35章:能力覚醒
ライリス様から抜き取られた核を植え付けられたグングニルの力は圧倒的だった。
瞬発力、攻撃力、防御力。全てが抜きん出ている。
それ以前の本来のグングニルの実力を見てきたリーナには、彼の更なる力の覚醒は恐怖でしかなかった。
(信じられない! 強過ぎる……!)
サイデルトキアで皆で力を合わせて倒した地の魔人フレディもなかなかのものであったが、あの魔人を軽く凌駕するような絶対的な格の違いが感じられた。
「フンッ! フンッ! フンッ!」
息を付く寸暇も与えずにライザに攻撃を繰り返していく。
「ぐっ……!」
剣を交えているライザも同様の感想を持っていた。
(正直、あの氷の魔人にも匹敵するのではないか……!?)
冷めた瞳で、冷静に眼鏡を押し直すセラフィスの姿が浮かんでくる。
身体を乗っ取られ、操られているとは言え、手加減して何とかなるような相手では無かった。
一瞬でも油断すれば、即座にオレイカルコスの槍の餌食になってしまう。
「一撃必殺乃槍!!」
「土人形乃盾!」
グングニルが必殺の槍を放つと、ライザは岩の盾を編み出し攻撃を相殺する。
土の盾は瞬時に打ち砕かれ、グングニルの更なる一手がライザを襲う。
「くっ!!」
心臓に槍が減り込む寸前で身体を捻って土の盾を再生成し攻撃を受け止める。
「一撃必殺――――」
その刹那、
「相棒の首を取るのはオレ様だ!!」
「なっ……!」
グングニルの攻撃を食い止めていたのは、ラスタだった。
ラスタはグングニルの背後から脇腹に炎魔竜神剣を減り込ませていた。
「お前は……!」
ライザの前に現れたのは、ブルームを抱きかかえたラスタだった。
ブルームは満身創痍で意識を失っていた。
そんなラスタも炎魔装甲が半分以上欠けており、首の大きな切り傷からは猛烈な出血をしていた。
ラスタはグングニルを蹴り上げると、突き立てていた剣を引き抜いた。剣を振り下ろし、貼り付いた血を振り払う。
「ラスタ、一騎打ちはブルームが負けたのか……?」
「いや、悔しいがこのアマの勝ちだ。最高だったぜ。このアマがオレ様同様に魔人の力を持っていたら立っていたのはオレ様ではなかった筈だ」
ラスタは清々しい顔をして笑みを零した。
そう答えるラスタは息が荒く重傷であることが窺えた。
「リーナ、このアマを治療してやれ!」
とラスタは、気を失ったブルームをリーナに投げ付けてくる。
「わわっ!!」
リーナは慌ててブルームをキャッチする。
「ラスタ、どうして――」
「勘違いするな! テメェらを助けるつもりはねぇ! オレ様はリスティの奴に用があるんだ!」
と、ラスタは、グングニルに乗り移った黒幕をキッと睨み付ける。
「炎の魔人か。どうした? 風の小娘との戯れはもう良いのか?」
「お陰様でな。流石オレ様が認めた女だ。まさか魔人化したオレ様に打ち勝つとはな。もはやこのアマとの間には心残りはねぇ」
「ふふっ、愚かよのう。その力を与えられてさえ、勝てぬか」
「黙れ、リスティ! テメェに力を借りて大幅な能力アップを図ったことは感謝している。だがな、テメェの仲間になった記憶はねぇんだよ! とっととこの場から立ち去れ! もしくは、テメェ自身の肉体で持って出直して来い! 小娘やオッサンの身体を借りて陰でコソコソと邪魔しやがって! オレ様はテメェのそういう陰険な所が気に食わねぇんだよ!! 正々堂々と姿を見せろ!!!!」
「なぜ妾がゲプラーの戯言を聞かねばならぬ」
「黙れ、ババァ!!」
「ぬぅ! 一撃必殺乃槍!!」
「はあぁぁぁぁ! 炎蛇荒神斬滅殺!!」
グングニルの必殺技が炸裂したと同時に、ラスタは最強の炎蛇を召喚させる。
土の盾を生成出来るライザとは違ってラスタには防御する技はなく、オレイカルコスの槍がラスタの心臓を確実に貫く。
それと同時に、炎蛇がグングニルを喰らい、業火に焼かれ黒焦げとなる。
先ほど迄の一騎討ちでブルームはこの技をうまく否していたが、本来は相手の骨を残さずに焼き尽くす超高火力の必殺技だ。
これ迄に無双状態を誇っていたグングニルも、ラスタの必殺技の前には無力だった。
互いに防御を無視した最強の矛同士の激突は相性が悪く、確実に互いの身体を砕いていた。
「ラスタ!! グングニル!!」
ライザは慌ててふたりの許へと駆け寄った。
ラスタの心臓には大穴が開いており、もはや立って息をしているのが不思議な位だった。
一方のグングニルは全身を焼かれ身動きが取れない。全身が黒ずみ、ブスブスと煙が沸き上がっている。
グングニルに取り憑いているリスティは悔しそうに唸る。
「ゲプラー、貴様ぁ〜〜!! せっかくのお気に入りの人形をこんな風にしおって〜〜!!」
リスティが叫ぶと、その勢いで炭化したグングニルの左腕がぼとりと地面に落ちた。
「まだだ! まだまだ楽しませてもらうぞ〜〜!!」
グングニルの中で蠢くリスティが叫ぶが、
「そろそろ黙らぬか!!」
それを静止するようにグングニルは自らの右の手刀を心臓に突き立てていた。
「なっ……!」
驚いたのはリスティ自身だった。
意識を乗っ取られていたグングニルが自我を取り戻し、自害を図ったのだ。
「卑怯なる魔人よ、我の肉体から去れ!」
「おのれ、妾を侮辱しおって〜〜!! マルクトよ、覚悟しておくが良い」
「リスティ……!」
そう言うと、グングニルに取り憑いていた気配は消え去った。
「グングニル!!」
コウエンやブルームの治療をしていたリーナも、思わず手を止めてグングニルに駆け寄った。
慌てて治療を施そうとしたが、その傷を見て息を呑んだ。
無理だった。回復魔術を掛けて何とかなるような段階を超えていた。
細胞が焼き尽くされ、回復した所で元の状態につなぎ合わされることは無いと理解した。
「青年よ」
「えっ!」
ライザに声を掛けたグングニルは、自らの心臓に突き立てていた手刀を引き抜くと、手に持っていた核を手渡した。
「これは基礎の核だ……、必ずお主の力になるであろう……。受け取るが良い」
「グングニル様……」
流石『オツ・キイム』伝承に詳しいケシュア族と言った所か。グングニルは自身に何が埋め込まれていたのかを理解しているようだ。
ライザは涙を堪えながら、イェソドの核を受け取る。
その途端にグングニルの右腕も崩れ、その場に倒れ込んだ。
受け身も取れず地面に打ち付けられ、更に胴が砕ける。
リーナに応急処置を受け、意識を取り戻したブルームが師匠の異変に気付く。
身体を引き摺ってグングニルの許に歩み寄る。
「グングニル! まさかお前が……! どうして……!!」
両腕と下半身を失ったグングニルは笑みを浮かべる。
「ブルームよ、我はここまでのようだ。魔人化させられた時点で我の行く末は見えていた。……お主は決闘に打ち勝ったのだな」
「……ああ。あの男に地下牢獄での礼をしてやった」
「ふふ、出会った頃には泣き虫だったお前がここまで成長したか。本当に大きくなったな《夜風を屠る女豹》よ」
「グングニル……」
「お主はケシュア族の長である我が認める最強の戦士だ。後のことはお主に託す」
「ああ……、分かった」
ブルームの言葉を聞くと、グングニルは嬉しそうに笑った。
同時に顔にヒビが入り、静かに砕け散った。
致命傷であり、もはや手当も何も出来なかったリーナは、悔しそうにその場にがくりと膝を付いた。
「そんな、こんな最後だなんて……」
「悪りぃ、手加減出来なかったぜ」
と笑みを溢したもう一方のラスタも、もはや虫の息だった。
「おい、相棒!」
「ラスタ!!」
「最強のオレ様も流石に疲れたわ。少し休ませて貰う。だからこれをテメェにやるよ」
「えっ……!」
ラスタは、大穴が開いた胸部に手を突っ込むと、真っ赤に光る核を取り出した。
「これはオレ様が持つ峻厳の核だ。今のテメェならば、この力を使いこなせる筈だ」
「分かった……。ラスタ、お前だと思って大切に使わせて貰うよ」
「気持ち悪りぃこと言うなよ、相棒。……ふふっ、じゃあな」
そう言うと、ラスタは立ったまま静かに息を引き取った。
その顔は魔族のそれではなく、確かにひとりの人間としての顔だった。
ブルームに対する復讐の炎に焼かれていた筈のラスタは、ブルームを助け、そしてライザも助けていた。
プライドの高い彼は最後まで誰かの言いなりになるのではなく、自身で考え、行動をして、その生涯を一切の悔いなく全うしたのだった。
◆ ◇ ◆
ライザは、グングニルとラスタを埋葬すると、ふたりから託されたふたつの核を魔剣アンサラーの窪みに嵌めた。
魔剣は赤とも黄色とも言えぬ不思議な色を暫く放った後、元の色合いを取り戻した。
ライザは改めて魔剣アンサラーを構え直すと、想念を集中させる。
――ドクン!!
(これは……!?)
ベースとなる魔力が数倍にも膨れ上がっており、地属性だけではなく、火属性の力も引き出せるようになった感覚があった。
ここ暫く、リーナの叔父の魔導道場で能力の引き出し方や制御の仕方を修行していたが、正直あの時の力の比ではない。
クリフォートの核を新しく取り入れ、ライザの力は大きく引き上げられたのだった。
そして、感じられた。
精神を集中させることでこれまで把握出来る筈も無かったセラフィスの気配が感じられるようになった。
あの男は南方、魔人の森に居る。
そして、神官ファレスの気配も同様に感じ取れるようになった。
神官も同じく魔人の森に居るようだ。
(ジイさんの奴、セラフィスに捕まっていると考えた方が無難か)
こうなるとリスティの気配が感じられないのが不気味ではあったが、贅沢は言ってられない。
「ライリス様、グングニル様、そしてラスタ……、あなた達の犠牲は無駄にしない」
ライザは魔剣アンサラーを高々と掲げた。
「俺が必ずリスティやセラフィスを討ち取り、この不毛な戦いに決着を付ける!!!!」
そして、治療を受けて横たわっているコウエンとブルームと共に、プロテクトチェーンに巻かれて眠っているティアナに目を遣った。
(ティアナ、やっと会えたな)
ライザは優しくティアナの頭を撫でてやる。
あの日、ライリス様を手に掛けてしまったサイデルトキアの夜。あれから随分と長い月日が経っていた。
今は力を抑え込まれて眠っている状態だが、目を覚ましたらどうなるかはまだ分からない。
だが、ここまで辿り着く迄に借りた皆の力や、ラスタやグングニルの犠牲は無駄には出来ない。
必ずティアナを人間として目覚めさせ、そして伝えたい。
愛していると。
ライザはプロテクトチェーンと猿ぐつわを優しく解くと、ティアナを真っ直ぐと見つめた。
あの夜と同じく五歳程成長しており、全体的に大人っぽくなっていた。リーナよりも歳上に見える。
リーナの話では、ティアナはリスティに操られており、こちらに攻撃を仕掛けてきたという。
今の状態で目を覚ましたとして、果たしてどのような状態になるのだろうか。
「ティアナ? ティアナ?」
彼女の名を読んでみたが、反応は無い。
(もしかして……?)
ライザは意を決して、別の呼び方でティアナに声を掛けてみる。
「ティファ……?」
ライザが彼女の呼び方を変えると、ティアナはピクっと反応した。
(やはりそうだ。あの夢の中の少女はティアナだ!)
ライザは夢の中の自身のペルソナをなぞって優しく話し掛ける。
「ティファ、ボクだよ。マルクトだよ」
「マルクト……? マルクトなの……?」
ティファと呼び掛けられたティアナはゆっくりと目を開けた。
目の前には期待と不安が入り混じったような複雑な顔をしたライザの姿があった。
「マルクト!」
ティアナはライザの胸に飛び込んだ。
「やった、やっと会えたんだね!」
華奢なティアナとは思えない程に力強い抱擁だ。
「ああ、君がボクのことをずっと呼び続けてくれていたからだ。だからボクはこの世界に絶望せずにずっと生きて来れたんだ」
日々の悪夢の中で何度も励ましてくれた存在。
サイデルトキアの地下牢獄の中で道を示してくれた存在。
全ては目の前に居るティファレトという存在のお陰だった。
彼女はティアナとしての記憶を失っていた。
だが、ライザのことはマルクトとして覚えていた。
昔からずっと大好きだったティファレトとして目の前に戻って来てくれたのだ。
ライザの全身に何とも言えぬような温かく力強いものが湧き上がってきた。
先ほど迄に大幅な能力アップを果たしていたが、それとは比較にならぬ程の力が沸々と湧いてくるのを実感した。
これは愛の力。
ティファレトが自分に与えてくれた何にも勝る最高の力だ。
「ティファ、愛しているよ」
「マルクト、あたしもだよ。大好き」
そして、ふたりは強く、強く、抱き締め合ったのだった。




