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Heaven's Gate  作者: みずたにみゆう
>第1編<
3/37

3章 : 天使

(残念だったな)


(お前は……?)


 ドロリとした感触がボクを襲う。


 振り切ったはずの闇がボクを包む。


 もがいても、もがいても、絡みついた闇は決して晴れることはない。



 いったいどれくらいの時を過ごせば、この闇から解放されるのだろう?


 太陽が昇ることがなくなってから、どれくらいの時が経ったのだろう?


 今ではそのことも分からなくなっている。


 もはや数えることすら馬鹿らしい。



 虚無の世界。ナニモナイ空間。トマッタ時間。


 ボクのココロも一緒に止まってしまっている気がする。



 あ、そういえば、ずっと何も食べていないな。


 美味しいものを腹いっぱいに食べたい。


 ……食べる?


 食べるということはどういうことだ?


 すべてが記憶の中から消えていく……。


 嬉しいことも、腹が立つことも、哀しいことも、楽しいことも。


 みんな、みんな忘れてしまった。


 想い出はすべてなくなってしまった。


 たったひとつ残ったのは、果てしなく続く闇。


 ボクを包む、深遠なる闇。



 闇……、やみ……、ヤミ…………。



 その時、ボクのココロの中に何か暖かいものが流れ込んできた。


 ボクはハッとして顔を上げた。


 暖かい……、すごく心地いい……。


 果てしなく広がる闇が消えていく……。


 決して消えることのなかった闇が晴れていく……。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



(……………………)


(………………)


(…………)


(だれだ……? だれかが、おれをみている……)


 ライザは、ゆっくりと目を開けた。


 目映いばかり光がライザの瞳に突き刺さる。


(てん……し……?)


 すると、ライザを見ていた天使がそっと彼の頭を撫でた。


「よかった。やっと目を覚ましたの……、うふふっ」


 ライザは戸惑いながら、ゆっくりと口を開いた。


「きみは……、てんしなのか?」


「あたし? あたしはそんな名前じゃないの。ティアナっていうんだよ」


 目の前で頭を撫でてくれていたショートヘアの少女はにっこりと微笑んだ。歳は十代前半くらいだろうか。外見よりは幼く感じられるその笑顔には一点の濁りもなかった。


「あなたのお名前は?」


「おれ……? 俺の名前はライザって言うんだ」


「ライザくんか……、ふふっ、いい名前だね。あたし、ライザくんの名前好きなの」


「あ、ありがとう……」


 ライザは、ティアナの顔を見上げる。


(なんて純粋な子なんだろう)


 信じられなかった。比較的裕福で平和なサイデルトキアだからかもしれないが、それにしても、この澱んだ世界にまだこんな子が居たなんて。


 ライザは、彼女に引かれるように無意識のうちに体を起こそうとしていた。


「うっ……!」


 その途端、体中に激痛が走った。


(そうか、俺は魔犬に深手を負わされて……)


 それを見て、ティアナは優しくライザをベッドに寝かせた。


「だめなの。ちゃんと寝てないと治らないの。……ね?」


 ティアナは、ライザにシーツを掛けてやると、にこりと微笑んだ。


「あ、ああ……」


 なぜだか、彼女には全く逆らうことが出来ない。


 彼女の笑顔を見ているだけで、体の痛みもどこかへ飛んでいってしまいそうだ。


「なあ、君が俺を助けてくれたのか?」


「うん。ぐったりとしたまま、いくら呼びかけても全然動かなかったんだよ? あたし、あのままライザくんが死んじゃうかと思ったら、この辺がきゅって痛くなったの」


 と、ティアナは自分の胸の辺りを押さえていた。


 その言葉を聞いて、ライザは胸が熱くなるのを感じた。



 人間など体裁を取り繕っただけの、偽善に満ちた生き物だと思っていた。


 こちらが少しでも心を開こうものなら、その隙を突いて、甘い蜜を吸おうと群がってくる。それでいて、自分に不利になるようなことがあれば、何の躊躇いもなく打ち捨てて逃げようとする。


 期待しても裏切られるだけの関係――そんな経験を味わったものならば、本心から誰かの為に何かをしようなどと考えるはずもない。


 ましてや、この街の人間ではなく、世界中を旅して回っているような得体の知れない男だ。助けた所で、何の得になる訳でもない。


 彼女は損得など考えもせずに彼を助けてくれたのだ。



「でも、大変だったんじゃないか? 俺みたいな男をひとりで背負ってきたなんて」


「ううん、違うの。最初は近くのお家を借りて手当てをしていたんだけど、傷が酷くて大変だったの。だから、ライリスおねーちゃんに来てもらったの」


「ライリスおねーちゃん?」


「うんっ! おねーちゃんは、この国で一番えらい人なんだよ」


(ま、まさか――!?)


 ライザはそれを聞いて、慌てて部屋の様子を見回してみた。


 部屋の中には一通りのものが揃っており、壁には明るい色の綺麗な壁紙が貼られていた。カーテンもそれに合わせて綺麗な色で統一されている。暖炉の前には、これからのますます寒くなる冬に備えてのことか、幾束かの薪も用意されていた。


 どう考えても普通の宿屋ではない。宿屋にしてはあまりにも豪華過ぎる。


(もしかして、ここって……)


 その時、がちゃりと音がして、誰かが部屋に入ってきた。辺り一面にふわりと甘い香りが漂った。


「あ~、おねぇちゃん!」


 ティアナが嬉しそうに駆け寄っていく。



 入って来たのは、綺麗な長い髪の女性だった。その髪は腰近くまであり、先端の方は微妙にウェーブが掛かっていた。歳はライザと同じ、いや少し上くらい。落ち着いた感じで、初対面のはずなのに何か居心地の良いものが感じられた。


「よかった。ようやくお目覚めになったのですね。あなたは怪物を倒したあと、三日も昏睡状態だったのですよ」


「そうだったのですか。助けて頂いてありがとうございます」


 冷静に受け答えをしていたが、内心は穏やかではなかった。


 ライザは自分が数日の間、意識を失っていたことを知って驚いた。


 あれだけの深手を負ったとはいえ、あまりにも不覚だ。


「意識もはっきりしているみたいだし、もう安心ね」


「それより、ティアナから聞いたのですが、あなたは……」


「ええ。私はライリスと言います」


「それじゃ、あなたがあの常識外れな国王さ――あっ! す、すみません!」


 ライザは慌てて口を抑える。ライリス様は苦笑した。


「ふふ、いいのですよ」


 ライザは、あたふたとしながら次の言葉を探す。


「いや、あの、その……、王様って言うくらいだから、てっきり男の方だと思っていたのですが……」


「去年、サイデルトキア王であった夫が病死したの。私たちの間には息子も居なかったし、そこで急遽、私が王位を継いだのです」


「…………」


 ライザは悪いことを訊いてしまったと苦い顔をした。


 それを見て、ライリス様は優しく微笑んだ。


「ふふ、私のことを気遣ってくれているのね。ありがとう」


「い、いえ、そんな……、俺は別に……」


 ライザは顔を赤らめる。


 それを見て、ティアナが面白そうにライザの頬をぺたぺたと触った。


「うふふっ。ライザくんのお顔、真っ赤になってるの」


「う、うるさいっ!」


「はぅぅぅぅぅ……、ごめんなさい……」


 ティアナは、小声で謝ると、しゅんとしてしまった。


(しまった。強く言い過ぎた)


 それを見て、ライザは慌てて謝った。


「ごめん、別に怒ってるんじゃないんだ。俺はただ――」



 その時、ドカンッと大きな音がしたかと思ったら、ドアを吹き飛ばさんばかりにリーナが部屋に飛び込んできた。


「ライザ~~!」


 真っ赤に目を腫らしたリーナは、そのままライザの胸の飛び込んだ。


「リ、リーナ!?」


 ライザは、意外な来訪者の登場に、驚きを隠せなかった。


「ライザぁ~~、ライザぁ~~!」


 リーナは強く強く抱き締めてくる。


「痛い、痛いって。そんなに強く抱き締めるなよ!」


「だってだって、すっごく心配したんだよ。街中どこを探してもいないんだもん……。もしかして、ライザ、何か事件に巻き込まれて死んじゃったんじゃないかって……」


「お、大げさな奴だな。そんな訳ないだろ?」


「だって……」


 ライザが泣きじゃくるリーナの頭を撫でてやっていると、ラスタの奴が呆れた顔してこちらを見ていた。


 目が合うと、お互いにニヤリと笑った。ふたりにとってはこれで十分なのだ。



 そんなライザ達を見て、ライリス様は嬉しそうな顔をした。


「怪我をしたあなたを連れて城に戻った時に、門番があなたの顔を覚えていたの。それで、その時一緒にいたって言うリーナさん達を探してもらったのよ」


「そうだったのですか……、何から何まですみません」


「積もる話もあるでしょう。それでは、私たちはこの辺で失礼します。護衛の件は、ライザさんの傷が癒えてからでも全然構わないので、今は安静にしていてくださいね」


「ありがとうございます」


「行きますよ、ティアナ」


「はーいっ!」


 ティアナは可愛く返事をすると、ライリス様の後を追った。


「あ……」


 ライザは無意識のうちにティアナを呼び止めようとしていた。


 自分でも驚いて、言葉を詰まらせる。


(俺は、いったい何を……)


 その時、ライザの想いが届いたのか、ティアナがくるりと向きを変えてこちらにやってきた。


 ライザの目をじっと見ると、突然、頬にキスをした。


 側で見ていたリーナが硬直する。


「ぐっすり眠って、早く元気になってほしいの」


「ティ――」


「ばいばい、ライザくん」


 そう言うと、ティアナはとてとてと部屋を出ていってしまった。


 ライザは、彼女が出ていったドアの方を眺めながら、温かみの残る頬を触った。


 リーナはハンカチを取り出すと、ゴシゴシとライザの頬を拭いた。


「な、なにするんだよ!」


「ライザの馬鹿!」


 それを見ていたラスタは、面白そうにニタリと笑った。

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