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Heaven's Gate  作者: みずたにみゆう
>第4編<
34/37

34章:最強の槍

 ティファレトは虚ろな目をして攻撃を放ってくる。


「ライトニング・レイン!!」


 月光を得てティファレトの周囲を囲むように生成された無数の光の矢がグングニルを襲う。


 ブルームとラスタの一騎打ちの邪魔にならぬように、グングニルはティファレトを自然と引き離すように誘導しながら彼女の攻撃をかわし続けていく。


 グングニルは精神を集中して気を練ると、オレイカルコスの槍に想念を溜めていく。


 側に居たリーナとコウエンは、その力に圧倒される。


(す、凄い……!!)


 ラスタとブルームの規格外の戦いにも引けを取らぬような強大な力だ。


 余りの重圧に、その場に立っているだけでも辛くなってくる。


 操り人形と化したティファレトことティアナが無詠唱で無数の光の矢を放ってくるが、グングニルは槍を高速で回転させると、それを無効化していく。


 相手の波動は紛れもなく上級魔族≪クリフォート≫である筈なのに、そんなことは全くお構いもなく、冷静に相手の攻撃を捌いていく。


 これが経験の差と言えるのだろうか。


 ティファレトはまだ魔族として覚醒したばかりであり、しかも何者かに操作されているだけに過ぎない。


 一方で歴戦の勇士であるグングニルには、それを圧倒するだけの技術や知識があった。


 彼女の放つ光の矢は強烈で、まともに喰らったら一撃で絶命する程の威力を持っていた。


 それでも、当たらなければその威力も一切発揮されない。


 未熟なティファレトが放つ光の矢は精度が悪く、かつ、グングニルの技量の前では無意味。



「これならば、ティアナ様を捕獲することも可能かもしれません」


 と、コウエンの顔にも少し笑みが溢れ始めてきた。


 一方、攻撃を当てられないティファレトの顔に徐々に焦りが見え始めてきた。


「ライトニング――」


「ハッ!」


 グングニルは槍に適量の想念を集めると、ティファレトの鳩尾みぞおちへと、静かに、適度に攻撃を加えた。


「ぐっ……!」


 ティファレトは前屈みに倒れ込むと、その場から動かなくなった。


 グングニルは小枝でも拾い上げるように、ティファレトを抱きかかえる。


「やった〜〜!!」

 と、リーナはガッツポーズを取った。


 グングニルの圧倒的な勝利だった。


 ティファレトに一切まともに戦いもさせずに、彼女を無力化していた。


「リーナさん、今です。プロテクトチェーンを!」


「うん!」


 コウエンとリーナは手分けして、ティファレトの魔力を無効化するプロテクトチェーンで縛り上げた。


 操られて舌を噛み切らせないよう、口には猿ぐつわを装着した。


 本当はこんなことはしたくなかったが、冷静さを取り戻す迄はこうして無力化しておくしかなかった。


「ふう……、これで大丈夫かな?」


「ええ、問題ないと思います。だけど、ここまですんなり上手くいくなんて……」


 コウエンは、目の前に立つグングニルという老兵を見上げた。


 グングニルは汗一つかいていない。その存在感は圧倒的だった。



 意識を失っている筈のティファレトから声が漏れてくる。


「ふふっ、使えない小娘よのう」


「えっ!」


 驚いたリーナがティファレトに注目する。


 ティファレトは不自然な動きをしながらチェーンを引き千切ろうとするが、先ほど迄の勢いは最早なく、年相応の女の子がもがいているようにしか見えなかった。


 気を失い、首を傾けたままのティファレトから声が発せられる。


「対マルクト用に準備していた駒だったが、こうも容易く捕縛されるとはな」


「今すぐティアナの身体を開放して!!」


「くくっ、良かろう。妾をここまで感心させた褒美だ。この小娘の身体を開放してやろう。ただし――」


 ティアナの体が眩く発光したかと思うと、グングニルの身体が発光した。


「なっ……! き、貴様……!!」


 グングニルはその場に蹲った。同時に、ティファレトがその場に倒れ込む。


「えっ、グングニル!?」


 初めてグングニルが体勢を崩したのを見て、リーナとコウエンは慌てて駆け寄った。


「くくっ、成る程のう。こやつ、なかなかの力を持っておるわ。ティファレトでは手も足も出ぬ訳だ」


 視点の定まらぬ虚な目をしたグングニルが、似つかわぬ声色で言葉を紡ぐ。


「そんな! まさか!?」


 それは、ティファレトに代わって、グングニルが何モノかに身体を乗っ取られたことを意味していた。



 ◆ ◇ ◆



「……邪魔者は居なくなったようだな」


 ティファレト達が南方へと走り去っていったのを見届けたラスタは、改めてブルームへと向き直った。


「ああ……。そのようだな」


 だらりと左腕を落としたブルームは、二人きりになれたことを嬉しそうに笑った。


 風魔雷神剣を構えたブルームは、出来るだけ平静を保ちながら、ラスタの威圧感に負けまいと向き合っていた。


 だが、ブルームの左肩は大きく抉れていて痛みが凄く、左腕には最早一切の感覚がなかった。


 一方のラスタは、左脇腹に深手を追っていた筈だが、『炎魔装甲』を纏い、その傷を覆い隠していた。


 完全に魔人化し、底無しの体力を身に付けたラスタにとっては、この程度の傷は何でも無いというのだろうか。


「さあ、続きだ!」


 ラスタは、細かい斬撃を放つと、ブルームの足場を崩していく。


「くっ!!」


 足元に攻撃を集中させ、体制を保つこともままならぬ様にしていく。


 サクッ、サクッ、サクッ!


 怒涛の勢いで、ブルームの両脚を斬撃で切り刻んでいく。


「トドメだぁぁぁぁ! 炎蛇荒神斬滅殺っ!!」


 ラスタは間髪入れずに必殺技を放つ。


「せいやぁ!」


 ブルームはボロボロになった両脚で地面を蹴って、空を舞う。


 風魔雷神剣を口に咥えながら頭を前に飛ぶと、全身を捻って、炎蛇荒神斬の一撃を間一髪の所で躱す。


 躱したものの、衝撃波が掠めた肋骨を持って行かれ、バギバギと折れる音が響く。


 だがブルームは、大振りのモーションを取っていて反応が遅れたラスタの懐に飛び込むと、義手である右腕に両脚で絡み付く。


「て、てめぇ!」


「風神剣、風魔灰燼!」


 ラスタの腕を一回転して勢いを付けたブルームは、《夜風を屠る女豹》と呼ばれる所以たる必殺技をラスタ目掛けて放った。


 ザシュッと大きな音がしたかと思えば、ややあって、ラスタの喉から大量の血が吹き出していた。


 ブルームの必殺の一撃が、ラスタの喉を掻っ切っていた。


「ぐふっ……!」


 『炎魔装甲』が解除され、白目を向いたラスタが仰け反った。


 ラスタの腕に絡んでいた脚が解けたブルームは地面に強く打ち付けられる。


 ふたりは同時に吐血すると、その場に倒れ込んだ。


 魔人クラス同士の壮絶な一騎討ちは、相討ちと呼べる状態で決着したのだった。



 ◆ ◇ ◆



「本当に凄い肉体だな、此奴は」


 グングニルを乗っ取った何モノかは、嬉しそうに声を上げると、オレイカルコスの槍に想念を溜めていく。


 その場に居たリーナとコウエンは、思わず後ろに後ずさった。


「コウエン、どうしよう……? グングニルが……!?」


「落ち着いてください、リーナさん。今、あの方と戦うのは得策ではないです。ティアナ様を連れて逃げましょう!」


「でも……!」


「プロテクトチェーンはもう使い切ってしまいましたし、そもそもあの方を想定した戦闘シミュレーションは用意していなかった! 能力が未知数過ぎます!!」


 確かにグングニルという老兵の能力は底が知れないように思える。


 ましてや、今回の戦いで初めて行動を共にするようになったばかりだ。


 正直、槍使いであることしか分かっていない。



「ふふっ、妾は今、気分が良い。苦しまずに一思いに息の根を止めてやろうではないか」


 グングニルは想念を十分に溜めたオレイカルコスの槍を構えると、リーナ目掛けて投擲する。


「リーナさんっ!」


 コウエンはリーナを抱き抱えると、グングニルの投擲を躱した。


 しかし、躱した筈の槍は空間を超越し、コウエンの背を射抜いていた。


 射貫かれたコウエンは吐血をし、リーナに覆い被さる。


「そんな、コウエン! どうして! どうして!?」


 コウエンを貫いた槍は、いつの間にかグングニルの手元に戻っていた。


「成る程、此奴は面白い能力を持っているようだな」


 グングニルを掌握した何モノかは嬉しそうに笑う。



 一撃必殺の槍。


 ケシュア族の長の間で代々受け継がれてきたオレイカルコスの槍はそう呼ばれていた。


 一度獲物を定めたら、相手が避けようとも必ず命中させる追尾能力を持った神器。


 しかも、仕留めた後は自動的に持ち主の手元に戻ってくるという追加能力さえも持つ。


 その神器の必殺技を使わずとも、グングニルは十分に手練れた人物だ。


 まさに無敵とも言える組み合わせ。


 そんな存在をクリフォート側に奪われてしまったことは最悪の展開と言えよう。



「女。次は確実にお前を仕留めてやろう」


 グングニルは、槍に想念を集め出すと、リーナに照準を定めていく。


 リーナは、コウエンの傷を癒そうと必死に回復魔術を掛け続ける。急所は外れているようだったが、なかなかに傷は深い。


 最初は混乱していたリーナだったが、最早、逃げる気も無かった。


 コウエンやティアナを置いて逃げられる訳が無かった。


 一人で逃げる位ならば、コウエンを助けて、一発逆転に賭けたかった。


「喰らえっ!!」


 グングニルが投擲を行なう。


 リーナはコウエンを守るように両手を広げた。


「ライザぁ〜〜!!」


 だが、槍はリーナを貫かなかった。


 リーナの全身を覆うように岩壁のバリアが発生し、槍の攻撃を食い止めていた。


「なっ!!」


 驚いたのは、グングニルだけではなく、リーナも同様だった。


 行き場を失った一撃必殺の筈の槍は、グングニルの手元に戻っていた。



「リーナ、大丈夫か!?」


 リーナの目の前には、魔剣アンサラーを構えたライザが立っていた。


「ライザ! ライザぁ〜〜!!」


 リーナは思わぬライザの登場に、全力で抱き付いていた。


「ちょ、ちょっと、激しすぎるぞ、リーナ。落ち着けって!」


「だって、だって……!」


 リーナは泣きじゃくっていた。


「先程迄の覚悟を決めたリーナは何処に行ったんだよ……」


 ライザは、リーナの頭を優しく撫でてやる。


 リーナは嬉しそうに顔を赤らめるとえっへんと胸を張る。


「いいの、リーナはたくさん頑張ったんだから!」


「分かったよ……。だけど、本当にギリギリだった。リーナが知らせてくれた合図が無かったら本当に危なかったな」


 ライザは辺りを見回した。


 重傷を負ったコウエン。プロテクトチェーンに拘束されたティアナ。そして、攻撃を向けて来たグングニルの三人の姿を認めた。


「ティアナ……、やっと会えたな」


 ライザの目に涙が浮かぶ。


「再会を喜びたい所だが、まずは目の前の魔族討伐が先か」


 ライザは魔剣アンサラーを構え直すと、グングニルに向き合う。


「待って、ライザ! その人は仲間なの!」


「何を言っているんだ。今、リーナに攻撃してきたのはこの男じゃないか」


「違うの。この人はブルームのお師匠様。何者かに操られているの」


「ブルームの師匠……、ケシュア族のおさグングニル様か」


 ライザは噂に聞くブルームの育ての親に対峙して驚きを隠せなかった。


 操られているとはいえ、人間の能力を超越した想念を発する存在を目の前にして、冷静さを保つことは難しかった。



「ふふっ。来たか、マルクトよ」


「この声は……、リスティ? いや、フェミ=ナ=ゼスなのか」


「ほう。妾の名を知ったかマルクトよ。……ご名答。妾がお前らと遊びに来てやったのだ。有り難く思うが良い」


 ずっと脳裏に響いてきた声。毎晩夢で自分を追い詰めてきた声。


 ライリス様が殺された時に、ティアナと一緒に居た女性の声。


 全ての元凶とも呼べる存在の声が、グングニルから発せられていた。


「ティファレトに憑依して、お前を楽しませてやろうと思っていたのだがな。あの小娘は弱過ぎた。お前ら相手ではまともに遊ぶこともままならぬ。……だがどうだ。この男の力は素晴らしい。妾の退屈を紛らわさせてくれるだけの力を持っておるわ」


「黙れ! グングニル様の身体を開放するんだ!!」


 ライザは、魔剣アンサラーに想念を集中させる。


 以前とは異なり、負の想念を集めるだけではなく、大地を震わせ、グングニルの足場の地面を変形させ、両脚を岩で絡め取った。


「ほう。フレディの能力を使いこなすようになったか」


「この魔剣は、取り込んだクリフォートのコアの力を制御出来る力を持っているらしい。リーナの叔父さんに使い方を叩き込まれたよ」


「ふふっ、面白い。ならば、こうしたらどうする?」


 グングニルは光り輝く宝石を取り出すと、自身の胸に埋め込んだ。


 突如、全身が輝き、体格がひと回り大きくなる。身に纏っていた上着が勢いよく弾け飛ぶ。


 脚を固めていた岩が砕け、何事も無かったようにライザが放った呪縛から逃れた。


「一体何を……!」


「今取り込ませたのは、嘗てライリス姫が魂に宿していたイェソドのコア。此奴を≪クリフォート≫として昇格させてやったのだ。元々の才能に≪クリフォート≫としての力が宿ったらどうなると思う?」


「そんな……!!」


 目の前に誕生したのは、史上最強と読んでも過言ではない魔人の姿だった。

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