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Heaven's Gate  作者: みずたにみゆう
>第4編<
31/37

31章:バイムコーア会談

 バイムコーア市は港湾都市マカオとはまた違った賑やかさがあった。


 人口も多く、馬車の行き交う頻度も高い。歩く人の服装も上品な人が多いようだ。また、傭兵の姿も多く見受けられた。首都ということもあって、緊張感が漂っているようだ。



 リーナは、使いの者に招き入れられ、バイムコーア市の一角にあるモーテルの一室に入った。


「コウエン、調子はどう?」


 と、数日ぶりにコウエンの姿を見つけたリーナは嬉しそうに彼の許へと駆け寄った。


 丁度コウエンは奥の部屋に入る所だったようだ。リーナの方へ向き直す。


「リーナさん! こちらに到着されたのですね。さあ、中に入ってください。今、紅茶を淹れます」


 リーナに気付いたコウエンも事のほか嬉しそうだ。


「うん、ありがとう!」



 コウエンが仮の拠点に定めたモーテルは随分と年季の入った建物であった。電球は切れ掛けなのか部屋全体が暗くチカチカしており、部屋の隅には蜘蛛の巣が張っており、お世辞にも手入れが行き届いているとは思えない。


 こんな場所で今後の世界の命運を左右するような議論が行われているとは誰にも思わないだろう。逆にそれが策士コウエンの狙いなのかもしれない。



 リーナは、コウエンに淹れて貰った特製の紅茶を両手で握ると、ふーふーと冷ましなながら少しずつ啜る。


 美味しい。


 やはりこの紅茶は最高だ。色々なことがあって陰鬱で辛い心がふっと軽くなるような気がする。


「それで、どういたしました? もう少し共和政府関係者に根回しをしてから、自分の方がマカオに戻ろうかと考えていたのですが」


「えっと、実はね――」



 リーナは、先日マカオの魔導道場で定めたライザや叔父の三カ国同盟作戦を共有した。



「成る程、それはなかなか良い作戦だと思います。自分も賛成です」


「やった、良かった~!」


 リーナは嬉しそうにその場でくるくると回る。


「リーナさんは自分がこの作戦を反対すると思いましたか?」


「ううん、そういう事じゃないの。コウエン抜きでこんな作戦を立案出来ると思っていなかったから、半信半疑だったんだ。コウエンの太鼓判を貰えたなら、安心して進められそうだね」


「そこまで評価いただいて恐縮です。自分もそんな万能ではありませんので」


「それはホント謙遜だと思うよ? リーナ、本当に凄いって思ってるもん」


「ありがとうございます」


 そう改まって褒められたコウエンは、だいぶ照れ臭そうである。


 ただ、リーナが感じている紛れもない本心からの言葉だった。


 コウエンは、自分には無いものをたくさん持っていると感じている。


 だからこそ尊敬出来るし、信頼の置ける人物なのだ。


 そして、何よりも自分なんかには勿体無いくらいに優しくしてくれる。大事に扱ってくれる。そう、時々その気持ちを勘違いしてしまうくらいに。



 彼に対するこのうまく言葉に出来ない感情は一体何なのだろうか。


 自分はライザが好きだ。ずっと好きで好きで堪らなくて、この間も告白をして、キスをせがんでしまった。


 なのに今、数日ぶりにコウエンと再会して、驚く程にホッとしている自分が居ることに驚いている。


 ぐるぐる回る。


 ぐるぐる。ぐるぐる。ぐるぐる。ぐるぐる。


 自身の気持ちに整理が付かない。


 螺旋を描くようにぐるぐる巡り続けるのはいつものことだが、今日はいつにも増して複雑だった。



「ですがリーナさん、ラスタ様と一線を交える覚悟は出来たのですか?」


 コウエンは冷静な表情を維持しつつも、リーナを気遣う様子を窺わせながら心配をしてくれる。


「あたしは大丈夫。心配なのはライザの方だと思うけど……、ライザはもう覚悟を決めたみたいだった。前にサイデルトキアの地下牢獄でラスタと一線を交えていたらしいから」


「承知です。ならば安心いたしました。自分もこれまで一緒に苦楽を共にしてきた身。完全に割り切れた訳ではないのですが、あの魔人の王達を倒す為にはラスタ様と決着を付けないといけない。どうしても、ここで私情を挟む訳にはいかないのです」


「うん、そうだね」



「失礼いたします」


 と、使いの者がノックをして部屋に入って来た。


「どうしました?」


「ロスタリカ共和政府の副元首が、十日後に我々と謁見の時間を設けてくれるそうです」


「よくぞ調整してくれましたね、ありがとうございます。これで一歩前進間違いなさそうです」


「やったね! コウエン」


「はい。カームニスの件も含めて、まずは副元首に温度感を確認してみましょう。リーナさん、同行してくれますか?」


「もちろんだよ! リーナは、コウエンの力になる為にバイムコーアに来たんだからね!」


「良かった。それは本当に心強いです」



 ◆ ◇ ◆



 リーナは、コウエンが拠点としているモーテルの近くに宿を借りると、彼の仕事を手伝うことにした。


 就寝の時以外はコウエンと行動を共にした。


 一日はあっという間に過ぎた。


 各所への手紙の執筆や送付、訪問者の応対など、一日にこなすにはとても時間が足りないような作業量を、コウエンは地元の協力者やリーナと共にテキパキとこなしていく。


 サイデルトキアに居た頃も彼の仕事ぶりには関心していたが、実際に作業を手伝ったのは初めてだった為、よりその凄さを体感することとなった。


(ひとりで十人分くらいの仕事をこなしている気がする……)


 それでも、彼はリーナに対する気配りを忘れない。


 困っていそうであればすぐに手を差し伸べてくれるし、小休憩時の紅茶やお菓子の準備もお手のものだ。


 完璧だ。リーナはそう思った。


(コウエンのような彼氏が居たら、本当に幸せだろうな)


 そういう感情が湧いてくる。


 だが、彼のような人物が自分を選んでくれるとは思えない。ましてや、堂々とライザが好きだ、と公言している自分に対するあの庭園での告白は、夢でも見ていたのではないだろうかと今でも半信半疑な状態だ。


(いやいや。こんな緊急事態時に、リーナってば何を考えてるんだろ?)


 ふわふわ、ぐるぐるとしている優柔不断な自分が本当に嫌だった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 十日後、コウエンとリーナは、共和政府副元首と面会をする為に市内の待ち合わせ場所へと向かった。


 そこはバイムコーア市の近郊にある政務官用の館だった。


 実に大きな建物であり、入口の広さから普段は多くの関係者が行き来している様子が窺える。


 ただ、今日は来客もあってか、厳重な警備がなされているようで、コウエン一行は丁重に奥の応接室へと案内される形となった。



「はじめまして、サイデルトキア王国の赤軍の副官を務めておりますコウエンと申します」


「同じく白軍の副官リーナと申します」


 ふたりは出迎えてくれた副元首に対して、丁重に頭を下げる。


 コウエンが握手を求めると、副元首はすぐに応じてくれた。


 副元首は背の高い面長な青年で三十代前半と言ったところか。今日の会合の為なのか正装をしており、髪はオールバックで固めている。清潔感があって、非常に好感が持てる印象だ。


「はじめまして、コウエン殿。リーナ殿。自分はロスタリカ共和政府の副元首をしておりますカルロスと申します。この度はよく起こし下さいました」


「こちらこそ、急な謁見をお許しください。事態は非常に切迫しております」


「ああ、その話は各地区の首長からも聞いているよ。特にサイデルトキア王国に隣接する南端ハノイ地区の首長からは一瞬で二スタ市が消滅した時の恐ろしさは何度も聞かされたものだ。コウエン様の言葉は決して誇張されたものではないと思います」


「はい。正直、もはやサイデルトキア王国だけの問題ではございません。この度の≪クリフォート≫による是非もない二スタ市蹂躙は、全世界、全人類をひっくるめた最大規模の事案になっております」


「同感だ。私もこの事案を確認した後、サイデルトキア王国の動向を探っており、どなたか話が出来る立場の方を探していた所だったのだ」


「それは僥倖です。是非、ロスタリカ共和元首にも進言いただき、共和国軍のお力をお貸しいただけないでしょうか」


「コウエン殿、勿論です。私も是非その提案をさせていただきたいと考えていました」


「ありがとうございます」


「コウエン、やったね!」


 とんとん拍子に話が進み、リーナは思わずコウエンの手を取って喜ぶ。


「ええ、これもリーナさんを含めた、皆さんのお力添えのお陰です」


 コウエンは同行してくれたリーナや協力者に深々と頭を下げた。


 そんな彼に対して、急に厳しい表情を見せたカルロスが口を開いた。


「ですが、一点条件がございます。カームニス王国とは手を組まず、我々とだけのみ同盟を結んでいただけないでしょうか」


「えっ!?」


「長年、我が国はカームニス王国とは領土争いをしており、彼らは我々の領土に攻め入っては少しも悪びれた様子を見せない蛮族ですよ? 貴国にとってもそうなのではありませんか?」


「いえ、今はそんな争いをしている状況では――」


「この条件を飲んでいただけないようでしたら、元首へのお目通しも叶いませんが?」


「ぐっ……!」


 まさか、ここに来て、三カ国同盟の前提自体を否定してくるとは思わなかった。


 確かにカームニス王国は前時代的で好戦的な事大主義国家である。


 現国王ハンドラーも例外に漏れず、ロスタリカ共和国だけではなく、サイデルトキア王国に対しても隙あらば不定期に国境を脅かすような行動を取ってくるのだ。


 カームニス王国は山岳地帯に住む複数の少数部族を攻めては、その傘下に加えてきた。


 服従するものには厳しい態度は取らず、その自治を認める姿勢を見せており、各部族の首長も友好的な関係を築いているようである。ブルームが幼少期に世話になっていたというケシュア族はその筆頭だ。


 結果として、元々は小国だったカームニス王国も、この半世紀程でロスタリカ共和国やサイデルトキア王国に並ぶ大国になっていたのである。


「コウエン殿、さあ如何いたしますか? 我々を取るか、それともあの蛮族を取るか――」



 刹那、何者かが窓ガラスを割って、会議室に飛び込んできた。


 姿を現したのは、大柄な魔族。冷静さを失っており、まともな会話も出来そうにない。


「なっ……! 魔族がどうして此処に!?」


 魔族は会議室内をぐるりと見渡すと、無言でカルロスを狙ってくる。


 その速さは尋常ではない。右手の爪を鋭く伸ばすと、目にも止まらぬ速度で斬り付けてきた。


「ヒェッ!」


「させるか!!」


 カルロスが死を覚悟した瞬間、乱入してきた魔族は細切れに切り刻まれると、その場から霧散した。


 突然の出来事に、カルロスは尻餅を付いて、ガクガクと震えた。


「貴殿は……?」


 カルロスが恐る恐る助けてくれた相手を見遣ると、そこにはカームニスの兵服を着た女性剣士が立っていた。特徴的なカームニス印の鉄兜を被っており、その表情は読み取れない。


「良かった、間に合ったようだな」


 女性剣士は素早く剣を振り下ろして穢れを払うと、鞘にそれを納めた。


「その服装、貴殿はカームニスの軍人か?」


「如何にも。貴国の高官に謁見を希望してやってきた所、魔族がこの館に飛び行っていくのを見かけてな。居ても立ってもいられず、助けに来てしまった。断りもなく他国の政務室内に入ってしまった非礼は詫びよう」


「何故、私を助けた? 貴国は我々の国と戦争をしている筈だ」


「何故だと? 人を助けるのに国が関係あると言うのか? 魔族は世界共通の敵ではないのか?」


「ぐっ……!」



 コウエンは腰の抜けたカルロスに肩を貸して立ち上がらせると、頭を下げた。


「今回の一件は何かの縁なのかもしれません。改めてカームニス王国を含めた、三カ国同盟について、ご検討をお願い出来ませんでしょうか?」


「……しかし……」


「私からもお願いしたい。カームニス王ハンドラーは、これまでの非礼を詫びて、貴国とサイデルトキア王国と共に魔族に立ち向かいたいと考えている。今や細かな小競り合いをしている場合ではない。人類一丸となって立ち向かわなければ、魔族の手によって奪い合う領土さえも焦土と化してしまう状況なのだ」


 と、カームニスの女性剣士もカルロスに対して頭を下げた。


「……承知した。命の恩人を無碍に出来る程、私も落ちぶれてはいません。元首に掛け合って、必ず三カ国同盟を実現させてみせましょう」


「ありがとうございます、カルロス様」


「カームニス王の代理として、私も礼を申し上げたい」



 ◆ ◇ ◆



「ふふっ、上手く行ったようだな」


 と、女性剣士は被っていたカームニス印の鉄製の兜を脱いだ。


「ええ、ありがとうございます。ブルームさん」


 と、コウエンも笑みを見せた。


「えっ、えっ、えっ!? どうしてブルームが此処に!?」


 状況が呑み込めないリーナは、目を丸くする。


「リーナさん。実は保険として、ブルームさんにカームニス兵の格好をして外で控えて貰っていたのです」


「まさか――」


「はい、多少強引ではありましたが、これで前代未聞の三カ国同盟は成ります」


(元々、ロスタリカ政府がカームニス王国に対して難色を示しているのは把握していたけど……、まさかこんな際どいことをするなんて)


 放たれた魔族がカルロスを殺してしまっていたら、そして、その作戦が見破られていたら、同盟どころの話ではなかっただろう。だからこそ、カームニスに入っていた手練れのブルームを急遽こちらに呼び寄せたのだろうが。


 ずっと一緒に行動していたリーナにも作戦を明かさず、コウエンはギリギリのところを攻めてきた。


 味方であれば本当に頼もしいが、絶対に敵に回したくない相手だとリーナは実感した。


 策士コウエンの作戦がまた成功したようである。

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