4章 : 見舞い
(体が自由にならないというのは不便なもんだな)
ライザはベッドに寝たきりになったまま、ひとつ大きなため息をついた。
起き上がろうとするが、全身が油の注していないブリキ人形のように動かないのだ。
みんなには気づかせないようにしていたが、ここの所、敵に深手を負わされることなどなかっただけにショックも大きかった。
(魔獣如きにやられるなんて、俺もそろそろ焼きが回ったかな?)
何かにつけて、悪い方向に考えてしまっている。
バタン、と大きな音をさせて誰かが部屋に駆け込んできた。誰が来たのかは顔を見なくてもわかる。
「ライザ、お待たせっ!」
息を切らせながらリーナが入ってきた。手には鍋を持っている。
「お前っていつも元気だな」
「えへへ~、そう? それよりも見てみて! リーナスペシャル、完成だよ!」
リーナは嬉しそうに作ってきたお粥を披露してみせた。
蓋を開けると、ふわっと湯気が広がり、良い匂いがした。中には山菜や干し葡萄などがふんだんに盛り込まれていて、見るからに美味しそうだ。
――しかし、何かが間違っている。
「お前なぁ。俺は風邪引いた訳じゃないんだぞ。どうしてお粥が出て来るんだ?」
「え、違った? 元気のない時は消化にいいものを食べなきゃダメなんだよ。体調悪いんでしょ?」
「まあ、体調が悪いと言えば悪いが……」
「なら、ちゃんと食べなきゃ。体力つけて、早く元気なライザに戻ってね♪」
「あ、ああ」
リーナが息をふーふーと吹き掛けながら蓮華を差し出してくる。
「熱いから気をつけてね。はい、あ~ん」
相変わらずのマイペースっぷりだ。
それでも、こういう所がリーナのいい所なのだと思う。
大人しく口を開けて、お粥を貰う。
「えへへ、美味しい?」
「うん。まずまずの出来かな」
「よかった♪」
部屋をノックする音と共に「失礼します」と声が聞こえた。
「ライザさん、よろしいですか?」
「ライリス様」
見ると、手に包みを持ったライリス様が立っていた。
「どうしたんですか?」
「早く元気になって貰おうと思って、クッキーを焼いて来たんですが……」
とベッドの前で仲良さそうにしているふたりを見て、
「お邪魔だったかしら?」
「い、いえ、そんな――」
「それって、リーナとライザが恋人同士に見えたってこと? やだ、そんなほんとのこと!」
リーナは勝手に解釈して自分の世界に入り込んでしまっている。
「こいつのことは放って置いて、中に入ってください」
「え、ええ」
ライリス様はためらいがちに部屋の中に入った。
その時、彼女の後ろに、ティアナが隠れるようにしてしがみついていることに気づいた。
「ティアナ。君も来てたのか」
「うん。ライザくんのことが心配だったの」
と可愛らしい笑顔を見せる。
「むっ!」
それまで自分の世界に入っていたリーナの顔が急に険しくなった。
物凄い量のお粥を一気にライザの口に押し込む。
「ぐわっ! く、苦しい……って殺す気かっ!?」
「べつにぃ~」
「どうしたんだよ。急に不機嫌な顔をして」
「何でもないっ!」
と言いつつも、リーナはぷうっと顔を膨らませていた。
「……?」
乙女心はわからない。
「済みません、見苦しい所をお見せしてしまって」
「うふふ。構いませんよ。少しずつだけど、元気になってきている証拠です」
「ありがとうございます」
「ライザくん、近くに行ってもいい?」
と、ティアナが少し遠慮がちにこちらを見遣る。
「うん。構わないよ」
「わ~い」
ティアナは嬉しそうにベッドの隅にあった椅子に腰掛けた。
「クッキーはここに置いておきますね。後で食べてください」
とライリス様。
「いえ、せっかくなので、今いただいても良いですか?」
「いいのですか?」
「はい」
「お口に合えばいいですけど……」
そう言うと、ライリス様はクッキーの入った包みを開いた。
いかにも手作りといった感じだが、不思議なことに綺麗な形をしたものと不恰好なものが混じっていた。
ライザが疑問に思っていると、目の前の少女が「これね、ティアナが作ったんだよ」と嬉しそうに見せてくれた。
「そうなのか。それじゃ、ひとつ」
と不恰好なクッキーをひとつ口に放り込む。
「……どうかな?」
「美味しい!」
「ほんと?」
「ああ。お世辞なんかじゃないよ。冗談抜きで美味い!」
ふたつ、みっつと次々と口に放り込んでいく。
「よかったわね、ティアナ」
「うん。失敗してたらどうしようかと思ったの」
ティアナは満面の笑みを見せた。
確かに見てくれは悪いかもしれない。だけど、彼女が俺の為に一生懸命作ってくれた気持ちが伝わってきた。
頭の中に、ティアナとライリス様が仲良くクッキーを作っている姿が浮かんでくる。
何とも微笑ましい光景だ。
それまでじっと様子を見つめていたリーナも、クッキーをひとつ食べてみた。
「…………」
それを見たティアナは、リーナにも味の良し悪しについて訊いてみた。
「リーナちゃん、どう?」
「……おいしい」
その言葉には心なしか怒気が込められているような気がした。
「ほんと? よかったの」
それを聞いて、ティアナは飛び上がるようにして喜んだ。
ティアナの笑顔を余所に、リーナは複雑な表情を浮かべていた。
「……でも、ちょっとだけ小麦粉と砂糖の加減がおかしいみたい。今度、リーナが教えてあげる」
「いいの?」
「うん。リーナは構わないよ」
「よ~し、今度はもっとおいしくできるようにがんばる!」
と、ティアナは嬉しそうにガッツポーズを取った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから、四人で楽しいひと時を過ごした。
驚いたことと言えば、ライリス様が紅茶の用意をしてくれたことだ。
この方は本当に国王なのだろうか、と疑ってしまう。
見ず知らずの男でも家族のように扱ってくれるし、一般人との垣根というかそういうものが一切感じられない。
彼女といい、ティアナといい、この姉妹には何か違うモノを感じる。
「ねえ、ライザくんのお仕事って何なの?」
「えっ、俺の仕事?」
「うん。教えて欲しいの」
ティアナの瞳が興味津々といった感じでこちらを見つめていた。
彼女は純粋に興味を持っているらしい。
ここは分かりやすく説明してあげた方がいいかもしれない。
「そうだな……、俺の仕事は、人びとを苦しめる魔族を倒すことなんだ」
「魔族って、森とかにいる怖い怪物のこと?」
「そう。あいつらは時々、街の周辺に現れると悪さばかりするんだ。それを見つけて懲らしめてやるのが俺の仕事」
「へぇ、すごいの。怪物ってとても大きくて強いんだよ? ライザくんて強いんだね」
ティアナは羨望の眼差しを向ける。何だか照れ臭い。
「そんなことないよ。今回もこうやって重症を負わされたくらいだから」
と、ライザはわざとらしく包帯の巻かれた腕を挙げて見せた。
「あたしも、あんな怪物をやっつけられたらいいな……」
「身体が治ったら、剣術を教えてあげようか?」
「ほんと?」
「ああ。本格的なのはちょっと難しいだろうけど、簡単なものだったら教えてあげるよ?」
「わぁ、ありがとう。これであたしも強くなれるかも。うふふっ」
ティアナは嬉しそうに笑みを浮かべた。
「……魔族って何なのでしょうね?」
「えっ……」
ライリス様は、今までになく真剣な顔をしていた。
彼女にしてみれば自分が狙われている意味が分からないのだろう。
確かにそうだ。魔族の行動には不可解な点が多過ぎる。いや、そもそも人間と同じ概念を持っていると考えること自体が間違っているのだろうか?
しかし、長年この仕事をやってきたライザにもその意味は分からなかった。
「魔族誕生の歴史は数十世紀前に遡ると言われています」
「それは俺も聞いたことがあります。クリフォート戦争ですよね?」
「はい。信じたくはないですが、そもそもこの世界は十人の《クリフォート》が支配する世界だったと言われています。人間達は彼らの奴隷として生きてきたと。それがある時、彼らが二派に分かれて争い始めました。伝承によれば、《クリフォート》のひとりがその部下を引き連れて反乱を起こしたと言われています。その戦いは数世紀に渡って続き、世界全土をも巻き込んだ大戦争に発展したそうです。両者は互いに疲弊し、弱体化していきました。最終的には反乱側を鎮静化させるに至ったのですが、それまで築き上げてきた文明はすべて破壊しつくされ、そのダメージは計り知れなかったと言います」
「そうだったんだ……」
と、リーナは初めて聞く昔話に驚いていた。
説明が難しくなった為、ティアナはよく分からないと言った感じで首を傾げていた。
「そこで立ち上がったのが、サイデルトキア王家の先祖だったんですよね?」
「はい。人びとは生きる希望を失っていたのですが、そこに彗星の如く救世主が現れました。名前は残されていませんが、この国に残る伝承では、現在のサイデルトキア王家の先祖だったらしいです。人びとは彼を中心として、弱体化した魔族を一気に駆逐し始めました。これが俗に言われている解放戦争です」
「もしかして、この国の東にあったボイス・クリフォート(魔人の森)って――」
「そう。その戦争で駆逐された魔族が住み着いた場所なんだ」
「ほえ~」
リーナはスケールの大きい話に目を回してしまっている。
「彼らはきっと、私に恨みを持っているのでしょうね。自分達を森に追い遣った子孫として」
ライザとリーナは鼻息を荒くして反論した。
「そんなの八つ当たりじゃないですか!」
「リーナもそう思う。そんなのっておかしいよ!」
「……そうでしょうか?」
「そうですよ。安心してください。俺達が絶対にあなたを守って見せます!」
「リーナも!」
「うふふっ。そう言ってもらえると頼もしいです。こんな私ですが、おふたりとも、これからよろしくお願い致します」
とライリス様はぺこりと頭を下げた。ふたりも彼女に合わせて反射的に頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「リーナも頑張るからね!」
「はい。期待しています」
これが、ライザの心に、この姉妹を守らなければならないという意識が強まった瞬間だった。
仕事だからだけではない。ひとりの人間として、彼女達と向き合いたいと感じたのだ。




