30章 : リーナの想い
リーナは、数年ぶりに戻った自室の窓からぼーっと夜空を見上げていた。
お風呂にも入り、いつも両耳の上で束ねていたツインテイルも解いたまま、真っ直ぐ肩に広げていた。
部屋は叔父がこまめに手入れしてくれていたのか、特に掃除も不要で、そのまま使えた。
夜になっても海岸沿いに見えるグレース海は一際美しく、月の光に照らされてキラキラと輝いている。今日は雲ひとつもなく、本当に美しくその姿を晒していた。
正直叔父から話された自分自身の衝撃的な過去に、まだ頭がついて行けてなかった。余りに情報量が多すぎる。
自分の中で、何かが崩れたような感覚はあった。
この部屋は無謀にも裸一貫で飛び出していった頃と何も変わってなかったが、彼女の心は大きく成長し、そして、傷ついてもいた。
(あたしは……)
胸が苦しい。
ぐるぐる。ぐるぐる。
気持ちがぐるぐると回る。回り続ける。
こういう時は、コウエンが入れてくれる紅茶を飲むとだいぶ落ち着くのだが、今彼は首都バイムコーア市に渡り、地域の有力な人物に力を貸して貰えるよう走り回っている筈だ。今夜は側に居ない。
コンコン。
「コウエン?」
突然のノックにリーナは驚く。
「悪いな。俺だよ、リーナ」
「ライザか。入っていいよ」
確認を取ると、ライザがゆっくりと部屋に入って来た。
少し距離を取るようにして、ベッドの片隅に腰を下ろす。
「どうしたの、こんな時間に?」
「いや……。先程の叔父さんの話、だいぶショックを受けていたみたいだったから、気になってな」
「そっか、流石ライザだね。ありがとう」
「余り生い立ちについて訊いたことがなかったから、正直ビックリした」
「ね、あたしもビックリだよ〜! まさか、自分がガーザのお姫様だったなんて」
リーナはわざとはしゃぐような素振りをして、その場をくるくると回った。
「お転婆具合ではライリス様も居たから、案外王族って、畏まった奴らばかりではないのかもしれないな」
「自覚のないあたしと、ライリス様を一緒にするのもどうかと思うけど」
「そうか? 俺は、仮にお前が知っていたとしても、余り変わる所はないかなと踏んでいるのだが」
「もう、ライザのイジワル!」
と、リーナはいつものように、ライザをポカポカと叩いた。
「悪い悪い」
「ねえ、ライザ。デリケートな内容だから、ずっと訊けずにいたけど……、ティアナは魔族だったんだよね?」
「ああ、そうだ。厳密に言えば、なったというのが正しいかな。……彼女は魔族がサイデルトキア急襲したあの日に魔族となり、暴走してライリス様を殺めてしまった。大好きなお姉さんを自らの手にかけてしまったんだ。本当に辛かっただろうな」
ライザは、あの時の光景を鮮明に覚えていた。いや、忘れられる訳がない。
それでも、ティアナを突き離すような感情は湧いて来なかった。
「それでも……、今でもあの子のこと、好きなの?」
「ああ、それは変わらない。いや、魔族の在りたちを知った今は、もっと愛おしく感じるようになった気がする。……今はどこでどうしているかも分からない。セラフィス達と行動を共にしているのだろうか? 必ず俺が見つけ出して、彼女を救ってあげたい。そして辛さを分かち合ってあげたい」
「ライザ……」
彼の言葉には一切の迷いは無かった。ただ一心にティアナを案じ、深く深く愛している。
ズキリとリーナの心が痛む。
わざわざ聞かなくても分かっていた筈なのに、精神的に不安定な今日、傷つく怖さよりも、本心を確かめたくなってしまったのだ。
「ライザ、あのね」
「ん?」
ライザが振り向くと、リーナはそっとライザのくちびるにキスをした。
「好き」
飾らないシンプルな告白だった。だからこそ、真っ直ぐにライザの心に響いた。
「リーナ……、俺は……」
「分かってる。分かってるよ。……だって、この数年間、どれだけライザのことを見てきたと思ってるの? 嬉しい時も苦しい時も、ずっとあなたのことだけ見てきたんだよ? ライザが何を考えて、何を優先しているかなんて知ってる」
「…………」
「毎日ずっと闇にうなされて苦しんでいたライザを救ったのはティアナだって分かってる。だからこそ、好きになったんだよね?」
「……ああ。彼女は俺の世界に彩りを与えてくれた。リーナ、お前のことも好きだ。大切な仲間だと思っている。だけど、女性として意識しているのは、ティアナだけなんだ」
「ふふ、そんな顔しないで。分かってるから」
とは言いつつも、リーナは再度ライザのくちびるにそっとキスをする。
上目遣いをして、ライザを見つめる。
「ねえ、今だけあたしのことをぎゅっとして? 明日になったら、いつものあたしに戻るから。ね?」
「……分かったよ。エッチなことは無しだからな?」
「やった♪」
リーナは、ライザの胸に飛び込む。
小柄なその身体を受け止めると、リーナの匂いがした。
ライザはリーナの頭をくしゃくしゃと撫でてやると、優しく包み込むように抱きしめてやった。
最初は嬉しそうにゴロゴロ懐いていたリーナだったが、いつの間にか、嗚咽を混じらせながら、泣いていた。
嬉しくて、そして、それ以上に悲しかったのだ。
ライザはその後も、彼女が眠ってしまうまで、そのまま側に居てやることにしたのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌朝、改めてリーナの叔父の道場に集まったライザ達は、今後の方針について協議することにした。
叔父が進行する形で議論が流れていく。
「ワシはロスタリカ共和国側にはコネクションは無いが、少なくとも、彼らの軍勢にも協力を仰ぐ必要はあるじゃろうな。主力は傭兵中心で構成されているためサイデルトキア規模の軍かどうかは分からぬが、きっと戦力になるだろう」
「その辺は、俺の副官として北ロスタリカ出身のサイデルトキア軍師であるコウエンという奴が居てな。あいつが今骨を折ってくれている筈だ」
「なるほど、それは頼もしい」
叔父にとって近くて一番遠い組織がロスタリカ共和政府なのだろう。そこを味方に出来れば百人力である。
「頼もしい軍勢といえば、カームニスの方はどうだろうか? 凍土を多く持つ特色もあり、ロスタリカとも違った屈強な質の兵士が居ると思う」
カームニスに関しては、ブルームが名乗り出た。
「カームニス方面は、わたしとサイネル将軍に任せて貰えないだろうか? コウエンほど立ち回りは上手くないが、あの土地には一番慣れているし、カームニス王と親交の深いケシュア族の我が師匠を頼れると思う。歴戦の勇士サイネル将軍と交渉に当たれば、道は開けるかもしれない」
「確かに。カームニスは、当初の予定通りブルームにお願いしつつ、将軍に加わって貰う方が手堅く行けそうだな」
「カームニス方面への助力、畏まった。敵の出方が分かれば、方向性も定めやすいのだが。ライザ殿、奴らの目的に心当たりはないのか?」
「いや……。ブルームの推測の下、ライリス様から奪った核を媒介に、魔道要塞を立ち上げただろうということまでしか分かっていない」
「セラフィスやリスティっていう《クリフォート》達が、魔導要塞を起動して何をする気なのかだよね?」
「ニスタ市への攻撃の後、他の都市が同様にやられていないことを考えると、純粋な人類抹殺を目論んでいるとも考えにくく。俺達への威嚇か、はたまた試し撃ちか……。いや、純粋に俺達が戦々恐々としている姿を見て楽しんでいるとも考えられるな」
「う〜ん」
「魔族に身を落としたラスタなら、何か知っているかもしれない」
「ラスタが!?」
「奴は、先の地下牢獄でわたしを取り逃し、憤慨している。今でも血まなこになってその居場所を探している気がするのだ。それを逆手に取って、敢えてこちらの居場所を知らしめて、あの男を拘束出来れば……!」
「あいつが魔族と徒党を組んでいるとは思えないが、確かに情報は引き出せるかもしれないな。そして、あわよくば、あいつにも更生して欲しい」
「まだそんなことを言っているのか!? 地下牢獄で一緒に見たではないか。あの男が、ヒトを捨てたことを」
「分かってる。……分かってるさ。だけど、簡単には割り切れないんだよ」
「ライザ……」
「ラスタ殿の更生についてはまた別の機会に議論するのが良いな。今は今後の方針を定めることが先決だ」
「ああ……、議論を逸らしてしまって済まなかった。ラスタを拘束して情報を引き出すというブルームの案に俺も賛成だ。だだ、敵に居場所を晒すならば、こちらも入念な下準備をしておいた方がいいだろう」
「ロスタリカ共和国とカームニス王国との三カ国同盟を先に成すか」
「そうだ。それが最善! もしくはロスタリカだけでも! その上で、ロスタリカの首都バイムコーアで、ラスタを迎え撃つ!」
「よし、決まりだね! あたしとライザはコウエンと合流して、ロスタリカ共和政府側と掛け合うよ!」
リーナも気合い十分といった感じで意気込む。
「待たれよ。ライザは暫しワシと共にこの道場に残るが良い」
「何故だ?」
「その魔剣アンサラーと言ったか。その剣に宿し力、ワシがもう少し引き出してやろうと思ってな」
「なっ……!」
「皮肉な話やもしれぬが、ワシが見る限りその武器は、魔道要塞バイアクヘーと出所は大差ない気がするのだ。その分、ワシの一族の指導があれば、更に強大な力を使いこなせるようになる筈だ」
「このアンサラーの力を引き出す?」
確かにフレディ戦で手に入れた地属性の力もあったが、まだその力を活かす所までは至れていなかった。これを使いこなせるだけでも、対クリフォート戦でだいぶ生きてくるような気がした。
「分かった。では、カームニス、バイムコーア、そしてここマカオの三手に別れて行動を開始しよう! リーナは出自が漏れる可能性は低いが、気をつけてバイムコーアに居るコウエンと合流してくれ!」
「「はい!」」




