん心配掛けてしまっていますね。でも、私のことなどはどうでもいいのです」


「え……?」


「ライザさんは、ティアナのことをどう思いますか?」


「可愛い妹さんですよね。すごく純粋で」


「そうですか。やはり、あなたもそう思うのですね?」


「え、ええ……」


「そうですね。私もこんな純粋な子は見たことがありません」


 ライリス様は、膝の上で眠っている少女の頭を優しく撫でてやった。少女は幸せそうな顔を浮かべる。


 それを見て、ライリス様は軽く微笑んだ。


 だが、ライザの方に向き直ると急に真剣な顔つきに変わった。


「…………」


「……どうしたのですか?」


「実は、ティアナは私の妹ではないのです」


「えっ……! それでは、ティアナはいったい……?」


「この子は、孤児なのです」


「…………」


 ライザは返す言葉を失った。



 信じられなかった。ティアナが孤児だったなんて。この子だけは、この世界に蠢いている苦しみを味わっていないと思っていたのに。ティアナだけは、幸せな人生を歩んで来たものだと思っていたのに。



「それでも、この子は私に笑顔をくれた。勇気をくれた……。去年の冬、私は最愛の夫を失いました。原因は、夫のことを快く思っていなかった一部の軍人達の仕業でした」


「まさか、国王が病死したっていうのは……」


「国民を動揺させない為の嘘です。実際は、彼らの手によって暗殺されました。その事実を知ったサイネルは、極秘に彼ら一派を打ち払ってくれたのですが、それでも、死んだ夫が帰って来る訳でもなかった。……政略結婚だったかもしれないけど、私はあの人の優しさに、温かさに惹かれていました。そして、夫を失って初めて、私はあの人なしでは居られないことに気づいたの。どれくらい泣いたことだろう。……戴冠式が終わって、私が王位に就いてからも涙を枯らしたことはなかった。何もかもがどうでもよく感じられて、独りで生きていくことが辛く感じられて……。気づいた時には、この街を彷徨っていました。そんな時、涙で目を腫らした私を慰めてくれたのが、ティアナだったの」


「ティアナが……?」


 ライザは、ライリス様の膝で幸せそうに眠るティアナを見た。


「この子ったら、ずいぶん街を歩き回ったのか、靴も履かずにぼろぼろの格好で、泣いていた私の頭を撫でてくれたの……。自分の方がもっと辛い思いをしているはずなのに、この子は最高の笑顔で、明日になればきっといいことあるよって……」


 ライリス様は、いつの間にか涙を零していた。


 その雫が、膝で眠っているティアナの頬にぽたりと落ちる。


 彼女は、優しくその雫を拭き取ってやった。


「この子に慰められて、私はもう一度生きていこうと思えるようになった。それ以来、貧しい人、困っている人の為に尽くしてあげたいと思うようになったの。ひとりでも多くの人に笑ってもらいたい、幸せに暮らしてもらいたい。それが今の私に出来る唯一のことだと思うから、死んだあの人も喜ぶことだと思うから……」


「ライリス様……」


 気がつくと、ライザの瞳からも涙が溢れそうになっていた。


 ライザは涙を見せまいと、さっと横を向くと、暫く気持ちを落ち着かせた。


 そして、ティアナには不思議な魅力があることを改めて感じた。


(俺だけじゃなかったんだ。ライリス様もティアナに特別な力を感じていた。この子はまさに天使……)



 そう考えていた時、ライリス様が悲観的なことを口にした。


「内紛、暴動、魔族の横行、ダァト密教の流行。世界は今、どんどん地に落ちていっている。私なんかはどうなったっていい。この子さえ無事でいてくれたら……。ライザさん。私にもしものことがあったら、この子のことをお願い出来ますか……?」


 ライリス様の瞳は真剣そのものだった。しかし、ライザはムキになって反論する。


「もしものことって……! 何をそんな弱気になってるんですか!? ライリス様が居なくなったら、ここにいる孤児達は、国民はどうしたらいいんですか!?」


「…………」


「もちろん、ティアナのことは守ります。だけど、あなたのことだって守りたい」


「え……」


 ライリス様は、驚いて目を見開いた。ライザは力を込めて続けた。


「俺は誰も死なせたくない。この世の中に、どうでもいい命なんて存在しないんです」


「……ライザさん……」


「だからもう、そんな悲しいことを言わないでください」


「…………」


 ライリス様はライザの顔を見つめたまま固まっていたが、少しして、静かに立ち上がった。空を見上げると、大きく息を吸い込んだ。


 次の瞬間、彼女の顔はいつもの穏やかな顔に戻っていた。


「……似ている……」

 と、ライリス様は小さな声で言った。


「今、何か言いましたか? よく聞き取れなかったのですが」


「いえ、なんでもありません」


 ライリス様は、ライザの方に向き直ると、ぺこりと頭を下げた。


「……それでは、今後ともよろしくお願いします」


 ライリス様の突然の行動に、ライザはすっかり面を食らった。返す言葉に詰まってしまう。


「そ、そんな、改まって言うことなんてないです。俺の方こそ、お願いします」


「ふふっ」


 ライリス様は嬉しそうにくるりとひとつ回った。その仕草が妙に子供っぽく見えた。

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