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Heaven's Gate  作者: みずたにみゆう
>第4編<
29/37

29章 : 港湾都市マカオ

「ここの珈琲はホント最高だね! 心が落ち着くのを感じるよ」


 リーナは自分の手には合わない大きなカップを両手で掴みながらほっと一息を吐いた。


「確かにこちらのマスターはなかなかの腕前とお見受けします。匂い、コク、旨味、どれを取っても実に一品です」

 と、コウエンも似たような幸せそうな笑みを見せた。


「もちろん、コウエンの紅茶には敵わないけどね」


「ふふ、ありがとうございます、リーナさん」



 レトロな曲が流れる喫茶店。


 束の間の休息が彼らの心を安らかにしてくれる。


 今となっては貴重とも言えるゆっくりとまどろむ時間をふたりは大切にする。


 それが今、自分達が生きていると実感させてくれる。


 旧ガーザ帝国時代に流行っていたレコードが奏でる曲とともに、その時代の雰囲気を維持したこの店は最高だ。


 あらゆる悩みや現実を横に置いておき、今だけはこの時間を満喫したい。そう思わせてくれる何かがある。



 ふたりと共に珈琲を啜っていたライザは、ふと喫茶店の窓から見えた街の風景に心を奪われた。


 眼前に広がる瑠璃色に透き通ったグレース海の美しさもさることながら、活気に満ちた声。若者が楽しそうに語らい合いながら歩いているのを見るだけで、こちらも力が湧いてくる。


 世界で見ても一番栄えている街と言っても過言ではないのではないだろうか。それ程までに賑やかで、また城塞国家であるサイデルトキア王国とも違う匂いを放つ。


 さまざまな工夫が設けられた装飾が、より近代的な雰囲気を漂わせている。


 それがロスタリカ共和国最大と謳われる港湾都市マカオの姿である。


 ここに居ると、隣国のサイデルトキア王国で魔族と戦争しているなどとは夢にも思えない程だ。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 首都バイムコーア市に住む知己に挨拶に向かったコウエンと別れたライザとリーナは、賑やかな大通りを抜け、郊外にあるリーナの叔父さんが経営する魔導道場を目指した。



 港付近の大通りの賑やかさに比べると落ち着いた感じはあるが、この道もなかなかの規模である。


 この通りを歩くのは三年ぶりになるのだろうか。ライザは昔を思い起こす。


 昔と比べ基本変わらぬ街並みではあるが、少しずつ新しい商店や建物が増えており、以前よりも賑やかさを増していた。


 あの頃と今を比べると変わったものはなんだろうと考えると、その違いは色々と浮かんでくる。



 今は、《マジッド・メシャリム》として隣にいた相棒のラスタが居ない。あいつとコンビを組んでいた頃が懐かしく思えて仕方ない。


 あいつと朝まで飲み明かしていたあの角の行きつけのバーがなくなっており、別の店が入っていた。


 ずっと変わらぬものなどないのだろうか。



 また、記憶を失った自分の居場所を求めて、日々苦しみ、必死にもがいていた自分が居ないことに気づく。


 今は確かな目標がある。


 ――ティアナをこの手に取り戻すこと。


 ――《クリフォート》との因縁を断ち切ること。


 何か目標があるだけで、こんなにも世界は輝いて見えるものなのだろうか。


 自分という人間を形づくっている要素が集まっていき、ライザという存在を確かなものにしてくれる。それはなんと素晴らしいことだろうか。



「あ、見えてきたよ!」


 リーナが嬉しそうに駆け足になる。街から暫く離れた小道を抜けた先にある丘の上にやや古ぼけた大きな建物が見えてきた。


 耳の上で縛っているふたつのテイルが生き物のようにぴょこぴょこと飛び跳ねる。


 その子どものような可愛らしい後ろ姿から、数年ぶりの帰郷を心から喜んでいるのが伝わってきた。


 考え事をしていて、置いて行かれそうになったことに気づき、ライザは慌ててリーナの後を追った。



「おじさーんっ!!」


「おや、リーナじゃないか! 今まで元気でやっていたのかい?」


 ぶんぶんと大きく両手を振っているリーナに気付いた叔父は、驚きと喜びが入り混じった表情で迎えてくれた。


 歳は五十程度と思われる白髪混じりの顎髭を携えた叔父。そして、一緒にいた魔導着を纏った若者達も突然の旧友の帰郷に驚いて駆け寄っていく。


「みんな元気? アラスタルやカイトはどこ?」


「ああ、みんな元気にしているぞ。裏の道場で鍛錬に励んでいる」


「ホント!? みんなに会いたいよ!」


 懐かしい道場仲間の近況が気になったのか、リーナは、目をキラキラと輝かせながら旧友を質問攻めにしつつ、道場の奥へと消えていった。



 ライザが居ることに気付いた叔父は、会釈をしてこちらを見た。


「あんたは? ……そうか、あの時の青年か」


 ライザの方は深々と頭を下げると、謝意を示した。


「改めまして、ライザと申します。あの時は失礼いたしました。リーナの奴が俺になついてしまったようで……。なんの言付けもなく、あいつは出ていってしまったんですよね?」


「ああ、あの時は道場の仲間と共に三日三晩探し回ったよ……。そして途方に暮れた……。大事な忘れ形見がさらわれたかのかと。あんなにもお転婆ではあるが、あの子の母はそれなりに高貴な身分ではあったし、我が子のように育ててきたからな」


「申し訳ございません」


「いや、あのお転婆娘のことだ。自分の意思で付いていったものだと考えていたよ。とにかく元気そうで何よりだ」


 ようやく叔父が笑みを見せてくれると、ライザも少しほっとした。


「ライザさん。これまでリーナのことを守っていただき感謝します」


「そんな畏まらないでください。守るだなんて、大袈裟ですよ」


 これまで、リーナの生い立ちについて、特に訊いたことはなかった。どちらかといえば、いつも自分が根ほり葉ほり訊かれる立場だったからだ。


 叔父の話しぶりからするに、思っていたよりもリーナは良い所の出なのかもしれない。



「それで、何か用か? まさか、今更リーナを連れ返しに来てくれただけという訳でもあるまい」


「はい、その通りです。少しお時間をいただけないでしょうか?」


「ふむ」


 神妙な顔つきをしたライザを見て、何かを察したのか、叔父は顎鬚を一度撫でた。



 ◆ ◇ ◆



 道場の横にある叔父の家に案内されたライザは、もてなしの食事を平らげた後、これまでの経緯をできるだけ丁寧に伝えた。


 サイデルトキア王国の現状を、《クリフォート》のことを、これから世界にとって必要となる力のことを。



「なるほど、話は理解した。ワシに出来ることであれば如何なることでも力になろう」


「ありがとうございます」


 リーナの叔父はだいぶ頭の回転が速く、聡明な人物のようだ。


 ライザが語る内容を冷静に受け止めつつも、的確に欲しい言葉を返してくれるように感じた。


「まずはサイデルトキア王国のニスタ市を一瞬で灰にした強大な力のことか?」


「はい。魔導道場を運用しているあなたであれば、何か知っていることがあるのではないかと」


 叔父は蒸していた煙草を吸うと、ゆっくりと煙を吐き出した。


「ニスタ市を一瞬で蒸発させた力。それは古代の伝承に伝わる魔導要塞の力やもしれん」


「魔導要塞?」


「そうだ。ダァト密教徒の自治区『ペトラ砂漠』の中でも聖地と呼ばれる『イレム』に封印されし、古代の魔獣バイアクヘー。都市を一瞬にして消し飛ばすような力を持っているのはそれしか考えられん」


「バイアクヘー? それはいったい……?」


「闇の《クリフォート》の眷属であり、最強の要塞とも言われるものだ」


「闇の《クリフォート》?」


 その言葉を聞くと、ライザの心に何かズキリと刺さったような感覚があった。


「叔父さん、どうしてそんなことを知っているの?」


 今まで叔父よりそのような話を聞いたことがなかったリーナは、驚いて口を挟んできた。


「リーナ、お前にも隠していて済まぬ。だが、そろそろ全てを話す時が来たようじゃな」


「え……?」



 叔父は暫く自身を落ち着かせるように伸びた顎髭を静かに触っていたが、ようやく覚悟を決めた面持ちで語り出した。


「お前たちはガーザ帝国の最後の皇帝は知っておるか?」


「勿論。皇帝サマルですよね。ガーザ一番の暴君と呼ばれ、最後にはクーデターによってギロチンにかけられたと言う」


「ああ、その通りだ。クーデターが起こるまでは絶対的な権力を有していた彼には六人の子どもが居た。そのうちの末妹がミアス姫だ。リーナはそのミアス姫の忘れ形見なのだ」


「なっ!?」


「あ、あたしが……、お姫様……?」


「そうだ」


「ミアス姫という名前は聞いたことがありますが、確か病弱な為にあまり人前に姿を見せることはなかったと聞いています」


「それは嘘だ。ミアス姫は駆け落ちをして、サマル皇帝が住むバイムコーア城を抜け出してしまったのだ。全てはそれを隠すための方便に過ぎない。そして、その駆け落ちの相手は私の兄のサントスだった」


「!?」


「ガーザ帝国は元々魔導に長けたアトラス・ガーザが立ち上げたもの。ガーザ家は元々ペトラ砂漠を中心に活動していた少数民族だった。あとは言わなくとも分かるな?」


「まさか、ガーザ一族は実はダァト密教徒だったということ……なのか?」


「そうだ。元々ダァト密教徒の戦闘一派であったガーザ一族は、長年、魔族と協力関係にあり、共に魔導要塞や魔導技術を管理・維持してきたのだ。

 そんなアトラス・ガーザは別の宗派と内紛を起こし、駆逐され、広大な土地を目指して北東に広がるロスタリカ高原に足を伸ばした。そして、激しい戦争の末に誕生したのがガーザ帝国だ。

 ロスタリカの農耕民は、最初は異民族が攻めてきたと思ったに違いない。だが、彼らが帝国を樹立し、文化や政治を塗り換えて行った。全てがそれまで当たり前に存在していたかのように。それが何代も続けば、ガーザ帝国の考え方が正になる。まさに勝てば官軍とはよく言ったものだ」


 ガーザ帝国が戦争を好むアトラス皇帝によって樹立されたことは誰でも知っている有名な歴史であったが、まさか彼らがダァト密教徒だったとは。


「ワシや兄はガーザ一族に代々使える側近であった。長らく魔導の力を研究し、ダァト密教の普及の為に活動を続けてきた」


「そんな……」


「よく考えてみるのだ。魔導の力とは誰もが使える訳ではない。勿論、ワシのような経験者が指導を行うことで会得することは可能だ。それでも適正のない者が会得するには、膨大な時間や経験を必要とする。そんな中でもリーナよ、ガーザ一族の血を引くお前の力は他の者とは比べ物にならないほどに圧倒的だった。同じ時期に始めたアラスタルやカイト達よりもスムーズに会得出来た筈だ」


「……うそ……」



 リーナは信じられなかった。


 ダァト密教徒とは、今まで自分が旅を続ける中で戦ってきた相手ではないか。


 サイデルトキア王国を何度も攻め、魔族と共に国家転覆を図ってきた一味ではないか。


 そんな彼らと同じ血が流れていたというのか。


 いや、確かに自分は魔導の力に大いに長けている。そういう特性を持つということは、自身がそのような出自であることを疑っても良かった筈だ。



「だが、我々は今でもダァト密教徒として活動をしている訳ではない。ガーザ帝国が崩壊し、一族郎党が処刑された中でミアス姫だけはサントスと駆け落ちをして城を出ていたこともあり、唯一難を逃れたのだ。帝国は崩壊し、ダァト密教は他の国と同様に禁忌の宗教として認定された」


「…………」


「そこから生きていくためには出自を誤魔化し、一般人として生きるしかなかった。兄はミアス姫と共に首都バイムコーアから港湾都市マカオに落ち延び、名前を変えて、ワシの魔導道場に身を寄せた。そして生まれたのがリーナだ」


「……父さんと母さんは……?」


「前に話したじゃろ。ふたりで旅行に行った際に事故に遭って亡くなったと。だが、真実は、バイムコーアに居た仲間と会合をしていた際にロスタリカ共和元首リズモンドが裏で指揮する反ガーザ組織に暗殺されたのだ。リーナはワシが預かっていたからこそ、生き延びることが出来た」


「そんな……」


 リーナはガックリと項垂れた。


 ライザも、その話を聞いてショックを隠せなかった。普段明るく生きてきたリーナにそんな辛い過去があったとは。



「しかし、魔導要塞はアロンに封印されており、教祖である預言者アロンの一族しか扱えないと伝わっている。あれは内部構造に詳しい我々一族でも起動させることは不可能な筈だが……」


「《クリフォート》の中に預言者アロンと呼ばれたものが居たとしたら?」


「……え?」


 聞き覚えのある声がしたので振り返ると、遅れて魔導道場に到着した風魔雷神剣を携えた《夜風を屠る女豹》の異名を持つ女剣士が立っていた。


「ブルーム! ……そしてサイネル将軍!?」


 彼女の横には、先の過激派ダァトやフレディとの戦争で行方不明になっていたはずの老将サイネル将軍の姿があった。


「えっと、将軍、幽霊ではないですよね……?」

 と、ライザは目を丸くする。


「ふふっ、わたしを何だと思っておるのだ。きちんと脚も付いておるだろう?」

 と、サイネル将軍は、健在さをアピールした。


「確かに。失礼しました」


「いや、気にするな。正直、一番驚いているのがわたしの方だからな。目を覚ました時にはてっきり現世を退いたものだと思っていたのだが。全てはブルーム殿の機転に救われたのだ」


「ブルームが……!?」


「ああ、彼女がわたしを生かす為に飛ばしてくれた先がカームニスのケシュア族の集落だったのだ」


「カームニスって、ブルームが若い頃に修練を積んだ地か」


「その通りだ。フレディとダルテスベルク市近郊で戦った際、咄嗟にわたしが将軍を逃した先が、嘗て世話になっていたケシュア族のおさであるグングニルの館だった」


「異民族のわたしがケシュアの地を訪れたとしても、軽くあしらわれるものと考えていたが……。まさか、あんなに手厚く保護してもらえるとは夢にも思ってなかったぞ」


「彼らは他の排他的な地方部族とは違って、随分と寛容な性質たちなんだよ。だからこそ、反ガーザ一派に追われていたわたしも大して干渉されることもなく、長らくあの地で身を隠し、修練を積むことが出来た」


「なるほどな。それでブルーム、《クリフォート》の中に預言者アロンと呼ばれたものが居たってどういうことだよ?」


「今回、サイネル将軍とこちらに向かう道中での情報交換で全てが繋がったんだが……、アロンとは、神官ファレスのことだと思う」


「えっ、あのジイさんが!?」


「ああ、そう考えるのが全てしっくりくる。だからこそ、ファレスは、魔人の王セラフィスを知っており、その子孫であるライリス様の身を守っていた」


 またとんでもない話が出てきたものだが、今は疑いようもない気がした。


 魔導要塞を起動させる為に、セラフィス達はキーとなる、ライリス様の持つ核を狙っていたのだ。


(ライリス様……)



「リーナの叔父殿、実際の所、その魔道要塞は落とせるものなのか?」

 と、塞ぎ込んでしまったライザの代わりにサイネル将軍が問いかける。


「無論、容易ではないだろうが、代々管理して来たワシの一族には多少なりとも分かっていることもある。中に潜り込むことが出来れば、内部から破壊することも出来るやもしれん」


「よし、一気に謎の兵器の特性が見えて来た気がするな」

 と、ブルームも少し笑みを見せた。


「まずは敵の今後の動きの予測と、作戦を練るべきじゃろうな。お主らふたりにも食事を振る舞おう。話はそれからだ」

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