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Heaven's Gate  作者: みずたにみゆう
>第4編<
32/37

32章:三カ国同盟

 カルロスがロスタリカ共和元首リズモンドに強く働きかけてくれたこともあって、三カ国同盟締結に向けた調整は一気に加速した。


 カームニス王国側はサイネル将軍とブルームが、ロスタリカ共和国側はコウエンとリーナが、それぞれの国の上層部に働きかけ、停戦協定が結ばれるのと同時に、本国で魔族に対して奮戦しているライリス王の名代という体で参列したサイネル将軍を加えた三者によって、前代未聞の大同盟が結ばれたのであった。


 信じられないことに、同盟締結迄一ヵ月というスピード成立だった。


 そして、声高らかに、ロスタリカ共和国のバイムコーア市に臨時同盟本部を打ち立てたことを世界中に公表したのである。


 ガーザ帝国崩壊以前から半世紀近く続いていた紛争状態が一時的とはいえ解決するとは誰も想像しておらず、仲介役となったサイネルとブルームの二将軍、コウエンとリーナらサイデルトキア幹部の活躍は全世界で話題となった。


 各地のメディアがこぞって歴史的な瞬間を号外として刷り、報道した。近隣の小国でも続々と報じられており、人類一丸となって魔族と戦おうという気運が高まりつつあった。



 リーナはバイムコーア市内で号外として配られたものを信じられないといった感じで眺めていた。主役ではないにせよ、紙面には自分の名や似顔絵が記載されている。


「リーナ、大した力になれてないのに、こんな風に持ち上げられて困っちゃうよ」


「謙遜しないでください。リーナさんの協力が無ければ、今回の三カ国同盟はなし得ませんでした」


「それこそコウエンの方が謙遜し過ぎだよ。自分じゃなくて、サイネル将軍の成果にするんだもん」


「何かおっしゃりましたか?」


「ううん、何でもない」


「これで、ラスタ様が反応してくれれば良いのですが……」


「そうだね」


「ひとまず、各国の主要メンバーと合流して、今後の作戦をすり合わせしましょう」


「うん!」



 ◆ ◇ ◆



 この日は、各国の主要メンバーが一同に会する日だった。


 カームニス王ハンドラー、北カームニスのケシュア族のおさグングニル、初代ロスタリカ共和元首リズモンド、サイデルトキア王名代サイネル。錚々たる面々が同盟本部の円卓を囲んだのである。


 一緒にカルロス、ブルーム、コウエン、リーナも席に着いた。


 この面子に囲まれるのはなかなかの緊張感だった。


 リーナは会議前に何度も腹痛に襲われ、お手洗いに行っていた気がする。お酒を飲んで気を紛らわしたかったが、流石にコウエンに駄目ですよと諫められてしまった。



「グングニル、この度は遠路はるばる足を運んでくれて感謝する」


 と、ブルームがケシュア族の長に頭を下げる。


 過去に片目を失っているのか右目に眼帯をしており、頭には派手な装飾品を、手には長年使い込まれたオレイカルコス製の槍を纏った壮年の戦士が嬉しそうに笑みを溢す。


「なぁに、我が娘と言っても過言ではない《夜風を屠る女豹》の頼みとあっては、断る訳には行くまいて。お前にとってこの地には辛い記憶もたくさんあるだろうに。本当に立派になったものだな」


「これも皆、わたしの仲間達のお陰だ」


「そうか、良かったな」


 北カームニスに位置するケシュアは永久凍土に大地の大半を覆われている地だ。


 常に死と隣り合わせのような厳しい環境で育った戦士達は皆屈強であり、子供ながらそこに身を寄せたブルームは、一族の若手と共に徹底的に鍛えられ、部族の立派な戦士としても認められていた。


 グングニルは、ブルームの育ての親とも呼べる存在であり、誰にも心を開こうとしなかったブルームが、フレディ戦で深手を負ったサイネル将軍を送り届けた先が彼の所だったのだ。


 その際に知己となっていたサイネル将軍は、グングニルとは気の置けない関係を築けているようだ。



 一方、サイネル将軍でも、交戦家のカームニス王ハンドラーとの距離感はまだまだあった。


 自分の横の席に坐したハンドラー王を見るだけで、サイネル将軍でさえ緊張から胃が痛くなってくる。


「サイネル将軍、この度の異次元同盟の締結、実に見事としか言いようがない」


「滅相もない言葉。わたしはライリス様の代行として王の命に従った迄」


 ハンドラー王は四十代と言った所か。目を合わせるだけで居殺されそうな強烈な殺気を放っており、鍛え抜かれた肉体や日焼けした表皮が印象的だった。戦は部下に任せるのではなく、自身で積極的に陣頭指揮を執るタイプだ。


 ロスタリカ同様にサイデルトキアも国境問題で何度か衝突したことがあり、サイネル将軍は、紛争時には自らが最前線に出て戦うハンドラー王と戦場で相まみえたことが何度かあった。


 遺恨の残る状態の為、自身の交渉だけでは突破は難しく、ハンドラー王と馬の合うグングニルや、カームニス内で元傭兵として数々の実績を残していたブルームの力もあって、この同盟は大きく前進したと、サイネル将軍から聞いている。


 普段、氷原の根城から外には出ないグングニルが、わざわざハンドラー王の城まで出向いて頭を下げてきたらしい。その事実が、ハンドラー王に事態が想像以上に切迫していることを痛烈に示したようだった。



 初代ロスタリカ共和元首のリズモンドは首や腹にたらふく脂肪を蓄えており、だいぶ歩きにくそうだ。風貌からして生粋の政治屋であり、若く誠実なカルロスとは違い、非常に拝金主義的で狡猾な印象を与える人物であった。自らの私腹を肥やしつつ、自国の利益を第一として各地区への根回しや貿易を推し進めていた。自身の立場を脅かす存在の排除やガーザ帝国の残党狩りには特に熱心であった。


「まあ、今宵は存分に楽しんで行かれるが良い。我がロスタリカ最高のシェフ達が腕に縒りを掛けた最高のご馳走を用意したのだ」


 時より言葉の節々に覗かせる奴の言動を見て、彼ら共和政府の人間には、リーナやブルームの生い立ちは決して話せないと再認識した。



 一同に会してみて改めて実感出来たが、カームニス王とロスタリカ共和元首では国として目指しているベクトルが違い過ぎており、普段ならば決して交わることなどあり得ないとしか思えなかった。


 仮にライリス様が生きていて会談に参加していても、平時であればまともに会話さえ出来ていなかっただろう。だからこそ、コウエンの手腕は本物だし、替えの利かないものだと言えた。



 大同盟軍の方針はコウエンの案をベースに検討されることになった。一国の策士ではなくもはや三カ国同盟軍の総司令官と言った方が正しいだろう。


 幾つかのチームに分かれて、残る《クリフォート》であるセラフィスとリスティ、ラスタの三人の各個撃破を目標としていた。


 リズモンドは得意とする資金調達や国の枠を超えた傭兵の募集、兵糧管理等の後方支援を担当し、ここバイムコーア市に設けた同盟本部をコウエンが取り仕切る。


 バイムコーア市に残ってラスタを迎え撃つ担当をブルームとグングニルが担当する。ある意味、最強の囮作戦と言える。


 北方からペトラ砂漠に入りダァト密教徒を撹乱する担当をハンドラー王が任される形になった。魔族のルーツはさて置き、過激派ダァトが魔族の配下と分かった以上、遠慮なく叩けるというものだ。あわゆくば彼らの領土を切り取ることも想定しているようだった。


 サイデルトキアの残党とロスタリカ傭兵部隊を率いて、サイネル将軍とカルロスが魔族の手に落ちたサイデルトキア北部の奪還を目指すことにした。ニスタ市跡地まで入り込めない限り、セラフィスが居ると思われるボイス・クリフォートに向かうことは叶わず、このルートは必勝を求められる。


 その裏では、マカオに居るリーナの叔父やライザが、本丸となる魔導要塞バイアクヘーの潜入や無力化の為の準備を着々と画策していた。


 リーナは配属先をだいぶ悩んだが、最終的にはマカオとバイムコーアの橋渡し役を買って出た。両者を密に行き来し、情報伝達やフォロー人員として臨機応変に動くつもりだ。



 コウエンの読みでは、前回のサイデルトキア戦のような組織だった頭脳戦はセラフィスによるものであり、彼が今回何か仕掛けてくるにしても同様であろうと予測していた。


 一方で、徒党を組むことを好まず、自分の信条に沿って動くラスタは、今回の世界的な発表を耳にして黙っていられるとは思えなかった。ブルームの居場所を知り、単騎突入してくると踏んでいるのだ。


 魔導要塞バイアクヘーの強烈な砲撃を遠慮なくニスタ市に放ったのは、消去法的にリスティということになる。これを叩かない限り、無差別虐殺は続く。今回の三カ国同盟の最終目標はリスティ討伐にあった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 各自が目的の地へと向かって出発した翌晩、リーナはブルームと共にバイムコーア市の同盟本部にあるテラスから夜景を眺めていた。今日は満月のようで、数々の星が散りばめられた満天の夜空が非常に美しかった。


 ふたりはそんな月光を浴びながらシャンパンを片手に言葉を交わす。


「リーナ、お前とはふたりで話したことは無かったな」


「そうだね。ブルームから話し掛けてもらうのは初めてかも」


 過去に無かった珍しい組み合わせだった。


 明日の朝にはリーナもマカオに移動する予定なので、こうしてふたりで話せるのは今しか無いかもしれない。


 普段口数の少ないブルームを前にすると何を話したら良いものか悩むリーナだったが、今夜はブルームの方から話を切り出してくれた。


「お互い、ガーザ王家に縁のある立場だとは夢にも思わなかった」


「うん……、リーナはずっと自分の出自は知らされてなくて。幼少期からブルームが経験してきた数々の苦しみを理解出来るなんてとても言えない。だけど、誰かに振り回されて生きてきたことは同じだったんだね」


「ああ。ずっと魔族を、この世界を憎んで生きてきた。何を目的に生きていけば良いのか分からなかった。感情を殺して、グングニルらケシュア族に鍛えられて、淡々と仕事をこなして来た。だけど、あの地下牢獄でわたしは救われた」


「それって、ライザのお陰ってこと?」


「そうだな。わたしは、あの男のお陰で前に一歩踏み出していく勇気を貰えた気がする」


「そっか」


 嬉しいような悔しいような、何とも言えない感情がリーナの中を蠢く。


「わたしの中で子供時代からずっと止まっていた時計の針がようやく動き出したようだ。今は恩返しという訳ではないが、あの男の力になりたいと思っている」


「ティアナ……を助ける?」


「ああ」


「あの子は魔族になっちゃったって聞いたよ? ラスタもそうだけど、何とかする手段はないのかな?」


「わたしもずっと方法がないかは探してきたが、今の所は正直何とも言えないな。だが、探すことを諦めたら全てはそこで終わりになってしまうだろう。あの男はその可能性も含めて解決しようとしているのだと思っている。だからこそ力を貸してやりたいのだ」


 ブルームの口ぶりから、以前までの冷淡で孤高な印象はだいぶ薄れていた。どちらかというと、誰かの為に何とかしたいという熱意が感じられた。


 彼女を変えたのはライザの力なのだろうか?



 やはり、ライザは王子様だ。


 自分によって特別な存在だ、とリーナは再認識した。


 ただし、彼は自分だけの王子様ではない、ということに気付いていた。


 不器用だけど一生懸命で、自分の為ではなく誰かの為に必死になって戦っている姿は、たくさんの人の目に写っていた。自分だけが知っている訳ではなかった。


 彼を独り占めにしたいという気持ちが身体全身に駆け巡っているのに、それを実行することは叶わなくて。


 辛い。だけど、どうすることも出来ない。


(コウエン、どうしたらいいのかな……?)


 と、思考を巡らせた瞬間、ライザではなく、別の人物を支えにしようとしている自分に気付き、酷く驚く。


(なんで? どうしちゃったの、あたし?)



 あのサイデルトキア城の庭園での告白がフラッシュバックする。


「……あなたはこの庭園でたくさんの笑顔を見せてくれました。それは自分にとって掛け替えの無いものでした。だから、あなたを死なせたくはないのです。……その笑顔は、自分の命を賭してでも守りたいものなのです……」


「なら、生きてよ。本気でリーナのことを想ってくれてるなら、こんなとこで死なないで、リーナを振り向かせてから死んでよ! 何もしないで、ただ、相手の為に死んでくことが愛だなんて間違ってるよ!」


 自分の気持ちが分からなくなる。


 また、ぐるぐると思考が螺旋を描き、とめどなくリーナの中で渦巻いていく。



 ◆ ◇ ◆



 その刹那。


 辺り一体に禍々しい気配が充満した。


 ブルームもリーナもさっと戦闘態勢に入る。


「この感覚は……!?」


 懐かしい感覚に気付き、リーナはハッとする。


「まさか、ラスタなの!?」


「ははっ、正解だ。リーナ」


 ふたりが声がした上空を見遣ると、満月をバックに、外套を靡かせながら偉そうに腕組みをしたラスタが宙に浮いていた。


「ようやく見つけたぞ、このクソアマ!」


 久しぶりに再会したラスタは、以前よりもひと回り大型化し、すっかり外見としては魔族の様相を呈していた。


 また、発せられる気配は間違いなく魔族の波動そのものだ。



 コウエンの予想はまたもや的中したようだ。ブルームを血眼になって探していたラスタは、三カ国同盟の発表を機に、同盟軍の中にブルームの姿があることを知り、バイムコーアに単騎乗り込んできたのだ。



「クソアマ! サイデルトキアでの恨みをここで晴らしてやるぜ!」


「ふっ、あの時とはコンディションが違う! 今度こそ、貴様に遅れを取るつもりはない!」


 ブルームは、風魔雷神剣を身構えると、その剣の持つ力を解放していく。


 ラスタも呼応する形で炎魔竜神剣の力を解放すると、炎蛇を身に纏い、攻守共に最強の『炎魔装甲』を手に入れた。


 ふたりが放出する膨大な魔力量に、目の前に居たリーナは圧倒される。同盟本部全体がガタガタと揺れ、窓が粉々に割れるほどに強烈な重圧が辺り一帯を襲う。リーナは吹き飛ばされないように必死でその場に踏み留まる。


「ラスタ、あたし達は仲間だよ? やめて!」


 リーナは止めに入ろうとするが、


「悪いな、リーナ。オレ様はこの女と決着を付ける為に魔族に魂を売ったんだ。今更、後には引けねぇんだよ」

 と、ラスタはニカッと笑った。


「ラスタ……」


 以前、地下牢獄で見た狂気に満ちたラスタとは少し違って見えたが、それでも、ブルームに対する凄まじい執念は変わって居なかった。


 外の異変に気付き、室内に居たグングニルとコウエンがテラスに飛び出してくる。


「大丈夫ですか、リーナさん!」


「この魔族の波動は……! 話に上がっていたターゲットの男が姿を現したのか!?」


 ふたりはテラスから夜空を見遣ると、己が武器であるトンファーとオレイカルコスの槍を構える。


「ふふっ、因縁の相手とは言え、そうも言ってられないだろう。女豹よ、力を貸すぞ」

 と、グングニルが気を練り始めようとした所、


「「黙れ!」」

 と、ラスタとブルームは、同時にグングニルに対して技を繰り出す。


「なっ!」


 グングニルは攻撃をサッと相殺したものの、驚きを隠せない。


「「我々の死闘に、第三者の手出しは無しにして貰おう!」」


 ラスタとブルームは、互いに息びったりで言葉を吐き出すと、激しく打ち合いを始めるのだった。


「ふふっ、まあ良い。……ならば、お前の戦いっぷりを最期まで見届けてやろうぞ」


 グングニルは、構えていた槍を下ろすと、腕組みをしながらふたりの決闘を見守ることにした。


「我が師よ、感謝する」


「おう!」


 同じく戦闘態勢を取っていたコウエンも、トンファーを片すと、リーナの許へ駆け寄った。


「大丈夫ですか、リーナさん?」


「うん、あたしは大丈夫。何ともないよ」


「このふたりの邪魔になってはいけません。外に出ましょう」


「分かった」


 こうなっては、ラスタとブルームの一騎打ちを見守ることしか出来なかった。


 どちらにも死んでは欲しくない。だけど、どちらかが命を落とすまで、この戦いは終わるような気がしなかった。

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